03 だからどうした!
「いや……だめっ、〈オモチャの怪獣〉!」
リリィが叫ぶと同時、ディナのまわりに淡い光がうまれ。
すぐさま黒き竜の大顎から、その姿が消失した。
驚いたのは俺だけじゃない。
立派な乱杭歯を空振りさせた魔獣は、訝しげに周囲を見渡して。
ようやく俺たち――いや、リリィに気付く。
すさまじい轟音が鳴り響いた。落雷ではなく、やつが生唾を飲んだ音だ。
「あ……あぁッ……!」
リリィが一歩、後ろにさがる。
竜はゆっくりと俺たちにその巨躯をむける。
ディナを狩ったときとはまるで正反対の、カメみたいにノロマな動きだった。
だから問題はそこじゃない。
問題なのはやつの恐竜みたいな図体が、さらに馬鹿でかくなっていることだ。
必然、俺たちと魔獣のあいだにあった距離は縮んでいく。闇は濃くなり、圧迫感が増していき。
「う、ぅっ……こ、来ないでッ!」
たえかねたディナが、たまらず即行を見せつける。
闇色の化け物に〈猛毒草〉の矢衾をあびせ――……
「……そんなのありかよ!?」
あびせたはずだった。いや実際そうだ。それだけは確かだ。
けれど俺は確かに見てしまった。
三本を三回。合計、九射。
そのすべてが竜の身体を素通りして後方の大樹に突き刺さるか――触れた瞬間、さっきのディナみたく一瞬で消えてしまったのを。
当たるはずがすり抜ける。当たったところでかき消える。
――反則すぎじゃね!?
「リリィ、逃げろ!」
動かないが喋ることはできる身体で、俺は叫んだ。
将来有望な可愛い女の子が目の前でスプラッタに遭うとか死んでも見たくねぇ光景だわ。誰得だよそれ。
「おい聞こえてるだろ、白と水色のパンツのお前! お前だよ! こっから逃げるんだよ!」
「……ぅ、あ、」
「ああ、くそっ! おい、そっちのデカブツもいいから聞け! 俺のほうがボリュームあるって! なんと今ならタイムセール実施中! 全裸で食べやすくお値打ち商品となっています!」
必死のセールス・トークもどこ吹く風の馬耳東風。まるで耳を貸されない。
リリィも、あの化け物も、とっくに俺なんか眼中にない。
……だったらこのまま息を潜めていれば。
――俺は怪物に食われずにすむ?
「……なんだよ、それ……」
全身に火がついた。
いや比喩だ。本当に燃えたわけじゃない。
でも熱い。マジでヤバい。いてもたってもいられないほどクソ熱い。
「……つーか、最初っから意味不明なんだよ。魔王とか姉ちゃんとかマジで会ったこともねえよ」
指先は、血の気が失せて白くなっていた。
美白が嬉しいのは女だけだろ。
「なんとかガルドってなんだよドイツかよ。こちとら東京都民だっつーの。そもそも俺は仕事してたわけでさ。今日は田中が休みだから俺がしくったらヤバいんだよ……!」
力が入らない。だけど知るか。
十で駄目なら、百にする。百がだめなら千をこめる。
死んでも起きろ。殺されても立て!
「ぐ、ぅッ……うご、け、動けよ俺の身体……!」
指の腹がわずかに沈む。
泥をえぐった。爪が割れた。
でも足りない。まだ足りない。こんなの足掻いたって言わねぇんだよ!
「これしきの怪我で挫けてんじゃねえ……なんのために男に生まれついたんだ……!」
リリィに殺されかけた?
助ける価値なんてない?
――やめろよ、そういうの。
「女の子ひとり救えなくて、なにが男だ!」
もうすぐ毒がまわって死ぬ?
自分のことだけで精一杯なのに、誰かを助ける余裕なんてない?
――言い訳探しとか、マジでダサいだろ。
「余命三分おとといきやがれ!
世界中の女をハーレムにするまで俺は――」
上半身をうかせた。
クソ重たい頭を、渾身の気力をふりしぼって持ちあげた。
両足に刺さったままの矢をぬき、生まれたての子鹿みたいな足でたちあがり。
胸深くまでめりこんだ矢をひきずりだして。
全身全霊で、この世界に、
――この現状に中指をたてる。
「殺されたって死なねえからな!」
3話投稿したぞーーー!!! よろしくお願いします!!!!!!