表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃品回収 其の弐 性差別編  作者: 掛世楽世楽
1/2

出会い

 ちょいと、失礼を致します。

 これ、ヨーコ。

 私はこちらの方と、お話をしなくちゃいけない。だからね、ちょっとばかし、遊んでおいで。いつもの駄菓子屋がいいだろう。うん、そうだね。終わったら迎えに行くから、お前も気をつけて行っておいで。



 はい? これは恐れ入ります。

 わたくしが言うのもなんでございますが、可愛い子でして。はい。


 いいえ、違います。血のつながりはないのでございます。

 はい、縁あって面倒を見ております。


 いいえ、滅相もない。優しさとか、思いやりという言葉を頂戴するのは、何やら申し訳ない気持ちがいたします。そういうことには、とんと縁のない身でございまして。


 それに、面倒を見ていると言えば聞こえはよろしゅうございますが、実のところ、私の方があの子に慰められているのでございます。

 いやもう、とんでもございません。謙遜でもなんでもなく、本当に、そうなのでございます。はい。



 私のことなどお気になさらず、貴方様のことをお聞かせくださいまし。

 そう言われても、このような年寄りが相手では、なかなか話す気にもなれませんでしょうなあ。ええ、分かります。そうでしょうとも。


 ハハハ・・・。



 あ、お気を使わず、楽になさってくださいまし。

 貴方様あなたさまはお若いのです。

 私が逆の立場でも、きっと同じでございます。年寄りが相手では、なかなかねえ。若い方と話す方が、ずっと話もはずむというもので。はい。それはもう、間違いございません。



 時に、ここへいらしたのは、何か理由でも?

 ははあ、なんとなく、でございますか。

 そうでしょう。そうでございましょうとも。

 ええ、分かります。

 はい、私、そういう御方をずいぶんと大勢、存じ上げております。仕事の途中にお会いするので。これも年の功でございましょうか。


 どれくらい、と言われましても・・・そうですなあ、数えきれないくらい、でございますね。それほど大勢でございます。


 いつからか、と申されましても・・・そうですなあ、もうすっかり忘れてしまって、覚えていないくらいの大昔、でございますね。


 ハハハ・・・。



 いいえ、滅相もない。からかうなど、とんでもないことでございます。


 この年になりますと、昔のことは良いことも悪いことも、全部ぜんぶ(じっ)()一絡(ひとから)げ、忘却の彼方にございます。寂しい気持ちもいたしますが、それで救われている、という面もあるのでしょうなあ。



 はい?

 後ろのこれ、でございますか。これはリヤカーと言うもので。


 御存じない、とおっしゃる。

 ははあ、なるほど。

 言われてみれば、もっともでございますね。

 昔は珍しくもなかったのですが、最近はリヤカーなんて、とんと見かけなくなりましたなあ。貴方様のようなお若い方には、縁がないのでございましょうね。

 自分の常識が世の非常識、何やら、寂しい心持ちがいたします。


 私、回収業を営んでおりまして、これは商売道具なのでございます。半纏はんてん股引(ももひき)は仕事着でございます。

 毎日これを引いて、あちらこちらへ出向いては、いろいろなものを回収させていただいております。全国行脚をいたしますので。


 ハハハ・・・。



 いえいえ、冗談ではございません。


 今こうして貴方様とお会いしているように、回収の途中で様々な人にお会いします。

 袖触れ合うも他生の縁と申しますように、道端で話を聞かせていただいたり、道に迷った方をご案内したり。そうして、たまに他人(ひと)(さま)のお役に立てたと思うことが、あるのでございます。そんな時は、何かこう、救われた気持ちがいたしますねえ。


 なんですか、道案内は、スマフォで足りるのではないか、と。

 はい、貴方様のおっしゃるとおりでございます。

 ですが、お尋ねになる方は、年齢性別に関係なく、意外に多いんでございます。ここは何処だ、何処へ行けばいいんだ、とおっしゃる方。


 ははあ、お笑いになる。そうでしょうなあ。そうでございましょうとも。

 もちろん、道案内の間に、回収すべきは回収をいたします。はい。



 リヤカーに積んだ箱の中身、でございますか。

 それはもう、あらゆるモノがございまして。一見するとゴミに見えるかもしれませんが、そうではございません。

 これでも私は目利きでして、拾うべきものが分かります。何でも拾うわけではございません。それから、拾うにも優先順位があるのです。

 こういう稼業の者にしか分からないのです。はい、そういうものでございます。



 これは失礼。

 お若い方には、面白くもない話でございました。年寄りは話が長くっていけませんね。

 退屈でございましょうか?


 ・・・左様でございますか。

 それを聞いて、安心いたしました。貴方様は、本当にお優しい方ですね。



 どこかで会ったことがあるか、と?

 はい。以前、お会いしました。

 いいえ、構いませんのでございます。それで結構なのでございます。私のことは、忘れていただくのが一番なので。はい。


 忘れた方が良い理由、でございますか? 

 改まって聞かれるほど、さしたる訳はないのでございます。

 むさくるしい年寄りのことなど、記憶の片隅にも置かない方がよろしゅうございます。はい、はい。本人が言うのですから、間違いございません。

 私のような者は、気づかれることなく、ひっそりと擦れ違うだけ。それが一番なのです。



 ところで、無理は重々承知の上でございますが、ひとつ、私からお願いがございます。


 はい。貴方様へのお願いに相成ります。

 お急ぎでなければ、ここはひとつ、年寄りの顔を立てると思ってお聞きくださいまし。

 とりあえず、聞いていただけましょうか?


 よろしいので?

 これはどうも、ありがとうございます。お忙しいでしょうに、私のような者の話を聞いて下さるとは、誠にもって、ご奇特な方でございますね。


 察しのよろしいことで。

 まさに先ほど申し上げた、道案内のことでございます。これからお話するのも、そのたぐいの事柄でして。しばし、お付き合いくださいまし。

 では・・・。




 昨年のことでございます。


 この街に来たのは、ちょうど一年振り。私は隣を歩くヨーコと一緒に、見るともなく街並みを眺めておりました。

 道すがらにいろいろと回収を致しまして、その合い間合い間に、景色を楽しむのでございます。今時分は桜もちらほらと咲いております。散歩には、そのう、実に良い季節でした。


 あっちへふらふら、こっちへふらふらとしておりますうちに、いつの間にか葬儀場の近くを歩いておりました。

 最近は、高齢化が進んだとかで、結婚式よりも葬式の方がずっと多いんだそうですね。私のようなジジイが言うのもなんですが、悲しいような寂しいような、ちょっとやるせない気分になりますでございます。


 その葬儀場は、かなり大きなものでございました。

 私たちが通りかかった時には、二つの葬儀が同時に執り行われているらしく、かなりの人が出入りしておりましたねえ。

 皆さん一様に黒い服を着て、少しばかり俯いて、厳粛と言っていいような面持ちで歩いていらっしゃいます。誰も彼も、故人を偲び、逝去を(はかな)むのでございます。はい。それが葬儀というものの約束事でございます。


 貴方様にも、そういう経験がおありで・・・。

 はあ、そうでございますか。それは、大変辛かったことでございましょうね。ええ、分かります。友人や家族を亡くすのは、本当に悲しいことですから。


 ところが、その葬儀は少しばかり違っておりました。

 なにがと言いまして、それを具体的に申し述べるのは(むずか)しゅうございます。えて言うなら、全体に浮足立っている、とでも申しましょうか。そこはかとなく、華やいだ気配さえ感じられたのでございます。

 誤解を恐れずに言わせていただけるなら、寿(ことほ)ぎの場に近いような、そういう雰囲気でございました。



 いえいえ、大袈裟ではございません。いたずらに罰当たりな想像をしたのではないと、誓って申し上げましょう。

 私、こう見えて大変に信心深いのでございます。はい。


 ではなぜ、そう思ったのか、とおっしゃる。

 そうですねえ。確かに、貴方様の疑念はごもっとも。

 しかしながら、私には聞こえたのでございますよ。

 彼らの声が。





ほんっとに、バカだったね。

正真正銘のクズよ。

朝令暮改は当たり前だし。

三分前のことも覚えていない。

上に弱く、下に強いという。

ハラスメントの権化。

職場の士気を下げるし。

生産性を下げるし。

口を開けば暴言ばかり。

死んでくれてよかった。

俺が殺したかった。

しーっ。他に聞こえるよ。

いいじゃない。本当のことよ。

そうだな。

めでたし、めでたし。



 皆様、押しなべて、驚くほどに冷淡でございました。

 ええ、会社には、そのように言われる人がいるものです。

 会社に限りませんね。貴方様のおっしゃるとおりでございます。多くの人から嫌われる、疎まれる人というのは、どこにでもいる。それは確かでございますね。それを本人だけが知らないという。


 他にも、こんな声が聞こえておりました。




もっと早く死ねば良かったのに。

しっ。故人を悪く言うものじゃない。

だって父さん。

そんなに嫌いだったのか。

浮気に暴力。子供にまで手を出すケダモノ。

なんてことだ。なぜ黙っていた?

外で言えば殺すって。

ひどいな。

給料も、全部自分のお小遣い。

呆れてものが言えん。

でしょう。

しかし、これで自由じゃないか。

まあね。保険金だけが救い。

もうやめなさい。

殺してくれた人に感謝しなくちゃ。

おい。

いいわよ。本当のことだもの。




 はい、ご推察のとおり、故人の男性は殺されたのです。

 同僚、知人、家族、一人として彼を(いた)む者はおりませなんだ。不憫と言えば不憫でございます。しかし、そういう人生だったのでしょうなあ。


 ひどい、と思われますか。

 なるほど。貴方様のお気持ち、承りました。

 この後、私の話をお聞きになっても、そのお気持ちに変わりがないかどうか、改めて伺うことにいたしましょう。

 いえ、こちらの話でございます。お気になさらず。



 実は私、貴方様にお会いするのは、これで三度目に相成ります。


 覚えていらっしゃらない?

 そうでしょうとも。ええ、それで良いのです。

 ま、ま、そう慌てずに話をお聞きなさいまし。



 最初にお会いしたのは、もう二年前になりましょうか。

 夏の盛りであったと、そのように記憶しております。はい。

 夜が明けて間もない早朝でした。貴方様は地味な紺色のワンピースを着て、公園のベンチに腰掛けていらっしゃいました。

 街中でしたが、まだ人通りもありません。蝉の声も聞こえませなんだ。


 払暁の明るみが徐々に公園の木々を彩る様は、大変に美しいものでございます。そう、心が洗われるような景色、とでも言いましょうか。

 私はリヤカーを引いて、ベンチの前を通り過ぎようといたしました。

 その時です。コトリ、と何かの落ちる音が。



「あ・・・」


 背後で声が聞こえます。

 私は嫌な予感がいたしました。



「あの、もし」


 いけない。

 少しばかり足を速め、その場から遠ざかろうとしたのでございます。



「何か落としましたよ」


 呼びかけられて、私は目をつぶり、足を止めました。

 振り向くと、貴方様が古ぼけたラジオを手にして、微笑んでいらっしゃいました。

 そうそう見かけないほど端整な面差しが、どことなく悲し気に見えましたねえ。大変に色が白くて、というより青白いように思われました。年のころは、二十代前半とお見受けいたしました。



「・・・これは、どうも」


 私は深々と腰を折り、拾って頂いたものを受け取りました。

 その後を、どう切り出したものかと考えておりますと、貴方様はリヤカーの荷台を、見るともなくご覧になっていらっしゃいました。荷台には、二つの箱が積んであります。一つは再生用。もう一つは再利用。


 はい? 箱の意味合い、でございますか? 

 ええ、一応の違いがございます。回収したものが、そのまま再利用できると判断すれば、再利用の箱へ入れます。回収したものの、再利用が難しいと判断すれば、再生用の箱へ入れます。粉々にするか、ドロドロに溶かして、別の用途向けに再生するのでございます。


 はい、ご指摘のとおり、たまにはゴミが混じることもございます。そういう時は、焼却処分でございますね。

 その日は、どちらの箱も一杯でした。それで、運悪く積み荷が落ちてしまった、という次第でございました。


 貴方様は、遠慮がちにお尋ねになりました。



「あのう、これは資源ゴミですか?」


「いえ・・・あ、はい。そう言っても間違いではございません」


 それらは、ゴミに見えたかもしれません。

 しかし、私にとりましては、大切な品々でございました。普通は他人(ひと)(さま)に拾われることなどありませんし、拾われては困るのです。


 そこで貴方様は、ようやく私の身なりに気がつかれました。

 半纏(はんてん)股引(ももひき)でリヤカーを引く私の風体が、貴方様には珍しかったのでしょう。人懐こい笑みを浮かべて、「古風ですね。とてもお洒落だわ」とおっしゃいました。

 それはもう、可愛らしい笑顔でございました。



 恥ずかしい?

 それはまた、なぜでしょうな?


 起きがけの顔を見られたのだろう、と。

 はあ、しかもブスだから、と。


 これはまた、随分なご謙遜を。貴方様がブサイクなら、世の中ブサイクだらけになってしまいます。

 いいえ、長く世の中を見てきた年寄りの眼は、それなりに確かでございますよ。ご安心なさいまし。


 それはそうと、できれば落としたものなど気になさらず、無視していただきたかった。それに越したことはないのです。

 お若い方が、私のような者に関わってはいけません。それだけは、いけないのでございます。

 ですが、こうなってしまっては、知らぬふりもできません。

 ここで私の腹も決まりました。



「あのう、御礼をさせていただきたい、と思うのですが」


 とんでもない、と貴方様はおっしゃいました。落ちた物を拾っただけです、と。

 ええ、そうでございましょうねえ。貴方様なら、そうでございましょうとも。慎み深く、お優しい方でいらっしゃる。



「無理にとは申しません。また会う機会がございましたら、その時にでも、御礼をさせていただければと思います。では、ごきげんよう」


 曖昧(あいまい)に頷く貴方様に背を向けて、私は先を急ぎました。

 次に会う機会が来ませんようにと、それだけを祈りながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ