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こうして終わりを告げたのは…?











 多くの目が一点を見つめていた。

 これから処刑が始まる。魔女であるからという理由で。











 朝日がじんわりと広場を照らしていた。

 本当なら忙しい時間のはずだ。だけれど、王都の大半の人々はここに集まっている。

 理由は様々だろうが、誰もが魔女の最期を見届けたい、そう思っていた。






 魔女が磔にされている広場では様々な感情が渦巻いている。だけれど、きっと処刑を見世物として楽しみにする者より、この処遇に怒りを覚え、悲しみに暮れている者の方が多かっただろう。






 この国で魔女は尊ぶべき存在である。特にイアンは、魔女と人を結び付ける存在だ。だから、この愛すべき魔女を殺してしまうことに反対する声が多くあった。けれども、王はこの処刑を強行したのだ。




 人々はもうずっと王への不信感を募らせている。




 王は、数年前から魔女を冷遇しはじめた。それは、あるまじき行為だ。人として、という意味ではない。この国で、魔女はもっと大きな意味を持つ。






 魔女が尊ばれる理由はいくつかあるが、最たるは魔の力を持つことだ。けれども、殆どの魔女は魔の力を持たない。




 基本的に人々が呼ぶ魔女とは、人並外れた薬草の知識を持つ薬師のことだ。だから、人々は尊敬を込めて魔女と呼ぶ。

 だけれど、国が呼ぶ魔女とは、薬師のことではない。魔の力を強く持つ者のことだった。禍々しい名のこの力は、一国を滅ぼすことができる、といわれる代物だ。それをこの国は恐れ、畏怖を込めて魔女と呼ぶ。




 この二つは、区別されるモノではない。どちらも一人の長の下に集う。それは、どちらも化け物のような目で見られ、迫害された歴史を持つが故だ。

 だから、全ての魔女は、長である大魔女様に庇護される。そうでなければ、生きられない時代が確かにあった。




 つまり、魔女は、民からも、国からも、大事にされる存在だ。特にこの国では、魔女の長が相談役を務める契約がなされている。

 魔女は良き隣人のはずだった。




 そうであるのに、魔女を嫌う王に、民衆は恐怖していた。

 理由がわからない嫌悪が、いつか自分達に向けられるのではないかと危惧したのだ。けれども、それだけではない。共に生きるこの優しき隣人が排除されることを憂慮したのだった。






 それが、今、為されようとしている。






 この国に不穏な空気が流れるのも時間の問題だった。











 王が民衆の前に姿をあらわす。その瞬間、騒めきが大きくなった。これから行われることに対する嘆きや悲しみ、不安や期待が高まるのが感じられる。


「これより、魔女イアンの処刑を行う」


王はピクリとも表情を動かさず、高らかに宣言する。それは、苛立ちを必死で押し込めているように見えた。


「これはこれは、我が君。わざわざおいで下さるとは思わなかったよ」


今まで死んだように動かなかった魔女が顔を上げ、いかにも面白そうに声を上げる。青白い顔が笑むように歪む様があまりにも不気味だった。群衆は魔女の異常さを直に感じて、息を飲む。




 それは、皆が知る魔女イアンではなかった。彼女は凛としていて清廉な雰囲気の持ち主だ。こんな狂気的な表情なんて誰も見たことがない。


ーーーあぁ、彼女は狂ってしまったのだ


きっと誰もがそう思った。

 だけれども、魔女は以前のように朗々と声を響かせる。その姿は、普段の彼女と変わりはないように見えた。それが、尚更この魔女の異常さを表している。


「しかし、本当にこんなことをして意味があると思っているのかね、我が君は。魔女は私しかいないのだから、飼い殺しにする方が良かっただろうに。これでは、愚王だと宣言しているようなものじゃないかい」 


馬鹿にしているようなイアンの言葉に王は目を釣り上げ怒り狂った。けれども、王が声を上げる前に魔女はもう一度、澄んだ声で、話す。


「そう。“魔女は私しかいない”」


その言葉は広場全体を包むように響く。頭の中でその声がリフレインして、浸透する。それは、この場にいる全員に、背筋を凍らせる何かを伝えた。もしかしたら、風が運んだ冷気がそう感じさせたのかもしれない。だけれどその時、魔女は確かに彼女しかいないのだと、王が、兵士が、人々が、そう認識した。




 王にとって、イアンが言葉を遮ることは屈辱以外の何物でもない。一瞬気を取られて、その声に聞き入ったことも腹立たしくてたまらなかった。

 王は憤死しそうなほど顔を真っ赤にして兵士に命令する。


「黙れ!黙れ黙れ黙れぇ!!人を誑かす卑しい魔女が!お前達、早く火と油の準備をするのだっ!」


段取りは無茶苦茶だ。だけれど、王の命令には逆らえない。兵士は大慌てで準備に取り掛かる。

 群衆はあっけに取られて、固唾を飲んで見守るばかりだ。だからだろうか、処刑につきものの熱狂や野次はかけらも見受けられなかった。




 静まりかえった広場に、ただ、ただ、兵士が歩き回る音と彼女の声だけが響く。その声は凍えるような声だった。痛い痛い声だった。


「まぁ、いい。…後悔するぞ!殺してやる…殺してやる殺してやる殺してやる!!!アハ、私と共に地獄に落ちるのだ。舞い戻ってきて必ずこの手で殺してやる。せいぜいそれまで怯えて暮らせ!アハハハハハ」


 狂ったような嗤い声を恐れるように兵が火を放った。その瞬間、広がった火がイアンの体を包む。だが、声はやまない。激烈な嗤い声が響き続ける。それは、火が消えるまで絶えなかった。




 体に火がついて嗤っていられるもんか、そう処刑の場にいなかった者は言ったけれど、紛れもなくあれは彼女の声だった。




 火が消え、黒く焼け爛れた死体になってもなお彼女には笑みが浮かんでいる、ようにみえた。




 そこに、一体どんな願いが込められていたのだろうか。











幸か不幸か、火に包まれた瞬間流れたイアンの涙を見たものは誰もいなかった。











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