29 一般市民の王様
小さい。とにかく幼い。
ジョゼも小学校中学年くらいだったが、この〝王様〟はさらに輪をかけて小さい。幼稚園児程度のちびっこだ。
ぷにぷにもちもちの白い肌。ほんのり淡い桜色の髪は腰までとかなり長く、ふわふわしていた。頭にのせているのはティアラで、シンプルで上品なシルクのドレスとよく似合っている。
外見だけ見れば、いかにも童話にでてくるお姫様なのだが――……
「王よ、どうか臣にお言葉を賜りますよう」
「ひゃっ……ひゃいっ……!」
そう、王様なのだ。
より正確には〝女王様〟というべきか?
でも女王様ってこう……イメージとしちゃ高慢で、大人で、それこそエリザヴァトリみたいな感じだ。あいつは口調が完全にギャルだったけど。
すくなくともビクついたり、自分を守るように胸元で両手を組んだり、俯いてしまいそうになるのをなんとかこらえ、俺たちを上目遣いにみあげる姿は「女王様」のイメージからかけ離れている。
いやまあわかる。そりゃ怖いよな。この部屋、百人ちかくいるんだぞ。しかも全員自分より年上とか、緊張どころの騒ぎじゃない。
「ぁ、あのっ……みんな、きょ、今日は……ありがとうございました……っ! ……その、……いっぱい食べて、……それから、それからゆっくり過ごしてくださひ、ぃだっ」
幼女はおっかなびっくりの半泣き状態、それでも言の葉をふりしぼり――あ。噛んだ。
「……、……うぅ、あの、それと……キッカちゃんと……リリィちゃんと、アリアさんと、ソウタ様は……わ、わわ、わたしと一緒に……来てください……。…………あの、ええと、き、キッカちゃん、」
「ご用命は以上でよろしいでしょうか?」
「う、うん……」
「御意。――総員、敬礼! 該当者は速やかに退出。他の者はひきつづき王命に従い、御沙汰あるまで宴会の間にて蟄居謹慎せよ!」
乾杯の音頭のとき以上に、応の声が響きわたる。
まだ王様が退室していないってのに、今まで以上の無礼講が到来した。
具体的には、右をむけばテーブルのうえに飛び乗った女の子が酒のシャワーを降らせ、左をむけば骨つき肉とバゲットが雪合戦のごとく宙を飛んでいる。けれど誰もそれを諫めはしない。
「王様、もう来ちゃったね」
「もうすこし待ってくれてもよかったと思うけれど、仕方ないわね。行きましょう」
最後に串肉を頬張りながらリリィが、タルトらしきデザートをつまみながらアリアさんが席を離れる。えっ。俺マジでほとんど食ってない。ひとまず骨つき肉を丸かじりしてパスタで流しこみ、あわてて後を追いかけた。
扶鉄のついた大扉が閉まると、宴会場のどんちゃん騒ぎはほぼ聞こえなくなった。
ひっそりと静まりかえった廊下で俺たちを待っていたのはキッカさんと――そのすらりとしたおみあしに隠れる王様の姿。
「さ、王様。顔をあげて。みんなが来たわよ?」
「……ぅ、うん……、ぁあの、さっそくなのですが……〈無血の王〉討伐……」
「そうじゃなくて、まずはアリアとソータに自己紹介でしょ?」
いきなりフランクな対応になってるし。
キッカさんは金髪ツインテなスポーティお姉さん、王様はゆるふわ桃色の愛されプリンセスと、まるで別系統の性格やビジュアルだが、もしかして姉妹だったりするのだろうか?
そうやって首を傾げているあいだに、王様はそろそろとキッカさんのおみあしから顔をだした。
てっきり男の俺を怖がっているのかと思ったが、これ違うな? 照れているというか恥ずかしがっているな?
「……はわ……ご、ごめんなさいっ……! わ、わたし、ジーンガルドを治めている……す、すす、ステファニー……ガー、ランド……って……言います……。……は、はじめ、ましてぇぇ……」
「お初お目にかかります、ステファニー様。私はアリアと申します」
「……ええと、俺は相田双太。あ、相田が苗字で、双太が名前――……」
ん?
『いやお前も大概じゃねーか。つーか俺の場合は双太が名前で、相田がみょう――』
『審問終了。――アイダ・ソウタを敵性勢力〈魔王〉と認定しくさりやがりまァす』
『この世界じゃァ苗字はSEM擁する王族のみが名乗れるのさ。――つまりアイダ某を名乗る男は自動的に魔王ってわけだ』
俺はそこで言葉をとめ、つかつかキッカさん――もとい王様の前まで歩み寄り。
ドレスの裾をたくしあげ――
「――痛ったああぁぁっ!?」
思いっきりキッカさんとリリィとアリアさんに殴られた。
「お前らなにすっ、」
「そりゃこっちんセリフよ、馬鹿ソータ! 王様になんばすると!?」
待て待てリリィ、首ねっこ引っつかむな咽喉が絞まる! ちょっと触手のあれ思いだすからやめよう! 平和に行こう!
あっ、アリアさんも顔が怖い! 美人は怒ると怖いと聞いたけどマジで怖い!
キッカさんに至ってはガーターベルトからナイフ取りだしてるじゃねえか。駄目だこれ完全にヤバいやつだ。
「待て! 落ち着け! これには理由があってだな!」
「へえ、理由?」
「はい、イエス、ザッツライト! そのですね、俺の〝相田〟が苗字って言ったときにですね、じゃあ魔王に違いないと言われましてですね!」
ぴたりと全員がとまった。
殴られなくなったのはありがたいが、空気がなごやかになったわけじゃない。また別種の緊張感に挿げ替わっただけだ。
だから必死に言葉を続ける。
「ほ、ほら、エリザヴァトリも苗字持ちがどうとか言ってただろ? エリザヴァトリっていえば、あいつ魔王のはずなのにめっちゃ女だったし! だから結局魔王って男なのか女なのかとか、そこにおわすステなんとか様も女性っぽく見えるだけで実は男なんじゃね? とかですね、はい、そういう疑問があってだな?」
「…………ソータ」
「は、はい。なんでしょうリリィ様」
「……うちゃソータがおったっていう世界んことはなにもわからんばってん。ここじゃ女性んドレスやスカートばめくるんな破廉恥なことと!」
「で、ですよねー!」
知ってた。俺のいた世界でもそうだったし。
いやマジで申し訳ない。
全力で平身低頭する俺に、しかしやんごとなき身分であらせられるところのステファニー・ガーランドは、あわてたように膝をついて俺の手をとる。
「い、いえっ……き、気に……して、ません、……から……! ……ちょ、ちょっと、……恥ずかしかった、だけで……っ」
さすがに王様が廊下で膝をつくのは死罪レベルなのでは。いやドレスの裾をたくしあげようとした時点でだいぶデス or ダイ案件だが。
そんな心中を知ってか知らずか、王様――もといステファニーは俺の手をつつみながら、一緒に立ち上がり。
「……それに……わ、わたし、ソウタ様に……そんな……接し方を……してもらう、価値、ないんですぅ……」
「は? え? いやでも王様だろ……ですよね?」
「は、はいっ……! でも、ぁあの! ……その……、……ただの、しがない……ぃ、一般市民、なので……」
……うん?
一般市民の王様とな?
王様の登場回です。最近流行らしい悪役令嬢キャラと、恥ずかしがり屋さん、どっちで行くか悩んだ結果こうなりました。よろしくお願いします~!