28 つかのまの休息 in 宴会場
「それでは皆様! 先勝を祝して、かんぱーいっ!」
キッカさんが乾杯の音頭をとる。
ちょっとした大会議室ほどのホールに、応の声が響きわたった。
高く掲げられた杯は、それぞれの手元にもどるよりも早く、身近な相手と触れかわす。そうやって適当に献杯をすませてようやく咽喉の奥に流しこまれた。
伊達にサラリーマンをやってたわけじゃない。世界が違っても、付き合いの妙はなんとなくわかる。最初の一杯だけは一気に煽り、口元をぬぐいながら周囲を一瞥した。
そこそこ大きな広間だった。いかにも中世の城らしく、高い天井にはシャンデリア、壁際には幾何学模様のタペストリーや模造刀が飾られている。
そこらじゅうに円形テーブルがあり、そのどれもがありったけのご馳走であふれていた。生肉とチーズがちりばめられたサラダ。俺の顔くらいありそうな骨つき肉。チャーハンや餃子、麺類っぽいもの。一口サイズにカットされた真っ青なフルーツや、揚げ物にチョコレート的ななにかをぶっかけたキワモノ、ゲテモノもある。
さっそく肉にかぶりつく者もいれば、注いだそばから飲みほす強者もいる。飲食そっちのけでおしゃべりに興じる者も。
どこをどう見ても、完全にサラリーマンやウェイ系大学生の飲み会だ。
とはいえ男が魔獣にうまれ、女を襲うこの世界では、当然のごとく〝女子会〟でもあるわけで。
――ただしほぼ全員が中高校生の。
「あれ? ソータ、食べないの? もしかしてくちにあわない?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……」
「……?」
豪快に骨つき肉を囓りながら、リリィが首を傾げる。
俺はすこし躊躇ったあと、周囲を軽く一瞥して――リリィの耳元にそっとくちを寄せた。
「……なんつーか、いいのかこれ? 不謹慎っていうかさ……」
「不謹慎?」
「だってエリザヴァトリを倒せたわけじゃない。明日また来るって言ってただろ」
『アンタだけはエリザが殺す! 明日! マヂで! 絶対に潰してやるんだからッ!』
エリザヴァトリはそう言って消えた。
太陽の光に灼かれたことから考えて、恐らくまた夜に襲撃するのだろう。
なのに、こんな宴会なんてやってていいのだろうか。俺の魔法は確かに効いたが、いまだにどういうものなのか謎だ。またエリザヴァトリ本人が指摘したように、詠唱が長すぎるという致命的弱点がある。今回は相手が余裕ぶっこいてたからどうにかなったが、次は絶対にうまくいかないはずだ。
「うーん……? エリザヴァトリが来るからこうしてるの。なにも不謹慎なことはないと思うけど……」
「さ、さっぱりわからん」
「えっとね、まずはご飯をちゃんと食べて体力、気力、魔力を回復させないといけないの。特に魔力は死活問題。ソータもたくさん使ったから、そのぶんたくさん食べないとダメ!」
骨つき肉を三本、木の実たっぷりのパスタ的なものをたっぷり皿に盛られた。
まあわからなくはない。俺も腹が減っていないわけではないので、おとなしく食べることにする。うまい。
「もうひとつは予祝。まだ実現していない理想をすでに叶えたかのように振る舞うことで、望む未来を引き寄せようとする行為よ」
俺の右側に座っていたアリアさんが、パンと緑色のスープが置いてくれた。
当の本人は粛々と海鮮系のサラダを食べている。……粛々と……しゅくしゅく、と……。……いやこれ結構食べるスピード速いな?
「三つ目は、もうすぐ私たちだけ呼ばれるからよ。魔王様!」
どん、と頭のうえに衝撃が走った。
いや痛くはない、硬くもない、というかやわらかい、が。これ、は。
「もう、キッカ! ソータがご飯食べるの邪魔しないでっ!」
「そうよ。彼が首を痛めたらどうするの?」
「あはは、ごめん、ごめんって。ご飯の邪魔するつもりはなくてさ、お礼を言っておきたかっただけなの」
キッカさんはそのまま――俺の頭に胸をのせたまま、耳元にそっと唇を寄せる。
さっき俺がリリィにそうしたように、俺だけに聞こえる距離で。俺だけに聞こえる小声でささやいた。
「本当にありがと。十人で済んだのは……君のおかげだから」
「……!」
「あ、これ美味しそう。もらっちゃうね?」
言うが早いか、キッカさんは骨つき肉を一本つまみ、さっさと離れる。さっきのが幻聴かと疑いたくなるほど、非常にあっけらかんとした態度だった。
十人。
この宴会を不謹慎だと思った理由はそれだ。
いくらエリザヴァトリを退けたからといって、十人の死者がでた。……十人も死者がでてしまったのだ。
そりゃ俺は日本生まれの平和ボケ野郎で。ここは魔法があって、〈饜蝕の大驪竜〉や〈無血の王〉みたいなやつがごろごろいる世界で。だから感性に違いがあって当たり前なんだろうけれど。
……それでもやっぱ思っちまうんだよな。
俺が、自分の魔法についてもうちょっと詳しければ。もうちょっと早く魔法を使っていたら。まったく別の〝今〟が――あの十人やジョゼをふくめた全員が笑える、そんな〝今〟があったんじゃないかって――……。
「あっ! またソータ食べてない! 本当に知らないからね?」
「……わ、悪い。でもこんなにご馳走があるんだぞ? そんなすぐに完食できるわけ……」
「そうじゃなくて! キッカも言ってたでしょ? 早く食べないと王様が来ちゃうから!」
「…………は?」
王様が来る?
疑問符をうかべた瞬間、アリアさんが小さく「来たわ」と呟く。
視線を誘導された先は、正面の大扉だった。
ワイルドにも骨つき肉を骨ごと完食したキッカさんが仁王立ちし、腹の底から息を吸う。
「――総員、傾注! 我らが王の御成りである!」
鋭い一声に、アリアさんをふくめた全員が席をたち敬礼した。俺もあわてて真似をする。
音をたてて大扉がひらく。
そこにいたのは――幼稚園児ほどに幼い子供だった。
3章がはじまりました。よろしくお願いしますー!!!