05 形勢逆転
渾身の一撃が、黒き竜をぶちのめす。
ぶつかりあった場所の皮膚が裂け、血が飛び散った。
痛い。マジで痛い。空手なんざやったことはないが、もし変な殴り方で瓦を割ったらこうなるんじゃねえのってくらい骨に響く。
だが――それでも俺は不敵な笑みをうかべてみせた。絶対に痛そうな姿なんて見せてやらねえよ、この大トカゲ!
「グ、ギィ……!」
さすがは俺と違って小物であらせられるところの大黒ヤモリ。
目がなく、闇色を纏うせいでわかりづらいが、あきらかに顔つきが悪役のそれへと変わった。今度は俺にむかってでかい図体をさしむける。
竜の注目が逸れたせいなのだろう。
どうやら腰がぬけたらしく、リリィはその場にへなへなと座りこむ。
一度は恐怖で染まった双眸が、わずかな期待と……憧れを孕み、星晴れの空みたいにきらめく。
「ギイィッ!」
戦場で女にうつつをぬかすなとばかりに黒竜が吼えた。
そうだな。お前の言うことも一理ある。強敵相手によそ見なんざしてらんねぇよな。
だが、もう流れは変わったんだよ。
そんなでかい図体で、〝人間〟ごときに一発もらってる時点で!
しょせんお前はチュートリアルボスだったってことだ!
「神よ、仏よ、俺様よ!
今こそ真の勝利を――我が手に!」
血まみれの指で拳をつくり。
右肩を落とし、顎をひき、臍にちからをこめて。
速く、迅く、――敵の懐へ!
「これで終わりだ!
ファイナルドライブキルデスアタッ――」
風をまきあげ、
岩を穿ち、
天に轟くはずだった乾坤一擲は。
至極。あっさり。スカった。
「――ぁあれ、――――がッ……!?」
混乱がおさまるのを待たずして、長大な尾の横殴りに遭う。
あっという間に吹き飛ばされ――……
「きゃああっ!?」
「ぐべらッ!?」
その先にいたリリィと真正面から激突する。
超展開すぎて死ぬかと思った。即死だった。
「ぃ……たッ……」
「……くそ……なにが……どうなって……!?」
なんだよなんだよどうなってんだよ!
予定調和はどうなった!
ご都合主義の神はどこ行った!
ここは華麗に大勝利をおさめるシーンなんじゃねえのかよおおお!?
「……ぅ……あ、」
地団駄を踏もうとして、苦しげな声にはっとなる。やわらかくてまろい女の子の身体が、俺の下敷きになっていた。
呼吸しづらいのか、俺と地面のはざまで苦しげに身をよじる。桜色のくちびるが震えるたび、ふっくらとした胸の隆起もそれにつられた。
ていねいに。おしつぶしてる。
いやマジで日本語の意味がよくわからないのは重々承知なのだがそういう概念だか単語だが光の速さと強さで脳を駆けた。俺は。いま。女の子のからだを。ていねいに。おしつぶしてい――――
「ゴガアッ!」
まるで空気の読めない咆哮とともに、広々とした影が俺たちを包みこむ。
まずいと思うのも束の間、長大な尾が真上から振り落ち――
「させないっ……〈オモチャの怪獣〉!」
呼吸をとりもどしたリリィが叫ぶと同時、周辺の土がうごめき、集まり。
彼女が「ディナ」と呼び、俺が「キモカワ版がおがおくん」と称した魔獣の姿をかたちづくった。
ステゴサウルスとトリケラトプスを足して割らずに増して増してさらに増したでかぶつは、〈饜蝕の大驪竜〉の尾撃を真正面から受けとめる。
これなら……!
そう思った瞬間だった。
目のない顔で、口元だけで、影の竜はにたりと笑い。
即下。
竜尾はディナだけを素通りし、俺たちふたりを強打した。
「きゃあああっ!」
「ぐああッ!」
――そんなの、ありかよっ!?
もしディナが受けとめ、勢いを削いでくれなければ。あの竜の巨大な尾が、頂点から一気に俺たちを押し潰していたならば。間違いなく背骨が砕け、臓器は破裂していただろう。
悔しいがディナのおかげで、俺たちはまだ生きている。
まだ生きているなら――足掻きようはある!
「リリィ、逃げるぞ!」
「え……? でも、」
「いいから早く!」
「ばってん、うち……――ぃ、た……っ」
起きあがりざまに腕をひけば、リリィの花貌が痛みにひきつった。
どうしたと問うよりも早く、答えが目に飛び込んでくる。
片足が腫れていた。
捻挫だ。
いつ、どこで?
決まってる。俺がぶつかったから。俺の下敷きになったからだ……!
馬鹿だ、俺! なにが丁寧に押し潰しているだ! 鼻のしたと息子さんを伸ばしてる場合じゃねえんだよ!
「悪い! 文句はあとでたっぷり聞く!」
「え、あ、……きゃあっ!?」
「ディナ! 時間稼ぎはまかせたからな!」
言葉が通じるかわからないが、今はそれどころじゃない。
俺はリリィの背中と膕に手をさしいれ。
脱兎のごとく駆けだした。
5話! 投稿しましたーーー! 次話も早めに書きたいと思います! どうぞよろしく~!!!