06 助ける理由
お姫様だっこは一種のロマンだ。
――いや、ロマンはロマンでも〝女〟のロマンだろ?
そう思った男はまだまだ青い。アラサーにもなると先輩や同級生が次々に結婚式をあげる。大体が西洋スタイル、つまり教会での挙式だ。
ビシッとタキシードをキメた新郎。ボリュームたっぷりのフリル、ビーズとスパンコールの刺繍どっさりの純白ドレスを着た花嫁。
一生に一度、全力のノロケがゆるされる世界。演出としても、当事者の心境としても、お姫様だっこの需要は非常に高い。わかりやすい〝幸せの象徴〟なのだ。
だから俺もいつかはと思っていた。今は年齢=彼女いない歴の俺だけど、いつかは可愛い彼女をつくって、プロポーズして、紙吹雪の舞い散るバージンロードをお姫様だっこで進むのだと。中高の同級生や会社の上司たちのスマホやカメラに、お姫様だっこで応えるのだと。
なのに。そう思っていたのに。
まさか人生初のお姫様だっこがこんな色気ゼロ!?
ふりむく余裕はない。
ほほう花嫁強奪モノ……これはこれで美味しい……とほくそ笑む余裕だってない。
背後から影竜のものらしき轟音がせまる。
両手がふさがっている以上、障害物をはねのけられない。
俺はできるだけ上半身を前傾させ、小柄な身体をつつみこむようにして突進した。
はりだした木の枝が頬を裂く。クソ痛い。
眉のうえにぶつかり、血飛沫が舞った。マジで痛い。
枯れた枝をおもいきり踏んづけた。緩いくだりのせいか、からからにひからびた棒はパッキリと割れて足の裏に突き刺さる。
でかめの石に指がぶつかり、肉が潰れ、爪が剥がれた。ああ、もう、どれもこれも超痛ぇ。
「な、なしてそこまで……」
「あぁ? 舌噛むから黙っとけ!」
「ぃ、嫌や! なしてそこまですると? うちんことなんか放っとけばよかやなか!?」
「あ、ちょ、暴れるなっての!」
「だってうち、あんたば殺そうとしたんばい……助けてもらう価値なんてなかとに……」
「くだんねー、こと、聞くなよっ! 結婚式にっ、お姫様、だっこ、夢見てたやつがよッ……!」
は、はっ、と呼吸のあいまに息継ぎ、叫ぶ。
本日二度目の全力疾走に、全力声明。やってやろうじゃねえか。
「やべえから、死にそうだから、こんなの聞いてません、やりませんとか……っ、――どのくちで言えるってんだ!」
「……そ、そげんこと言われたっちゃ……なに言いよーか……わからんばい……」
抵抗がぴたりとやむ。
暴れていた手足をきゅっと縮めて、戸惑うように呟いた。
本当にそれ。うんざりするほどわかんねぇことだらけだよ。
最初は夢だと思った。だからふざけた。命知らずなことができた。
でも、今はそうじゃない。
これはきっと夢じゃなくて。ほぼ確実に東京都心でもなくて。それどころか日本国内ですらない可能性のほうが高くて。
たぶん死んだら終わり。ジ・エンドだ。
命をドブに捨てて再コンティニューとかできねえから。
だから俺は。
わからないづくしの、この世界で。
「お前を見捨てないって決めたんだ!」
だが現実は残酷だ。
まるで決意を嘲笑うように、巨大な倒木が前方に現れた。
幅だけで俺の身長をゆうに超える。たとえリリィを抱えていなかったとしても、ジャンプして飛び越えられる高さじゃない。
もちろん倒木だから横にも長い。長すぎる。迂回なんぞしようものなら、たちまちあの竜に追いつかれるだろう。
なら――よじ登るしかない!
「リリィ! 先にあがれ!」
「うっ、――うんっ……!」
どうせお姫様だっこしているのだから、いまさら脚立になったところでどうってことない。なんとかリリィを押しあげた。
「捕まって!」
リリィは太い幹に跨がるや否や、俺にむかって手を差し伸べる。まだ足が痛むだろうに、非力な腕で俺をひっぱりあげた。
残念だ。状況が状況とはいえ、男の俺も助けられる側。
おまけにパンツを見るの忘れてた。
なにより災難なのは――あのドデカ竜が、大木のうえによじ登る俺たちをはっきり視認したことだ。
「ガガァッ……!」
巨大な体躯がうねる。
まきあがった礫すら下僕にかえて。
爆風を従え――いや、もはや風すら被害者だ。竜によって千々と裂かれ、痛い、苦しいと哭き泣ちる。
俺はリリィを抱きしめた。
死を覚悟したんじゃない。――生きる覚悟を決めたからだ!
「リリィ、あれ、もう一回できるか!?」
「あ、あれ?」
「ディナだよ! 呼びだせるか!?」
「しきるばってん、間に合わ――……」
「それでいい! 召喚してくれ!」
「うっ、うん! おいでディナ――〈オモチャの怪獣〉!」
リリィの魔法が発動すると同時。
〈破壊の大狂飆〉が荒び麤ぶ。
6話もお読みくださりありがとうございます!!! 超はげみになります!!!