11 断崖絶壁、絶体絶命
弱点はわかった。
そうなると次は攻撃手段だが、これは簡単だ。〝弓射〟しかない。
これなら魔法を使わないし、敵の巨大化や、弱点部位が顎の下という厄介さを逆手にとれる。
残る問題は――
〝いかに確実に仕留められる状況をつくりだすか?〟
チャンスはたったの一度だけ。
今までの行動から察するに、あの魔竜はかなり知能が高い。俺たちが急所をねらってくると知れば、ほぼ間違いなく対応するはずだ。
幸いにも部下を山のように増やしたばかり。俺たちの始末をやつらにまかせ、自分だけは影に引きこもるか。それとも弓をつがえる暇もあたえず、総力戦で叩き潰しにくるか。
どちらにせよ俺たちは詰み。ゲームオーバーだ。
だから――何度でも言う。百万回だって言い聞かせる。
俺は、リリィが絶対確実に急所をねらえる状況を用意しなきゃならない。
「リリィ! たぶんあいつは光も弱点だ!」
緩やかな傾斜を、倒けつ転びつ駆けくだる。
もう何度目かの逃亡劇だが、俺の頭のなかで『戦略的撤退』の文字が輝きだす。強がりじゃない。まだ起死回生の手はある!
「あいつがでてきたのは天気が急変したあとで、俺の全身が光ったときもすげぇ嫌そうにしてた! お前もなんか覚えはないのか!?」
「う、うん。あるっていうか……だって影の竜だし……?」
「知ってんのかよ! 言えよ!?」
「じゃあ逆に聞くけど、普通そういうものでしょ!? 魔法以前の話じゃない!」
あああああああ。常識すぎてうっかり先方に伝え忘れるパターンだこれ。社会人あるあるじゃねえか! 自分の会社の常識は世間の非常識すぎて大損害がでるところまでワンセットのやつ!
「とっ、とにかく――弱点確定ならいい! それを利用したい! なんかないか!?」
俺の俺による俺たちのための〝最強の作戦〟をぶちまける。
企画概要。仮想標的。方法論。
最後のひとかけら――必要条件を握るのはお前だ、リリィ! この森の地理は、俺より、竜より、お前が一番詳しいはずだ!
「……、…………あるわ」
リリィは、きゅ、と身をよじり。
やわらかな腕、華奢な指先で、俺の頭をふわりと抱きしめる。
花や果物とも違うほんのりあまい香りが鼻を撲った。ささやかなBカップのふくらみが耳と頬を優しく押し潰し、とく、とく、と命の鼓動を流しこむ。
「リリィ……?」
「でも失敗したら、……死んじゃうよっ……!」
……ああ、わかってる。わかってるよ、そんなこと。
わかってるけど。
わかっているからこそ。
「死なないためにやるんだろ」
気にすんな。
百億年前から男が命を賭ける理由なんざ、たったのひとつしかない。
やっぱ愛だよ、そうだろ?
……〈饜蝕の大驪竜〉と呼ばれる影竜は、とても愉しげに獲物を追いつめていた。
かつての彼は、驚くほど低ランクの魔獣だった。知能は平均以上だったが、目がないため獲物を感知する能力にめぐまれず、生まれてから数十年、一度たりとも食事にありつけなかったのだ。
しかし〈無血の王〉エリザヴァトリに出会い、運命は変わる。
『我が配下となれ。このSEMを呑みこむがいい。我とともに魔法少女のいる国にむかい、彼女たちを〝丸呑み〟にせよ。……ふふ。言いつけを守るならば〝しぼりかす〟をやるぞ?』
当初、エリザヴァトリの言葉に半信半疑だった竜は、すぐにその考えを改めた。それほどまでに彼の者の魔法は強大だった。
SEMを擁する国々はたちまち亡国の憂き目にあい、エリザヴァトリの要求を呑むことを余儀なくされた。〈ジーンガルド〉もそのうちのひとつだ。三年に一度、人口の五パーセントほどの魔法少女を生贄として捧げねばならない。
現在、エリザヴァトリは用事ででかけており、今夜もどってから〈ジーンガルド〉の門をたたく予定だった。それまで領土内で魔法少女を襲うことは禁じられている。
だが領土外――この森のなかで、個人的に〝狩り〟をすることは禁止されていない。そして間抜けにも魔法少女がひとり森を彷徨っているではないか。
嗚呼、ハヤク ハヤク喰ベタイ
おこぼれデナイ 生ノ肉ヲ
しぼりかすデハナイ ソノママノ魔力ヲ 味ワイタイ
漆黒の涎をたれながし、さあ獲物はどこかと頭を巡らせた、そのときだった。
「リリィ! 嘘だろ、リリィーーーっ……!!!」
〝まずいほうの肉〟の声がした。すぐさま生まれたばかりで知能の低い魔獣どもをけしかけ、むかう。
たどりついたのは森の南端だった。
樹や雑草の絨毯がとぎれ、十メートルほど砂と砂利の大地が続き――切りたつ断崖で終わっている。まずいほうの肉が四つん這いになり、谷底にむかって姦しく叫んでいた。
「グルル……」
影竜は森の狭間でとどまり、無念の息を吐く。
美味いほうの肉が谷に落ちたか。ならばまずいほうの肉は他の魔獣たちにやって、自身は今夜のおこぼれを待つか。
生贄の徴収からしばらくはエリザヴァトリの機嫌もいい。まるまる一匹喰わせてくれることもある。ならばここで無駄に腹をふくらませるのは悪手だ。
「畜生っ……! 来るな、来るなよ!」
魔力もなにも宿っていない、ただの木の棒をふりまわしながら、まずいほうの肉が叫ぶ。その必死なさまに、魔獣たちがいきりたった。俄然、周囲が騒がしくなる。
……竜に、生まれたての魔獣どもの養育義務はない。むしろ彼らがエリザヴァトリの目に留まり、寵愛されることがあれば、いかな〈饜蝕の大驪竜〉といえどお払い箱の危険性がある。
ならばまずい肉ごと、こやつらも谷底に突き落とすまで。
「――ゴガアァッ!」
影竜は叫ぶ。
さあ行け、喰らえと、新人どもを奮い立たせ、衝き動かす。
サア ウルサイ 姦シイ
マズイ肉ドモメ
我ガ晩餐ニナレヌ ナラバ
セメテ 悲鳴ト 血飛沫デ 我ヲ愉シマセヨ
数十もの魔獣がまずい肉めがけて突進する。その背中ことごとく吹き飛ばすべく、〈饜蝕の大驪竜〉は嗤いながら身をよじり。
刹那。
凄まじい爆発が響きわたった。
11話です!!! はたして主人公たちの運命やいかに……!??? 面白いぞ!と思った方は応援していただけると大変嬉しいです!