42 惑いて問えよ己が心に・4
こんなこと言いたいわけでも、聞きたいわけでもなかった。
だって普通に考えたら有り得ないだろ。
リリィだぞ? 俺と違って超可愛いし、思い込んだら一直線なところはあるけど明るくて頑張り屋で。お姉さん思いで。クラスにひとりはいる陰キャ野郎にもおはようって声かけるタイプだろ。
だから――笑えよ。言ってくれよ。なに馬鹿な勘違いしてるんだって……!
「……違うよ」
リリィの小声が、夜風にのる。
一度は怯んだはずのディナが、鼻先を低く、さらに一歩を踏みだした。
拮抗状態がかすかに揺らぎ、俺の足元でまた瓦礫が砕ける。
「みんな怖かった。みんな不安だった。たくさん魔法少女がいなくなって生活が苦しくなったのは……みんな一緒だもん……!」
違うって、そっちの違うかよ!
全然フォローになってねえよ、馬鹿野郎!
「みんな、みんなって――アリアさんが連れて行かれて一番キツかったのはお前だろうが!?」
「私はいいのっ! だってお姉ちゃんの〝妹〟だからっ! 〈姉妹の契り〉を結んだからいいの!」
「だからって私刑が罷り通るわけないだろ!」
「私刑じゃないよっ!」
リリィの悲鳴に、ディナが俺を弾き飛ばす。
あれだけ踏ん張っていた足の裏に風がとおり、もろに吹っ飛ばされた。
背後の城壁にぶつかり、一瞬、呼吸がとまる。
「姉妹は連帯責任なの。だから私も死罪になってもおかしくなかった。……でもジョゼが、自分が刑罰をあたえるから外野は手出しするなって言ってくれて、その刑罰も魔法少女になるための特訓で。私のご飯をエヴァ・エッセンスなしのものにするかわり、北東部のみんなにはちゃんとしたご飯がいくよう取り計らってくれて……」
「でもあいつは……」
「うん、わかってる。ジョゼのお姉さんのこと、当時は知らなかったけど、……同情してくれたんだと思う。……もしかしたら復讐のための捨て駒なのかもしれないけど……。それでも、私もお姉ちゃんを助けたかったから!」
下手に身動きできないせいか、なんだなんだと人が集まりだす気配がやけに耳についた。
そりゃいつエリザヴァトリが襲撃してくるかわからねえし、さっき壁に激突したんだから当たり前だよな。
でも自分のことで手一杯なリリィは気付かないし、俺だって野次馬に構っている暇なんかない。瓦礫をおしのけ、立ち上がる。
「ソータから見たら、私には国を捨てる理由があるかもしれないけど! でも選ばない! 選びたくない! この国が故郷で――みんなが大好きだからっ!」
走った。リリィにむかって。
右手にちからをこめた。ディナにむかって伸ばす。
俺とディナ、ふたりの視線が交差した。
Don’t be dismayed, woman, by my fierce form――
なあ、散々世話になってて悪いが――お前も野次馬だ!
今ばかりは退場してもらうぜ!
「お願い、うちはソータも好きやけん――逃げてっ!」
「俺も! お前が好きだリリィ!」
触れた。魔法でディナを消し去った。
駆ける足をとめず。振るった両手を、さらに伸ばして。そのままリリィを抱きしめる。
俺よりちいさくて柔らかくて甘い匂いのする身体を、足元から頭頂まで、すべて腕のなかに閉じ込める。
「ぁ、え……?」
「アリアさんも! キッカさんも! ステファニーも! ジョゼ……はアレだが、まあ一応あいつも! 好きか嫌いで言ったら苦手なだけで! 好きだ!」
「えっ、え、えぇっ……?」
大混乱に陥るリリィから身体を離し、けれど肩をつかんだまま畳みかける。
「お前はみんな大好きで、だから逃げないんだろ! 戦うんだろ!? だったら俺に逃げろなんて言うんじゃねえよ! 今までありがとうとか、さよならとか! 違うだろ! もっと他に言うことあるだろうが!」
男がヤバいやつばっかりなこの世界で、信じてもらえないかもしれないけどさ。
男ってのは、本来、好きなやつを守りたい生き物なんだよ。
頼られたいし、格好つけたい。あとモテたい。ドラマのケイジくんみたいな精通なにそれおいしいのってガキから、オイオイ無理すんなよ白寿だろどう考えても枯れてるだろってジジイまで。産まれてから死ぬまでみんなそうだよ。馬鹿ばっかりなんだ。男の俺がいうんだから間違いない。
「俺はとっくに言ったからな! あのとき、あの森で! 〈饜蝕の大驪竜〉とかいうウルトラ化け物にむかって!
――女の子ひとり救えなくて、なにが男だ!」
リリィ。お前も言ってくれただろ。あの広場で、みんなにむかって。
俺は魔法がつかえるからお前を助けたんじゃないって。もし魔法がつかえなかったとしても助けようとしたって。
ああ、そうだよ。大正解だ。文句なしの百点満点だ。
あの竜の対抗策を知ってそうだから、お前を連れて逃げたんじゃない。勝てそうだと思ったから、立ち向かったわけじゃない。
勝てそうな相手だから戦う、勝てそうにない相手だから逃げるなんて選択肢、最初っからないんだよ!
「忘れたなら言ってやる! 何度だって! お前だけじゃない! アリアさんや、キッカさんたちに、……お前をいじめてた他の連中、この国の全員、いや、この世界中にむけて宣誓してやる!」
集まってきた連中を一瞥した。
アリアさんや王様たちの顔が見える。全然見たことない顔も、あの広場でちらと見かけたやつもいる。
リリィをいじめたやつはいるだろう。というか、多分そっちのほうが多いんだろう。そういうやつらまで命を賭けて守る価値があるのか論争には興味ない。王様を祭りあげるだけ祭りあげて、責任とらせて死なせちまうような国なんか、さっさと捨てて逃げたほうが賢いのかもしれない。
でも、それじゃなにも変わらない。
第二、第三のアリアさんやリリィが現れちまうんだ。
「無能の王、上等!
大言壮語、上等!
この世界の大法則も、女を襲ってイキってる魔王どもも、女のくせに女いじめて悦に入ってるエリザヴァトリも! ぜんぶ俺がぶっ倒す! このクソみたいな世界を征服して、世界中の女を俺のハーレムにしてやる!」
言った。言ったぞ。
前世じゃ二股どころか彼女いない歴自己ベストを更新し続けたアラサー野郎が言いきった。
だから次はお前の番だ、リリィ。
「俺は最強チート魔法もちの最弱魔王かもしれねえけど、この世界を変える男だ! だからリリィ――言え!」
俺はこの世界を変える大魔王になってやる。
だったら――言うべき言葉は〝逃げろ〟じゃない。
「……っ! ソータ、助けて……! ジーンガルドを……うちらば助けてっ!」
ああ、まかせろ。
男の原動力なんざいつだって単純だ。
頼られたいし、格好つけたい。モテたい。好きなやつを守りたい。
やっぱ愛だよ、そうだろ?
エリザヴァトリ討伐前夜(というか今夜)のリリィ編、これにて終わりです!!! いつも読んでくださりありがとうございます! 体調不良の期間中、感想もいただいてました。とても嬉しいです~!!!ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ
※今回かなり「男ってこういうものだ!」的な記述をしていますが、あくまで創作的な誇張表現です。作者的には(特に三次元で)「男とはこうでなければ」「女はこうでなければ」と思っているわけではありません。ご理解よろしくお願いします。