番外編【雨宮クロナ外伝】その④
傘を忘れた鴉
「私は、城之内家に仕えています、西原と申します」
タキシードを身にまとった初老の男は、アクアと黒真に傘を差し出した。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「いいですよ。もう濡れていますし・・・」
アクアは断ったが、西原と言う執事は、差し出した手を引っ込めることはしなかった。
「いえ、人を助けてこそ城之内家の人間です。貴方様方の、雨に濡れている姿は、いたたまれないので・・・」
二人は目を合わせたあと、傘を受け取った。
「ありがとうございます」
「返却は不要です」
西原は深々とお辞儀をすると、路肩に停めてあったリムジンに向かって歩き出した。
「あら、リムジン」
「金持ちでしょうね・・・」
黒塗りのリムジンの窓から、オレンジの温かい光が漏れていた。
西原が運転席を開けた瞬間、「西原さんおそーい!」「そうよー、おそーい!!」と、小さな女の子の声が聞こえた。
二人分。
「双子かしらね」
「そうでしょうね」
クロナと同じくらいの歳だろうか。
「あのような高級車に乗れるなんて、羨ましい限りです」
「あら、あなたもそういうのに乗りたいの?」
「いえ、お金持ちの証拠だということです。オレもいつかは、妹に何不自由無く養ってやりたいと思っているので・・・」
「そう・・・」
そのためには、もっとUMAを倒さなければならない。
二人は、学校に戻った。
そして、UMAの討伐報告を終わらせ、その日は解散となった。
「じゃあ、黒真くん、さよなら」
「はい、さよなら」
黒真はアクアに手を振り、学校を後にした。
時刻は6時半。
弾丸のような雨が降り注ぎ、黒いアスファルトの上で跳ねた。西原という執事から受け取った傘を差しているものの、意味が無いと言っていいくらい身体は濡れている。
「今日は、早く帰れそうだな・・・」
帰ったら、クロナにカレーを作ってあげよう。そう思い、黒真は、冷蔵庫の中の食材のストックを思い出した。
「多分、作れるよな・・・」
その時、黒真の視界が歪んだ。
「う・・・」
思わず右側のブロック塀にもたれ掛かる。
黒真は、任務以外でも大量のUMAを狩っていた。平泉を通せば、事後報告でも支給金は貰えるからだ。
アクアには言っていなかった。「無理をするな」と言われるのは目に見えていた。
今無理をしなくて、いつすると言うのか。
クロナは今多感な時期にある。精神的にも、金銭的にも不安にさせる訳にはいかない。
自分が、クロナを養い、支えるのだ。自分が、母と父の代わりとなるのだ。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
薄暗闇に、女性の悲鳴が響き渡った。
「っ!!」
黒真はその悲鳴に弾かれたように走り出した。
すぐ近くだ。
人気のない路地裏に入り、田畑が密集する道を駆ける。靴は泥水を吸い込んで重くなり、身体全体にだるさが残った。
それでも、構わない。
「この気配・・・、UMAか!」
黒真はある神社に辿り着いていた。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
再び、女性の悲鳴。
この神社の奥の、雑木林からだ。
「くっ!!」
舗装されていない神社の敷地に入り、水溜まりを弾いて林の中に踏み入る。
その時、黒真の視界に黒い塊が飛び込んできた。
「え!?」
反射的に防御する黒真。
黒真の体に、血まみれの女性の身体が激突する。
「うっ!!」
まず助からないだろう。身体中の骨が砕け、腹が裂けて内蔵が顔を出している。
「くそっ!」
黒真は女性に「すみません」と唱え、死体を振り払った。
そして、勢いそのままに林の中に潜む化け物に接近し、刀を振る。
「名刀・黒鴉!」
ギン!!!!
高速の居合を放ったつもりだったが、手の中に硬い感触が残った。
そして、弾き返される。
「うっ!!」
体の力が抜け、受身を取れず泥の地面に身体を打ち付けた。
殺気。
黒真は直ぐに手を突いてその場から離れた。
ドン!!
黒真が倒れ込んだ場所に、白い尾が叩きつけられる。
「こいつはっ!?」
そこには神社ならではの光景が広がっていた。相対するは、白銀の鱗を薄闇に輝かせ、金色の瞳で敵を見定める。ぱっくりと裂けた口からは、胃酸と唾液が混じりあった異臭が放たれ、二本の牙と細い舌が顔を覗かせた。
巨大な、白い蛇。
「白陀・・・、巨大化系のUMAか!!」
黒真は一度後退して、クスノキの枝の上に着地した。
全身が粟立った。
「オレに、やれるのか・・・!?」
初めて見るUMAだ。能力も、未知数。
だが、初発見のUMAを倒せば、特別支給金が出ると聞いたことがある。
(やるしかないか・・・!!)
黒真は腰の黒い柄を持つ刀に手をかけた。
白陀VS黒真。
最後の夜が始まる。
その⑤に続く
その⑤に続く。




