23 無血の王・3
『リリィを殺せ』
『ジーンガルドを滅ぼせ』
『あらゆるすべてを鏖にしろ』
どこをどう聞いても純度百パーセントの殺意特盛りのセリフに、全員の殺気が高まる。
あわててくちを塞ぎ、なかったことにしようとも、時すでに遅し。全員の視線が俺にむけられ――いや、そんな生半可な事態じゃない。
「四の旋律によりて敵を戦慄せしめる」
アリアさんが槍を構え。
「お願い、ちからを貸して! 〈オモチャの怪獣〉!」
リリィがディナを呼び。
「一騎驀進、敵騎撃殺を至上とする――〈無窮なる塵旋風〉!」
キッカさんが剣に暴風をまとわせる。
「ちょ、ちょっ、ちょっとタンマ、マジでタンマ!」
いや、さっきのアレは俺が言ったけど! 俺が言ったわけじゃない! マジで! 今後の人生において発生するであろう女の子とのデートすべてを担保にする! 俺は本気だぞ!
なんとか言い繋ごうと、両手をあげて一歩を踏みだしたときだった。
――ぱしゃん。
水の跳ねる音と、足の濡れる感覚。
そういや服は着せられたけど素足のままだったな――って水? 水たまり? なんでだ?
こんなものがあるなら、さっきジョゼの椅子にされていたときに気付いた。もちろん椅子がわりにされたからって泣いてなければ吐いてもいないわけで。
えっ。水たまりって、いくら夕暮れだからって、こんなイカスミみたいになるものだっけか?
「ソータ、危ないっ!」
リリィの悲鳴と同時、漆黒の水たまりから赤黒い触手が現れる。
大小いくつものそれは、瞬く間に俺の全身にからみつき、絞めあげる。
おい誰の魔法だよこれ!
触手の緊縛は! 男にやるな!
女の子に! やれ!!!
「やほおはこんちー?」
俺の背後から、やたら楽しそうな声がした。
ぞわ、と全身に鳥肌がたつ。触手がからんだときもそうだったが、今の声はそれ以上の悪寒をつれてやってきた。まるで氷の手が心臓をわしづかみにしたみたいだ。
この声は、絶対にキッカさんたちの仲間じゃない。
触手が咽喉を絞めあげるせいでまともに振り向けないのに、全員の声を聞いたわけでもないくせに、どうして断言できるのかって?
単純明快。
その声は、どこまでも無邪気な悪意のかたまりで。
――かつ、どこをどう聞いたって成人女性のものだからだ。
「貴女は……!?」
「えっ、私ちゃんわかんない? マヂ? さっきから何度も自発してたじゃん」
「じ、自発?」
「うん、そう。超呼んでたってことー。エリザ、エリザってさー」
「……そ、それって、まさか……!」
「――〈無血の王〉エリザヴァトリ」
アリアさんの冷徹な声が響きわたる。
殺意すら孕む言の葉だ。もし俺にむけられていたら、もうその声音だけで首が斬られるんじゃないかってくらいヤバいやつだ。
けれど「私ちゃん」は、まるで渋谷や原宿で同級生と会った高校生よろしく、諸手をあげて応えた。
「アリアじゃん! やほおはこんちー、超おひさー!」
ごつり、と厚底靴が大地を踏みしだく。
俺の背後から現れたそいつは、悠々と俺を横切り、歩いていく。
漆黒の水たまりをものともしない、十センチはあろうかという厚底靴だった。
そのうえにはブーツやニーハイで誤魔化さない、リリィなみに見せびらかした足、足、生足。
大胆かつルーズに着こなしたヒョウ柄のジャケットと、それを羽織っていてもわかるくびれた腰。おしげもなく肩を見せびらかしたトップスと、そんな滲みひとつない肩にふんわりとかかる豊かな金髪。ところどころにベビーピンクのメッシュまで入っている。
「元気してた? あ、このあとヒマ? 私ちゃんさぁ、リカちんでちょーイイ感じの子見つけちゃってさ! よかったら一緒にKP……」
「裂き繚れよ――〈百花繚乱〉!」
彼女の全身に、ダイヤ、クラブ、ハート、スペードの記号がうかびあがる。凄まじい光がほとばしった。断崖で魔獣たちを一掃したときのように、たちまちエリザヴァトリは灼尽の禍に遭うかと思われた――が。
「私ちゃんさぁ、そういうのマヂよくないと思うわけ」
いや、灼尽の禍はおきた。
凄まじい熱量のせめぎあいによって、爆煙のごとく噴きあがった水蒸気が、漆黒の霧雨となって降りそそぐ。
だが肝心のエリザヴァトリは、まったくの無傷でその場に佇立していた。
「なっ……!?」
「いやさー、わかるよ? 私ちゃんすぐかまちょしちゃうしさー。アリアってそういうタイプじゃないもんね。でもせっかくエンカしたんだしぃ……」
「裂き繚れよ――〈百花繚乱〉!」
もう一度、アリアさんの一撃が走った。
だがやはり効いていない。
「あはっ。超こわーい。
……ねぇアリア。まさかアレ、アンタの彼ピだったりする?」
闃然とした空気を埋めるように、ぽつ、ぽつりと黒い雨が降りだした。
いつの間にか太陽は暗雲に隠され、夜闇にかき消された。かわりに街灯がひとつふたつと灯ったが、それは現状の俺とおなじ――その気になればいくらでも縊り殺せる命にすぎない。
いや、街灯が俺なんじゃない。俺自身が風前の灯火だ。その証拠にエリザヴァトリは俺を振りかえりもせず、腹をかかえてケラケラ笑い転げている。
「そ、総員! 私に続け! ――〈無窮なる塵旋風〉!」
あまりの隙だらけな態度に、キッカさんが鬨の声をあげた。
さきほどアリアさんの攻撃が効かなかったのは、記号がエリザヴァトリ本体を覆っていなかったから。彼女にうっすら纏わりついた水の膜に記号がつき、そこで爆裂四散してしまっていたからだ。
もちろん俺にもわかるくらいなのだから、部隊長なんてやっているキッカさんにわからないはずがない。ゆえに彼女は大旋風をひきおこし、俺たちの足元やエリザヴァトリの体表面から、水という水をことごとく吸いあげる。
水という盾をなくした〈無血の王〉に、キッカさんたちの部隊が突撃し――
「…………〈粉骨砕身〉」
とても可愛らしく、楽しそうな声と同時。
肉がはじけた。
なんかまたブクマと評価が増えていた気がします……連日ブクマ増えている気がしてかなり動揺しているので実は増えてないかもしれません(それくらい動揺しています)。ブクマとか評価くださった方々、本当にありがとうございます! いやまだ評価してないけど読んでやってるぜ!って人もありがとうございます!