14 一難去ってまた一難
暴風が荒れ狂う。
青灰色の煙に、バラバラになっていく魔獣の残骸と、それを背景にたなびく銀髪。
隣にいるはずが、まるで世界の反対側だ。
するどく強固な白銀を思わせる一方で、触れたそばから淡く儚く消えていく雪。
「おま、え……」
爆風がおさまり、ひら、はら、と乱れ髪が落ち着きだす。
荒れた戦場に降りたつ彼女は色気の暴力だったが、そうして凜とたたずめば、かわりに纏うは清楚の薄紗。
そのほっそりとした咽喉も、頤も、くっきりうかぶ鼻梁も、切れ長の瞳も、すべてに見覚えがある。
まさか、
――――真理子さん?
ぴちゃん。
そんな水音が響く。
詩的に言えば、雪解けの水が渓谷の岩にあたってきらめく、ああいう感じ。
もっと卑近なたとえをすれば、シンクの水を張ったラーメンどんぶりに蛇口の水が滴る感じだ。
鼻をひくつかせる。腐った臭いだ。でも俺の安アパートは南向きで、たしかに梅雨や夏場は腐りやすいが、こんなに冷え込んだりじめじめしてはいない。
やたら音が響くし、……どこだ、ここ?
「…………本当にどこだよ?」
真っ暗な床がひろがっていた。たぶん石のタイルが全面に敷かれていたんだろうが、経年劣化だかなんだかでいくつも穴ができて、そこに土埃が溜まっている。
その窪みのひとつに水たまりがあった。水滴が落ちて、ぴちゃんと澄んだ音をたて、余命わずかな波紋をえがく。
ぼんやりしたまま頭上を見た。長方形の金属に両手を嵌められ、鎖で天井から吊りさげられている。土気色をした天井はところどころ染みができていて、たぶんそこから水漏れしているんだろう。
道理で寒いはずだ。いつのまにかごわごわした薄いシャツを着せられているが、それがなかったら風邪をひいていてもおかしくない。
ていうかこの手枷はなんだ。
「ようお嬢さん、状況把握は終わったか?」
不意に声がした。
真正面で、女の子が椅子に座っている。
リリィよりも幼く、せいぜい小学五、六年ってとこか。緑の短髪、黒の眼帯、ジト目、サメみたいにやたらめったら尖ったギザ歯。黒い鞭と、チュッパチャップスらしき棒つき飴を持っている。
逆座りという、背もたれに両腕をのせて体重を預ける、行儀の悪い座り方なところまでファンキーだ。
「それじゃァ自己紹介……」
「リリィは?」
「あん?」
「リリィは――あいつらは無事なのか!?」
女の子には無条件で優しくする主義だが、今ばかりはそれどころじゃない。俺は前のめりになり、噛みつくように叫ぶ。
「あいつらになんかしたらただじゃおかねえからな!」
『おね、え、ちゃん……お姉ちゃんなの……?』
真理子さんを彷彿とさせる銀の女性が、一瞬で魔獣たちを灼きはらう。その凄絶さに見惚れた直後だった。
リスの魔獣から降りたったリリィが、呆然としながら、それでもかすかな期待を胸に呼びかける。
『ね、ねえ、……私がわかる……?』
『――……リリィでしょう?』
『……っ!』
『すこし大きくなったわね。喋り方も変わった。でも間違えたりしないわ。私はアリア――あなたの姉なのだから』
『あ、あぁっ……お、おねっ、お姉しゃんっ!』
リリィは捻挫していることも忘れ、ついでにアリアさんの隣にたつ俺すらなぎ倒し、胸のなかに飛び込んで。よかった、生きてた、嬉しいと博多弁で大号泣をはじめた。
まだよく事態は飲み込めなかったが、この人が三年前に攫われたリリィのお姉さんだっていうのなら。これにて一件落着、大団円、ハッピーエンドってやつに違いない。
尻餅ついでに安堵の息をつきながら頭を掻いた、そのときだった。
『椿隊、前へ!』
突然リリィでもアリアさんでもない叫び声が響く。同時に何人もの女の子が森の奥から現れ、俺たちを包囲した。
『櫻花隊、術式発動!』
あわてて立ち上がろうとする俺の足元に、幾何学的な紋様がうかんで。
もうそこからの記憶がない。
つまり俺は、……俺たちはあいつらに――この眼帯ギザ歯野郎どもに捕らえられてしまったのだ。
2章が始まりました。1章書きあげて偉い! 1章読んでくれた皆様、まことにありがとうございます! 引き続きよろしくお願いします!!!