31 エヴァ・エッセンス
やたらと闊い空間だった。
ショッピングモールや一部の大学病院で見かける、いくつもの階層をつらぬく大広間。
天井は採風塔みたいな造りになっていて、吹き抜けとも中庭とも言いがたい。こういうの、建築的にはなんて言うんだろうな。
とにかく大広間の中心に〝それ〟はあった。
全長おおよそ三メートルほどの縦長で白い機械だ。遠目からだと巨大な水晶の柱か、小型のスペースシャトルに見える。
思っていたよりもコンパクトで、広間の大きさとまるで不釣り合い。けれどいかにも中世ヨーロッパの城って場所にこんな近代的な機械があれば、嫌でも存在感はでる。警備らしき女の子たちが壁際に何人も佇立しているのも、その重厚感に一役買っていた。
「これが〝Sex Ex Machina〟。あるいは通称〈奇跡の秘蹟〉。ジーンガルドを国家たらしめる中枢装置よ」
タイミングよく、俺たちが見ている前で小鳥が現れた。
そいつはSEMから出てきた瞬間こそ床に落ちてしまったが、すぐに翼をひろげ、空にむかう。
何度か短い距離をはばたいたあと、要領をつかんだのか、天井――採風塔のすきまめがけて飛びたっていった。
「ソウタ様、……あの、どこにも触れないようにしてください。基本的に台座以外は……触ると……消滅してしまいますから……」
「お、おう。ありがとな、気を付ける」
周辺は掃除が行き届いており、うっかり小石に蹴躓いて……なんてことはなさそうだ。だが念には念を入れて、すこし離れた場所で足をとめる。
こうして間近で見てみると、本当に白い。埃なんかも触れた瞬間に消滅するのか、表面には汚れひとつなく、鏡のように反射している。俺の若いころ……高校くらいのときの顔が映って、ああやっぱり若返ってるんだなと変に感心した、そのときだ。
固形であるはずの側面に、波紋がうかぶ。
さざなみは瞬く間に俺の顔をゆがめ、ぼやかせ――
「やほおはこんちー!」
「ぬわあああっ!?」
人間が現れた。
いや、ただの人間だったら俺も尻餅つくほど驚いちゃいない。今しがたも小鳥がでてくるのを見たばかりだ。
だから驚いた原因は、そいつが成人した女ってことと。その挨拶と。どこからどう見てもリリィたちと異なるファッションをしてるってことだ。
「にっひひ。イイ反応だね☆ キミ新人かい?」
「み、みんな逃げろ! こいつ――エリザヴァトリの仲間だ!」
俺はすぐさま立ち上がった。
王様たちの壁となるべく、拳を構える。
ジョゼは俺たちの正体を考察するなかで「俺を囮にして、真のエリザヴァトリが国内に入り込む」可能性を披露した。
結局あれは不正解だったが、当たらずとも遠からずではあったのだ。エリザヴァトリが話の途中に現れたのは、ジーンガルドのSEMを乗っ取った帰りだったから……!
くそ……っ!
これ以上、お前らの好きにさせてたまるかよ!
「Don’t be dismayed, woman, by my ……!
(女よ、我が獰悪のなりに驚……)」
「待っ、ソータ……!」
「おおっと、それを使われちゃあ流石のあたしも分が悪いな~! ってなわけで〝徴収〟させてもらうぜっ☆」
リリィの制止をぬりつぶすように、そいつは指先で銃のかたちをつくり。
一言。
「BANG!」
たったそれだけで俺の足元から光はきえて。かわりに色とりどりの。金平糖らしき粒が。どこからともなく。大量に現れ。床のうえに。飛び散っ。……飛び散っ……?
「………………は?」
「うわー。これはまた物凄い量ね」
「ジョゼより出せる人、初めて見たかも。やっぱりおなじSSRでも〈無属性〉のほうが強いってことかな」
「そうね、充分に有り得る話だと思うわ」
「……ソウタ様、すごいです……! 尊敬しますっ……!」
俺の背後でキッカさんたちが楽しげに談笑しながら、金平糖らしきものを拾い集めている。
なぜ。どうして。ホワイ?
「……あのですね、キッカさん。可及的速やかに説明を求めてもよろしゅうございますか」
「あ、えっとね。これがさっきの質問――王様は魔法少女にならないって言葉の正体なの」
いやごめん余計にわけわからん。
「にっひっひー。まあキミは生まれたばかりだから知らなくて当然かな? これは〝エヴァ・エッセンス〟。極限まで魔力をあつめ、凝縮したもの――いわば魔力のかたまりさ!」
ドレスの長い裾をたくしあげ、金平糖もといエヴァ・エッセンスの受け皿にしながら、ステファニーがふんわり笑った。
「ばにーちゃんの……言う通り、です……。このエヴァ・エッセンスには膨大なエネルギーが詰め込まれていて……摂取すると、生きていくために消費するエネルギーの大部分を肩代わりできます……。定期的に摂取すれば……かぎりなく成長や老化がなくなるんです……」
おなじくマントを受け皿にしたリリィが、呆ける俺のまえまで来て、やはり呆けて空いたままのくちにエヴァ・エッセンスを放り込む。
あまい。ゲロあまい。金平糖にはちみつをかけた味がする。
「ジーンガルドだとすべての配給食に入ってて、成長抑制目的だとそれで大丈夫。魔法少女になりたい子は養成学校に行って、戦闘訓練をうけながらエヴァ・エッセンスの入ってないご飯を食べて、月華の祝福を待つの」
今度はアリアさんがやってきた。風属性の魔法を操作しているのか、金平糖がふよふよ周囲を漂っている。天井から降りそそぐ陽光に金平糖があたり、きらきら輝くせいで、ちょっとした女神様に見えた。
「過剰なエネルギーは魔力の回復に使われるわ。だから先ほどの食事は、慰労のほかに、緊急の魔力回復も兼ねているの。……あなたの魔法はとても強大で、エリザヴァトリ討伐の切り札よ。だからむやみに浪費することは避けて」
その女神様ことアリアさんも、俺のくちのなかに金平糖もどきを一粒押し込む。
魔力をもどせってことなんだろうけど、うむゲロあまい。日本人なので醤油味がほしい。いや待てよ。だから料理に混入させて飽きないようにしてたのか? しまったもっと食っときゃよかった。いや問題はそこじゃなくてだな。
「…………つまり全員、俺より年上の可能性が……?」
「にっしっし! なんだいキミ、レディの年齢が気になるかい? ちなみに現王様は三歳、キッカは八十七歳、リリィとアリアは十六と二十歳さっ☆」
さっきSEMからでてきた謎女が俺の肩によりかかる。
アリアさんが露骨に嫌そうな顔をした。ほぼ女性だけの文明になっても年齢はバラされたくないものらしい。そりゃそうか。大丈夫です俺は突発性難聴によりなにも聞いていません。
「実年齢はさておいてだな。……結局、お前は誰なんだ?」
SEMに触れたものは消滅し、でてくるものは幼体。そういう話だったはずだ。
だからこそ俺はこいつをエリザヴァトリの仲間ではないかと疑ったわけで。
改めてまじまじと見遣る。
でかい女だった。170はあるから、ほぼ間違いなく成人だろう。
リリィやキッカさんたちはいかにもファンタジー世界的な格好だが、こいつはまるで違う。俺の感性をもってしても近未来――サイバネスティック感あふれるファッションだった。
うさ耳カチューシャと、首かけヘッドホン……じゃない。ガスマスク。
首と腕しか隠していない破廉恥パーカーと、真っ黒なブラジャーだかそういう感じの謎の服。
おしげもなくボンキュッボンのダイナマイトボディを晒していると思いきや、半透明のセーター着ていたりする。膝頭から下を爪先まで覆うブーツは大理石めいていた。
ところどころにハニカム図がちりばめられていて、おまえウサギなのかハチなのかどっちだよしっかりしてくれと言いたくなる。「Aと見せかけてB」がコンセプトなのか? 半透明セーターの時点で属性夥多なんだよ!
「にっしし! あたしは旧世界に作られたSEM解析専用の人工知能さっ☆ 識別番号は821。親しみをこめて〝ばにーちゃん〟と呼びたまえ!」
……その格好、まさか〝蜂蜜〟と〝うさぎ〟をかけてるんじゃないだろうな?
実はなろうデスゲームに参加していました!(https://twitter.com/SinShockJack/status/1319486575479193600) 期間中たくさんの方々に読んでいただけて本当に感謝しています!!! デスゲーム終了後ですが、またブクマや評価も増えていて本当に嬉しいかぎりです。
デスゲームは終了してしまいましたが、本作品は第1巻的な一区切り(エリザヴァトリ討伐と、とあるキャラのお披露目)まできちんと書ききる予定ですので、引き続きお付き合いください! がんばります~!