16 魔王の証明
「魔王!!!!!」
舌を噛みきる勢いで叫ぶや否や、俺の本当にすぐ隣を音速の刃が駆けぬける。
漆黒の鞭は石床を砕き、その破片でもって俺の足と腹を殴りつけた。
ジョゼは相変わらず奈落の瞳を周囲にめぐらせ、気を配っている。どうやら「魔王が来た」と解釈したらしい。違うとわかり、怒りの矛先をむけるまえに――俺はふたたび雄叫びをあげる。
「魔王だとしたら!」
「っ!?」
「俺が魔王だとしたらなんだってんだ馬鹿やぶべッ!」
言葉の真意をさとったジョゼが、すかさず俺の顔を踏みつける。
ロリの足蹴に感謝するほどできた性格の持ち主でもないが、これは好機だ。鞭じゃなく足を使ったってことは、このまま殺していいのかどうか判断に迷いがうまれたってことだからな。
だったらあきらめない。リリィやアリアさんの状況もわからないまま死んでたまるか!
「ぐ、ぐっ……い、いいか、ジョゼ。信じられないのを承知のうえで言う。――俺はここじゃない世界から来た」
頬にべったり押しつけられた靴底を、逆に押しのけながら前に進む。
こんな無感動オバケにも感じるものはあったのか、すぐに足はどけられた。鞭も飛んではこない。これ幸いと言葉をつらねていく。
「元々いた世界で死んだのか、ゲームや漫画みたいにいきなり異世界に飛ばされたのか。なんで身体が若返ってるのか。全部ひっくるめてさっぱり謎だ。でも俺に苗字があるのは、元々いた世界じゃそれが当たり前だったからで、……別にSEMを独り占めしてたとか、どっかの国を支配してたとかじゃない」
「……異世界から来たから、人間の男の身体をしているが魔王じゃねェ、と?」
「そう思いたいが、リリィは俺が〈饜蝕の大驪竜〉から生まれるところを見たっつってた。俺もこの世界にきた前後の記憶はぶっちゃけあやふやだ。さっきから言ってるだろ。俺だってなんもわからねえんだよ!」
「……話になりやがらねェ。他国ならともかく、言うに事欠いて〝異世界〟! そんなものを信じくされと?」
ああ、そうだろうな。俺だって東京のど真ん中でリリィに出会って、「見て見て、鉄のかたまりが走ってるの!」なんて言われた日にゃ、こいつの中学校でそういう遊びが流行ってるのかって思う。
もしジョゼがてくてく歩いてたら、あれここ原宿だっけとか、コスプレはそういうイベントでやれよこれだから最近の若いやつはって思う。間違いなく思う。
誰だって今まで培ってきた価値観を通して、物事の是非を判断する。俺が信じてもらいたいことと、ジョゼが信じたいことは違う。俺が言いたいことと、ジョゼが知りたいことだって違う。
だから大事なのは、〝それぞれが重んじる主義主張宗教国家同胞その他〟に基づいて、いかにおたがいの利害を一致させるか。一致とまではいかずとも、どこまですりあわせることができるかだ。
「じゃあ逆に聞くぞ。人間の姿をした野郎は確定「魔王」なこの世界で――〝異世界出身〟を主張するメリットはなんだ?」
――しん、と沈黙が降り落ちた。
眼帯に覆われていないほうの左目が、相変わらずなんの光も反射させないままごろりと蠢く。
「もし俺が本当に魔王だってんなら、こんな下手な芝居をせずに今すぐお前をぶちのめして逃げる。いや、逃げる必要もないな。この国を征服するくらいやってのける」
「ははあ」
「百歩譲って俺が魔王だったとしても、こんな簡単に捕まってる時点で脅威じゃねえだろ。多少弱かろうがせっかく捕らえたうえに、リリィたちと仲良しっぽいんだぞ。俺がお前なら味方に引き込めないか算段するね!」
「……ははあ。テメエ、なかなか面白いな」
ジョゼは棒つき飴をがりりと噛み砕く。
相変わらず底の知れない瞳で、抑揚のない声だ。どこまで本気なのかまったくわからない。
だから次の瞬間に……ぶち殺される未来だって有り得る。
そう思った刹那。
「ほらほら妹様。あたしの言った通りでしょ? まずは〈死霊のささやき〉で確かめなきゃ」
俺たち以外誰もいない地下牢に、飛びぬけて明るい声が響いた。
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