17 魔王の証明・2
……は?
思わず我が目、我が耳を疑う。
俺たち以外に誰もいないはずの空間から、突然人が現れたからじゃない。誰もいないまま声が響いたからでもない。
今のセリフを放ったのは間違いなくジョゼだからだ。
俺の動揺なんざ気にもとめず、やつはどこまでも平然としていた。すっかり棒だけになったそれを床に投げ捨てると、煙草の火を消すみたいに踏みなじり。軍服のしたで肩をすくめ、奇妙なひとり芝居を続けていく。
まるでこれが彼女たちにとっての日常なのだと言わんばかりに。
「ピーキーうるせェな、姉様。目ん玉まわるんで勝手にしゃべらねえでくれやがりますかァ?」
「あら、ごめんなさいね? でもあなたはこの国唯一の審問監査官なのよ。どんな相手でも手を抜いちゃいけないわ!」
「ははあ。まことに遺憾ながら一理も二理も三理も道理もございやがりますねェ」
ジョゼは仕方ないとばかりにため息をつき、眼帯の位置をずらす。
左目は閉ざされ、今まで隠れていた右目があらわとなり――俺は再度、度肝をぬかれるはめになった。
「初めまして、男のあなた! 起きて早々、妹様がとんだご無礼を。どうぞお許しくださいまし!」
薄暗い地下牢がぱっと明るくなった。
いやたとえだ。比喩だ。実際に新しく電気がつけられたってわけじゃない。
だが間違いなく場の雰囲気が一変した。
「あたしはベルナテッド。可愛いジョゼの、可愛いお姉ちゃんをしているの! 早速でごめんなさいなのだけれど、場所を変えましょ? こんなじめじめしたところじゃ気が滅入っちゃうものね!」
ジョゼ――もといベルナテッドは軍服の裾を指先でつまむと、その場でくるりと一回転し。
「〈素晴らしき死の慈悲〉」
歌うようにささやくと同時、石床に亀裂が走った。
いや、亀裂どころの騒ぎじゃない。岩のかたまりがタケノコみたいに床をぶちぬいて現れる。この地下室そのものが破壊されながらも上へ上へと押しあげられていく。
おかげで天井との距離が近くなり、手首の痛みが引いたのはありがたいが。
「いやダメだろこれええええええ!?」
だからといって鎖がちぎれたとか手枷が外れたわけじゃない! このままじゃひかえめに言って天井にぶつかって死ぬ!
「だーいじょうぶっ、安心して?」
ふたたび底抜けに明るい声が響いた。
ベルナテッドはアニメの魔法少女よろしく、ふたたびくるりと一回転する。
俺たちがぶつかるより早く、側面から巨大な大岩が飛びだし、天井を突き破り――
巨大な破壊音とともに、俺たちは地上にでた。
「……っ!? ……!? ……、……ッ!??」
混乱する俺と平然としたベルナテッドの前に、金髪ツインテールの女が仁王立ちする。
外見はアリアさんと同程度だろうか。ひかえめながら甲冑を着込んでいて、まさにファンタジー世界の女剣士といった風体だ。
「ベールー! 貴女って子は! 何度普通につれてきなさいって言ったらわかるの!?」
「やだキッカ、怒らないで? あたしは可愛いベルよ? そんなふうに言われたら泣いちゃうわ!」
「ああそう、なら存分に泣きなさい! ……と言いたいところだけれど、そうも言ってられないわね」
「ええそうね。あたしとっても怖いからジョゼに変わるわ」
「――キッカ様……ッ、もう私たちではアリアを抑えきれません……っ……!」
アリア。
その言葉に俺は両手で頭を覆い、蹲るという情けない格好も忘れて顔をあげる。
視界に飛びこんできたのは、数十人の女の子たちに包囲されるアリアさんの姿。
彼女の周辺には金属の破片……かつて檻だったものが散乱している。包囲する女の子たちは、武器こそ向けているものの、みな一様に腰がひけていた。
「彼を解放して」
氷のように鋭い声が響く。
音をのせた風ですら全身を切り刻むほどに。
「聞こえなかった? 彼を解放して。さもなくば――……」
アリアさんの腕がしなると同時、俺たちの登場によってまろびでた岩や礫に、無数のダイヤマークが浮かびあがる。次の瞬間には、もう彼女の槍として新生の息吹をあげていた。
誰ひとり動けないまま、殺意すら塗りこめた言の葉が行動をともなって切り裂きかけた、そのとき。
「そっ、そうよ! ソータをいじめたら許さないんだからっ!」
場違いな――それでいてほっと安心できる声が響く。
リリィだった。俺の右後方にいたせいで今まで視界に入らなかったのだ。左後方には俺たちを助けにきてくれたリスの魔獣がいて、どちらもそれぞれ鉄の檻に閉じ込められている。
「ソータは魔王じゃないわっ! 私も最初、魔王かと思って……でもそれは勘違いだったの! 本当よ!」
「リ、リリィ……!」
「――そのことなんですがァ」
歓喜に極まる俺を咎めるように、ビシャリ、と鞭がしなる。
眼帯の位置をもどしたジョゼが指を鳴らすと、ひとりの少女が弓矢と矢筒を渡した。
見覚えがあると思えばリリィの矢だ。ジョゼは死んだ目で弓矢と矢筒の状態を確かめたあと、おもむろに両手で掲げてみせた。
「リリィ。テメエはSR装備〈猛毒草の破敵弓〉と〈解毒剤〉を勝手に持ちだしやがりましたねェ?」
「そ……それは、そうだけど……! でもそれは私の罰だもん! ソータにはなんの関係も――……」
「その矢でアイダ・ソウタを撃ったと証言したなァ?」
「……そ、そうっ! でも殺そうとしたのに! ソータはそんな私のこと、何度も助けてくれたのよ!」
「はんはんははあ。はァて、はてさて」
ジョゼは謎の相槌をうつと、まるでゴミ同然に弓矢を投げ捨てた。
かわりに軍服のポケットからなにかを取りだす。
「この場にいる大体全員が知りくさってやがると思われますがァ、これが〈猛毒草〉の解毒剤でェす」
ネックレスだった。
細い金鎖で輪をつくり、琥珀色の液体をおさめた小瓶を繋いだだけの、非常に簡素なもの。
これもあのときリリィが身につけていたものだ。
「見りゃァわかるが使用痕跡ナシ。つまりアイダ・ソウタは〝三日三晩、月光にさらし、R級魔獣なら一撃三分で殺せる毒〟をうけて、解毒剤なしに生還した〝化け物〟ってことになりやがりますがァ。
――なにか申し開きはございますかァ?」
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