32 ナイトメア・ビフォア・バースデー
色々と突っ込みどころは多いが、自己紹介とは相手が凸なら自分は凹。ツーと言えばカーと返すのが道理である。さっそく俺も名乗ろうとして――ばにーちゃんに金平糖を餌付けされた。
おのれ、またしてもゲロあまい。
「おっと、自己紹介は不要だぜっ☆ なにせあたしは海千山千どこ吹く風のばにーちゃん! キミの正体なんてとっくの昔にお見通しさっ!」
「いやそれ使い方違……ってマジかよ!?」
「にっひひ! キミの前世からスリーサイズ、魔法名にいたるまで! 細工は流々、仕上げは少々、あとは廻船問屋で御覧じろってね!」
「いやだからそれ間違っ――……」
――……前世?
ぜんせってなんだ。どの前世だ。あの前世か?
どうせそれだって使い方を――
「相田双太。キミは死んだ。死んだから転生した。この世界にやってきた。そんなに驚くことかい?」
間違えて、ない?
「……い、や、待て。待ってくれよ。俺のいた世界じゃ異世界転移っつーのがあってだな」
「そうだなぁ。なんらかのタイミングが重なって異なる惑星や宇宙に移動する――そういう現象は存在するね」
「だったら……!」
「でも違うんだなぁ! キミは前の世界で死んで、この世界に生まれついた。SEMのログに残っているんだから確定事項さ☆」
あまりにあっけらかんと言われて、続く言葉が見つからない。
俺は地球の、日本の、そのまた東京で生まれて。生きて。サラリーマンやってて。
……それで、死んだ?
いやない。ないだろ。アラサーだぞ。日本人男性の平均寿命は八十歳。単純に考えればあと五十年ちかく生きる計算だ。前回の健康診断だって「中性脂肪の数値がちょっと気になりますね」くらいだったし。
それともトラック転生ってやつか? 交通量の多い東京でトラックがスピード違反って時点でだいぶ無理がある。
「後悔は先にたたず、百聞は一見にしかずってね☆ 出血大サービスだ。ログを見せてあげるぜっ!」
俺の足元に、巨大な六角形が浮かびあがる。
ログとかそんなソシャゲじゃねえんだから――
「――ヤマシタの人?」
突然背後から声をかけられ、トランクケースを落としそうになる。
危ない。あわてて振り向き、相手の顔を見るより先に頭をさげた。
「お邪魔して申し訳ありません。私、ヤマシタ電機株式会社の相田と申します。すでにお聞きのことかと存じますが、本日、御法川様の……」
「そういう難しいこといいから」
「かしこまりました。名刺だけ失礼いたします」
なにしてたんだっけ俺。
そう思いつつ勝手に言葉がでたし、手は名刺を渡していた。
「……相田双太?」
「申し訳ありません。当部署は男性のみで女性スタッフは、」
「ああ、そういう意味じゃないの。相田さんね。ついてきて」
そう言うと依頼主――御法川さんはあっさりと室内にもどっていった。
〝愛人〟だけあって、かなりの美人さんだ。
スリット深めの黒スカートがよく似合っている。なんとなく既視感があるから、過去にグラビアアイドルでもしていたのかもしれない。
というのも俺は、女性なら絶対に忘れないタイプの男なので――いや駄目だ。今は仕事中。
なんだかやたら女の子に囲まれつつ命を狙われる夢を見ていた気がしないでもないが、頭の隅から振り落とした。
頬をたたいて意識をきりかえ、玄関をあがらせてもらう。
「お邪魔させていただきます」
「そういうのいいから、さっさと中に入って。私のこと聞いてるでしょ? 業者とはいえ男があがりこんでいるのを写真に撮られたくないの」
「あ、はい。配慮がおよばず大変申し訳ありません」
中はマンションと思えないほど広かった。
さっき戸惑っていた理由――渡された住所メモには部屋番号の記載がなく、六階のどの玄関にも表札のなかった理由がようやく判明する。
どの部屋が誰の部屋で、なんじゃない。
六階というフロアすべてが彼女の部屋なのだ。
共用廊下はあるから、恐らく後からフロアを買い占め、各部屋の壁を取っ払ったのだろう。美術館みたいな花瓶やら絵画がいくつも飾られているし、さすが愛人宅。本当に金がかかっている。
「壊れたパソコン、これだから」
御法川さんは寝室まで行くと、マホガニーのサイドチェストを指さした。事前に聞いていた通り、ごく一般的な自社製ノートパソコンが鎮座している。
さっそくトランクケースを開けて、自前のパソコンを起動する。同時にいくつか出張キットを広げ、USBポートに差し込んだ。
――見よう見まねで。
無言で作業にとりかかる――ふりをした俺の背に、御法川さんの視線がそそがれる。
といっても俺の無能が露呈したわけではなく、単純に暇なのだろう。キングサイズのベッドに腰かける音がしたと思えば、気だるげな声音で問いかけられる。
「……ねえ、相田さんって何歳?」
「歳ですか? 今年で三十二歳になります。あ、確かにまだ若造ですが、依頼はきちんと……」
「私も三十二。同い年だからタメ口でいいわ」
「いえ、お客様にそのような……」
「じゃあその〝お客様〟命令ね。私も相田くんって呼ぶから」
勝手に決められてしまった。
よくあるケースだし、正直、彼女と仲良くなれるかどうかは死活問題だ。いや比喩じゃなくマジで。これ幸いと頷いておく。
「名刺のチョップってなに?」
「あ、それ〝スコップ〟って言って、パソコンの特殊対応課とかそんな感じです」
SCHOP。
Special Complaints Handling Of Personal computer services で、訳すと「パソコンの特殊クレーム処理」だろうか。
スペシャルとあるように非常に特殊なケースだけを取り扱う。
たとえばヤクザ、政府、大企業。
あとは警察。縄張り意識の問題で、サイバー系の部署に頼るよりも、こっちに依頼を投げてくるからだ。
絶対に断れないうえ、一歩でも対応を見誤ると即アウト案件。そういう厄介なところの、決して表沙汰にできない情報の救出が仕事なのである。
下手をすれば会社をクビ。最悪、コンクリ詰めにされて東京湾にドボン。
さっき死活問題が比喩じゃないと言ったのはそういうことだ。
「どうしてこの仕事に就いたの?」
「……聞いて楽しい話じゃないっていうか、わりと平凡な理由ですよ。就活失敗して、コールセンターでバイト始めて。クレーム対応って結構みんなすぐやめちゃうんで、なんか俺だけ残って勤務歴長い感じになっちゃって、そしたらヤマシタ電機に拾ってもらえたっていうか」
「コールセンターって地方が多いけど、それでそんな大手に拾ってもらえたの?」
「あ、いや、俺はもともと東京出身なんでそこは別に」
「そう」
やけに静かな、それでいて確信のこもった「そう」だった。
首を傾げるよりも早く、俺の隣に黒い布のかたまりが飛んでくる。
あきらかに俺にむかって投げたものだ。
その証拠に、背中に妙な圧を感じる。
ヤバいと本能が訴えるが、ここで拾わないほうがたぶんヤバい。
躊躇いつつも拾い、広げてみる。
黒いスカートだった。深いスリットが入っていて、そう、さっき彼女が履いていたような――……履いていた、ような?
「相田くん。私の名前聞いてる?」
「…………み、御法川さん、ですか」
「苗字じゃなくて下の名前。真理子っていうの」
「……そ、そうですか。いい名前です、ね……?」
真理子。
そこはかとない既視感。
俺は女性なら絶対に忘れないタイプの男で――……
「…………真理子さん?」
振り返った瞬間、顔面にぶつかったのはブラジャーとパンツ。
生温かい布きれの向こう側で。
俺の憧れにして初恋の女性が、全裸でそこにいた。
冬ごもりの準備をしているあいだにまたブクマいただけてましたーーー!!! ハイパーミラクルダイナマイトありがとうございます!!!!