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狂った現状











 使い魔が出来た日から数日が過ぎた。あれから、あの人形とは会っていない。だからというわけでもないが、ニコスは以前と変わらぬモノクロな生活を送っている。






 ニコスは騎士である。王族だから名ばかりの騎士である、というわけではない。何かあれば前線に出るし、人手が足りなければ単騎出動をすることもある。

 比べたことはないけれど、この国で一番強いといっても過言ではないだろう。だというのに、大きな役職に就かない。それは、階級が上がれば上がるほど、戦場に出向くことが少なくなることを嫌ってだ、と多くの人が思っている。

 だから、王族としていかがなものか、と賛否両論ではあるが概ね好意的に捉えられているのだった。けれど、本当は違う。ニコスはただ何にも深く関わりたくなかっただけだった。




 そもそも人の心を解さない自分が人の中に紛れて何かを成すことは出来るはずかないのだ。当たり前といわれることさえがわからないのに、兄に言われて作ったハリボテで何ができるというのか。


 確かに、側から見れば中身があるか無いかなどわからないかもしれないが、知らずに信用や信頼をする人間が哀れすぎる。だから、ニコスはどれだけ誹られようとも集団に加わることは絶対にしなかった。

 団体行動なんてもってのほかで、それなら単騎で突っ込んで戦死する方がよかった。死ねば人生の煩わしいイベントが全て無くなるので、とても妙案であると半ば本気で思っていたほどだ。それが、彼女が死んでからは加速している。


 彼女に言い訳できる形で死んでしまえたらどれだけいいだろうか。もうずっとそう思っている。


 けれど、残念ながらニコスはこの国の第二王子なので、そんな機会はまあやってこない。それならば、とそんな機会を得るために自分勝手な振る舞いが許容されるような態度を心掛けているけれど、結果は芳しくない。度がすぎるとゼノンに迷惑がかかるので、バランスを取るために毎日早朝の鍛錬で誤魔化しているのがよくなかったのかもしれない。おかげでそれがどれだけ不純な動機からの行動だろうが、努力の人だ、と評価されるようになってしまった。


 それも、彼女がいなくなると、意味がなくなった。

 きっと死を望みながら生きることすら、彼女は許さないだろうから。だから、自分勝手に振る舞って単騎出陣を狙う必要はもうない。どちらかといえば、死んではいけないので、やめるべきことかもしれない。

 けれど、その習慣を変えることができなかった。変えて仕舞えば、彼女の足跡を消し去ってしまう気がしてやめられなかった。やめたところで、彼女が帰ってくることなんて無いのに。


 ニコスはなんの志も持たぬまま、淡々と変わらぬ日々を過ごしている。






♦︎ ♦︎ ♦︎






 ニコスは、無気力にぼんやりと鍛錬をしていた。

 そんな朝に人形は現れた。驚きはしなかった。視認する前に魔力を感じたからだ。


「感心だねぇ。こんな朝早くからよくやるもんだ」


なんの感慨もなく人形は呟く。その声はとても眠そうだった。

 彼女も朝が苦手だったから、それでだろうか。また一つ彼女との共通点を見つけて、苦い思いをする。

 ニコスは疑惑が確信に変わることを恐れていた。

 至る所で、この人形が彼女である、と断じている癖にそんなことを未だ思っているのは失笑ものである。


「今日はなんの用だ」


顰めっ面で告げるニコスの内心は複雑だ。会いたいけど会いたくなかった。会えば彼女の気配を感じ、激情が抑えられなくなる。漸く自分に嘘がつけるようになったのに。だけど、彼女を感じられなくなればそれはそれで、心が何かに食い破られるような苦痛を感じる。




 いっそ狂ってしまえればよかったのに。そうすれば彼女と一緒にーーー。いや、それこそ彼女は許さなかっただろう。自分が自死を選ぶような人間だったなら、とうの昔に捨てられていたに違いない。なんて酷い人なのだろう。


「大した用じゃない。王宮内を案内して欲しいだけさ」


まだ返事もしていないというのに、人形はニコスの肩に乗って動きだすのを待っている。

 はあ、っと一つため息をこぼして、ニコスは鍛錬に使っていた道具を片付け始めた。そうして、横目で人形を捉える。重みを感じないから黙られると存在しているか不安になる。そんなニコスを見て、人形はクスクスと笑う。舌打ちしたい気分だった。


「…案内って言われたって、お前は城の構造知ってるだろ」


片付け終わって、ニコスは人形に言う。


 そもそも、城の内部を知らなければニコスの部屋までは辿り着けない。ましてや、彼女の魂の一部だというのだから、どこまで彼女の記憶があるのかわからないけれど、知らないわけがない。魔女の長としていつも呼び出されていた彼女は家にいる時間と同じくらいここに居たのだから。


「構造はわかるさ。でも、それじゃあダメなんだ。私が知りたいのは王宮の空気感。王族ならどこに入ったって怒られないんだからもってこいだろう?」


人形はとても楽しそうだ。そんなに城の中は人形にとって愉快なのだろうか。

 この人形の考えることは全くわからない。意図さえわかれば他に態度の取りようもあるというのに。


「…塵になれるなら1人で探索できるだろ」


なんとなく気が進まなくて、言い負かされるのがわかっているのに、悪足掻きをしてみる。自分でもどうしてこんなに嫌なのかわからないが、出来ることなら行きたくない。


 思えば、虫の知らせだったのだろう。連れて行きさえしなければーーー。


「あれはそんな便利なものじゃあないのさ。それに人にくっついている方が騒がれる心配がなくなるだろう?」


確かにもっともだった。こんなよくわからない物体が飛び回るより、誰かに連れて行ってもらえるならそれに越したことはない。


 ニコスはまたため息を吐く。今まで彼女のお願いを叶えなかったことはない。これが彼女の一部であるかはわからないが、彼女の気配がするものだ。願いを突っぱねるのは気が進まなかった。


「………で、どこから行くんだ」


投げやりな様子でニコスは人形に尋ねた。そのセリフに人形は心の中で笑う。どこに、ではなく、どこから、と言うところに彼の面倒見の良さが表れていた。

 ちゃんと最後まで付き合うつもりでいる所が貧乏くじを引く原因であるのだけれど、きっと本人に自覚はないのだろう。


「じゃあ、玄関ホールに向かってくれるかい、我が主?」


揶揄うように言った人形にニコスは反応を返さなかった。嫌な感じがしてそれどころではなかったのだ。だから、ニコスは言われるがままに歩き出し、ふと思う。


「お前…その姿で行くつもりか」


人形はくたびれた人形のままニコスの肩に乗っている。目立つというレベルではなかった。


「あぁ、確かにこれじゃあダメだね。なら、こうしよう」


特に考えることなく、人形は砂のようにサラサラと形を崩し、ニコスの左耳に集まり、姿を変えた。ニコスからは見えないけれど、どうやらピアスに変身したようだ。

 そーっと手を伸ばして耳を確かめる。指で縁をなぞり、サイズや質感なんかを確認していると頭に声が響いた。


『あまり触らないでもらえるかい。擽ったいんだ』


焦って、手を離す。直接声が聞こえたことと、物ではないのにまさぐってしまったことに動揺して心拍数が上昇する。


ーーーたかが人形じゃないか


いくら彼女の一部だとしても、人形だ。動揺なんてする必要はない。だというのに、彼女を思い出して人形の一挙手一投足に反応してしまう。

 いつまで経っても彼女を探してしまう自分に呆れる。彼女はこんな自分望んでいないだろうに。わかっていながら、やめられない自分に辟易としながらニコスは歩を進めるのだった。






 エントランスには忙しなく動き回る人しかいなかった。登城する人も、どこかへ出掛けていく人も、皆一様に暗く疲れ切った顔をしている。

 昔とはかけ離れたどんよりと曇った空気が、そこには漂っていた。


『これはまた酷いね。いつもこうなのかい?』


『魔女の処刑の後からずっとこうさ。陛下の乱心はとどまるところを知らない、ってな』


頭の中で返事をする。今の城内はどこに行っても陰気な雰囲気で嫌になる。ニコスは内心顔を顰めた。




 彼女が処刑されてから、陛下はどんどんおかしくなっていった。それまでは、堅実な政治をする人だった。王妃が亡くなった時も、魔女の所為だ、と魔女を憎みながらも国政に支障をきたすことはなかった。

 だというのに、気がつけば、魔女の長たる彼女を処刑するような愚行に走っていた。だけれど、それで元に戻ってくれるのならば、良かった。ニコスの心境的には全く良くないが、この国の未来や民のことを思えば、それで正気に戻ってくれるなら諦めなければいけないことだっただろう。

 けれど、陛下は彼女が死んでからというものの、さらに人が変わったようになり、横暴で他人の言葉を聞かない暴君に成り果てていた。

 唯一の救いは、国政の半分をゼノンが行っていたことだ。そのおかげで、この国は魔女なしでも破綻せずに来られている。




 そういえば、と思う。


 自分はもともと陛下が正気に戻るとは考えていなかった。きっと、魔女と呼ばれるものを全て排除するまで止まらないだろう、と。

 けれど、何故か皆一様に、魔女は彼女だけだ、と言うのだ。誰に聞いても不思議そうな顔をして、街の顔馴染みも、魔女なんて知らない、と言う。


 はじめは、呆けているのか、と思った。魔女はいないことにした方が良いことは明白だったから、いないという体にしているのか、と。

 けれどどうやらそうでもないらしい。深く調べようかと思い、街に降りた時、露天の薬売りを見て、理解した。


ーーーイアンが望んだんだ


と。その薬売りは彼女を慕った魔女の1人だった。以前、彼女と同じ光景を見たことがある。この娘がこうして薬を売っている姿を。


 大昔はこれが出来なかった。魔女は気味悪いイキモノで、魔女が作ったものなんか気持ち悪い、とすら思われていた。けれど、長い時間をかけて、ようやく小娘1人でも、効果を疑うことなく、買ってもらえるようになった。

 一生懸命に接客する少女を見て、これがずっと続く日常の風景になればいい、と彼女が鷹揚に笑う姿が脳裏に浮かんだ。

 胸がグッと熱くなる。泣きそうだ。どこまでも人の為にしか生きられない人だった。その在り方が好きで、けれども、酷く憎らしい。彼女についてまた憎しみの念を覚えて、そこで、自分は詮索する事をやめた。この事について知らないはずがないゼノンが何もしようとしていないのだから、問題はないのだろう。そう思った。




 なぜ、そんな事を今思い出したのかと言うと、あの薬売りの少女から薬を買っていた男が目の前を通ったからだ。

 それだけなら、城の役人だったで説明がつくけれど、あの制服はゼノンの側近の服だった。だというのに、自分は名前も顔も知らなかった。

 確かに、最近新しい部下が出来たとは聞いていたけれど、全く知らないのはどうにもおかしい。

 声をかけようと口を開いたけれど、静止の声がかかる。


『大丈夫だ』


何が大丈夫だというのだろうか。不審な人物をゼノンが側に置いておくはずがない。けれど、知らない人間を見なかった事にできる立場にはいなかった。


『この国に悪さをするモノじゃない』


だから、放置されているんだろう、と。そう言われて仕舞えば、もう何も言えない。納得できてしまう。ゼノンが介入しないとはそういう事だからだ。何も言い返せずに黙り込むニコスを見かねて、人形が早く行こうと促す。言われるがままに歩いていると、執務室の方に来ていた。ここにくるまで人形はずっと黙ったままだった。






 執務室に来るには長い廊下を渡らなければいけない。普段であれば、大勢の役人が行ったり来たりしているのだが、朝早いということもあり、殆ど人はいなかった。だから、油断していた。声をかけられるまで後ろにいるゼノンのことに気が付かなかった。


「あれ?ニコス、どうしたんだい?」


「…おはようございます、兄上」


慌てて、普段通りを装う。聡明なゼノンのことだ。隠し事があることはバレてしまうだろうが、何かまではわからないだろう。後は、この後ろめたさに気づかれない事を祈るばかりだ。


「この時間にここにいるなんて、何か急ぎの書類でもあったかな」


手で軽く挨拶を返し、不思議そうにゼノンは首を傾げた。その姿は特に何も疑っているようには見えなかった。

 ニコスはほっと胸を撫で下ろす。気づかれなかった、と楽観視できるわけではないが、とりあえずは何も気づかなかった事にしてくれるらしい。後は、上手い言い訳さえ見つけられれば見逃してもらえるだろう。


「…いや、兄上に聞きたいことがあって」


ーーー新しい側近ってどんな奴?


どう答えたものか、と困って特に聞く予定ではなかったことが口からまろび出た。気にしなくていいとは言われたものの、やはり気になる。

 ゼノンが決めた事であるから、問題がある人物ではないのだろうが、何故か嫌な雰囲気を感じた。


「ああ。可もなく不可もなく、毒にも薬にもならない、そんな感じかな。特筆する事は何もなく、目立たない、至って普通だね」


陛下が回してきた人材でもないし問題ないと思うよ。ゼノンはそれに対して関心がないようだった。

 周りの人間を上手く使う彼にしては珍しい事だ。だけれど、言い換えれば、どうでもいいと思うほど影の薄い人物という事なのだろう。一応、気にしなくていいという人形の言に納得した。

 頭の中であれこれ考えていると、それがどうかしたのか、とばかりにゼノンがこちらを見ていた。それにニコスは、さっき見かけたから気になって、と努めてなんでもないように言った。

 わざわざ聞いた時点でなんでもないということはないのだけれど、感じた事を深く話せるわけもなく、そうすることしかできなかった。


「そういえば、珍しいね。そのピアス」


気まずい空気になりかけた時に、ゼノンは自分の耳をトントンと叩く。耳元でピアスがシャラリと鳴った気がした。

 もう大丈夫だと気を抜いていたから、言い当てられたのではないか、と恐怖で汗が噴き出る。ゼノンだけにはバレてはいけないのだ。


 ゼノンと彼女は仲が悪かった。相性が悪いというべきかもしれない。彼女の方はそう見えなかったけれど、ゼノンは彼女を酷く苦手としていた。彼女の名前を聞くと、いつもはにこやかで優しい表情のゼノンが、顔を顰め、苦い顔をするのだ。


「たまには、と思って」


バレない事を願いながら、当たり障りのない返答をする。その言葉にゼノンは、ふーん、と笑って深く尋ねることはなかった。だから、その事に安堵していたニコスは気が付かなかった。ゼノンがピアスを鋭い目で見ていた事を。その視線を受けてピアスがキラリと光った事も。




 その後は時間が来たとかで、ゼノンは行ってしまった。ニコスは、助かった、と溜息をついた。いつもゼノンの前にいると緊張する。ゼノンに対してどういう感情を抱けばいいか分からないのだ。

 もちろん、とても尊敬しているし、大切な兄だ。けれど、昔からゼノンは彼女のことを嫌がっていた。それが、ニコスになんとも飲み下し難い感情を抱かせるのだった。




 ゼノンと彼女は古い知り合いらしい。そもそも、彼女は魔女の長だ。ニコスは彼女を王城で見かけたことはないけれど、ゼノンの幼い頃から王城に出入りして、ゼノンとはよく話をしていたらしい。

 今は亡き王妃はニコスが幼い頃、ゼノンのことを揶揄うように、よく言い負かされていたのよ、と笑って話してくれた。それを聞いたゼノンは否定することなく、けれど年相応に拗ねたような顔をする。ゼノンがそんな反応をするのは決まって彼女の話の時だったからよく覚えている。だから、知人というほど浅い関係でもないのだろう。

 だが、ニコスは2人に、どういう関係なのか、と尋ねたことはない。ゼノンは嫌な顔をするだろうし、彼女は笑うだけで教えてくれないだろう。だから、気になったけれど聞けなかった。それに、本音を話してもらえたところで、ニコスには理解できない言葉が返ってきたと思うから、それできっと良かった。




 ゼノンと別れてから、ニコスは自室へ戻ってきていた。もちろん、人形も一緒だ。

 部屋に入った途端、ピアスは塵になり、いつものあの人形とも呼べないモノへ変化した。


「いやあ、大冒険だったねぇ」


人形はケタケタと楽しそうに笑う。ご満悦らしい。


「そりゃ、良かったな」


ニコスは投げやりにそう言った。ゼノンに会ったことで、気力を使い果たしていた。


「とても助かったよ。主殿は優しいな。ちゃあんと約束を守ってくれてくれるからね」


ふふっ、と笑いながら人形は満足そうだ。

 そんな言葉一つにさえ感情を狂わされる。胸が軋む。だって、彼女が褒める時と同じなのだ。人形の声が、人形の感情が、慈しむようにニコスを包む。


 この人形に縋ってしまえればどれほど良いだろう。彼女が弱いニコスなんて望まないから、強くあろうとしているだけでニコスは弱い。

 たった一つの大切なものが、手からこぼれ落ちてしまったのに、気丈に居られる人間はどれほどいるのだろうか。

 けれど、彼女が望むのは、前を向ける強いニコスだ。だから、その振りだけでもしなければいけない。だというのに、目の前には彼女のようなモノがいる。

 縋り付くことも、囲うことも許されないのに、側にいて魔力で繋がっている。拷問に等しかった。


「…もういいのか?」


感情を噛み殺して聞く。身の内にある醜い本心を絶対に悟られてはいけない。もう一度彼女が居なくなるなんて耐えられない。次はきっと狂気に落ちるだろう。


「そうだね。今日はこれくらいでいいさ。では、私は消えるとするかな」


彼女の別れの態度はいつだってサラリとしている。まるで、心残りなんて微塵も無いみたいに。それが本当に彼女らしくて、怖い。また会える保証なんてないのに、軽い調子で何処かへ行ってしまうことが悔しかった。


 心がざわめく。彼女との別れ際はいつもそうだ。もちろん、焦がれているから離れ難いというのもあるだろう。けれど、それだけではなく、自分がいない間に、何か取り返しのつかないことが起きるような、そんな焦燥感に駆られるのだ。

 けれど、それを言ったところで彼女は、心底おかしい、というように笑うだけだけなので、どうしようもなかった。


「また幾日か後に」


人形の言葉に耳を疑った。

 ニコスは彼女が次を匂わせる発言を聞いたことがない。いつもはニコスが勝手に、また来る、といい置いて去るばかりだったから、大変驚いた。


 彼女は約束事が嫌いであるようだった。叶えられない約束は絶対にしなかったし、何かを持ちかけられても絶対に是とは言わない徹底ぶりだ。

 そんな彼女が次の約束するなんて。

 確かに、人形がニコスに用があるから契約をしているのだから、それは当たり前のことだ。会う必要がないのならばそもそも契約なんてしないだろう。

 けれど、そうはいっても、と思う。こんな簡単に次があるといわれてしまうと、どうして良いかわからない。


 きっと喜ぶべき事なのだろう。

 約束は執着に似ている。誰かの願いが約束に繋がるのだ。だから、彼女が何かを願ったのなら、とても素晴らしいことのはずだ。

 けれど、あのセリフは、この先に何か大きな事件が起きる前触れであるような気がして、不安を掻き立てる材料にしかならなかった。


 ニコスは人形の言葉に返事をすることができなかった。恐怖に似た不安感で固まった体を無理やり動かし、微かに頷くので精一杯だ。

 人形はこちらを気にした様子もなく、あっさりと消えてなくなった。きっと、ニコスの心の内など、お見通しであるだろうに、酷い話だ。


 人形を黙って見送ることしかできなかったニコスは、本当に彼女が帰ってきたようだ、と頭に浮かんだ思考を追い出すように深く息を吐いたのだった。











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