番外編【雨宮クロナ外伝】その③
曇天の下で
鴉は羽を休める
晴天の上で
鴉は君を導く
「ねぇ、ママとパパはいつ帰ってくるの?」
妹にそう聞かれる度、黒真は胸の辺りが締め付けられるような苦しみに襲われた。
まだ、命の喪失を知らない少女だ。いや、自分が両親の消失を認めたくないだけかもしれない。
いずれにせよ、妹のクロナには、「ママとパパは死んでしまったんだ」とは言えなかった。
「遠いところに行っているんだよ」そう言うことにすら、罪悪感を感じた。
黒真は森の中を駆けていた。
夕暮れで視界は悪い。だが、どういう訳か、立ち塞がる木々や、足に絡みつく植物を躱すことができた。
(これじゃ、まるで梟だな・・・)
そんなことを思いながら、木の枝に足をかけ、跳躍した。
目の前に、巨大な鳥が現れる。
黒真は腰に差した刀を抜くと、目にも止まらぬ速さで一閃した。
巨鳥の右翼が裂け、血が吹き出した。
飛べなくなった巨鳥が地面に落下する。
「アクアさんっ!」
「了解!!」
地面で待ち構えているのはアクア。
当時17歳のアクアは、能力を発動させる。
【水】を自在に操る能力だ。
落下してきた鳥に目掛けて、手のひらから発生させた水の塊を直撃させる。
「アクア・ジェット!!」
ボンッッ!!
腹に水の攻撃を受けた巨鳥は「キイイイッ!」と悲鳴を上げ、吹き飛ぶ。
「よしっ!」
その間隙を縫って黒真が距離を詰めた。
「終わりだ!!」
ザンッ!!
刀は、黒い斬撃を描いて、巨鳥の首に赤い線を走らせた。
数秒遅れて、鳥の頭が地面に落ちる。
首から下の胴体はしばらく羽をばたつかせて暴れたか、やがて動かなくなった。
「よし、やったそ・・・」
黒真は刀の刃に付いた血を払い、鞘に収めた。
「お疲れさま」
アクアが黒真の肩を叩く。
「はい、アクアさんの援護があってのことですよ」
「いやいや、黒真くんの居合が無いと、あの鳥の首は落とせなかったわ・・・」
その時、黒真の頬に冷たい水滴が落ちた。
「雨だ・・・」
いつの間にか暗雲が空を覆いつくし、大気の冷たさと埃を吸収した鈍重な雨が二人に打ち付けた。
「早く帰りましょう。光と風鬼様が待っているわ・・・あと味斗も」
アクアは制服に付着した水滴を払い除けた。
短いスカートから伸びるアクアの美脚に、傷がついている。
黒真はそれを見る度に、「もう少し実働的な服装はないのか?」と疑問を思うが、自分も学ランのまま戦っているので、人のことは言えなかった。あと、下着が時々見えてしまう。
SANAの方で、「戦闘服」というものが開発されたとの噂を聞いた。特殊素材で、並の攻撃は受け付けない仕様になっているという。
(そうしたら、怪我をしなくても済むのか?)
黒真は裂けた学ランの肩を抑えた。少し血が滲んでいる。
「早く帰るわよー」
アクアは既に歩き始めていた。
「いや、平泉さんも待っているでしよ」
黒真は忘れられている平泉のことをおいたわしく思いながら、アクアの背中を追った。
黒真は、最近この班に配属された。
言うところによると、この班は、「世界を救った子供」と呼ばれているらしい。そして、言うところによると、「世界を崩壊させた子供」とも。
一度だけ、班長に「何があったんですか?」と聞いたことがあったが、上手くはぐらかされた。
別に、秘密にしていることを掘り返すつもりはなかった。少し気になるだけだ。
UMAが増えたことで、UMAハンターとしての仕事も増えた。国から支給金だって貰える。上手くやれば、妹のクロナを十分に養える金だ。
「あの、アクアさん・・・」
黒真は、アクアの隣を歩いた。
雨は一瞬にして激しさを増し、道路の上に黒い水溜まりを作った。その上を、運動靴で踏みしめる。
黒真は息を吸い込んだ。
どうして、アクアさん達が「世界を崩壊させた子供」と呼ばれているんですか?
そう言おうとして、やはり躊躇いが出た。
「アクアさんって、どうして日本にやってきたんですか?」
アクアは純血の外国人だ。その白い肌に銀色の髪の毛は、一緒にいても周りから浮くものがある。
「そうねぇ・・・」
アクアは頬を赤らめた。
「これ、誰にも言わないでよ」
「言いませんよ」
そもそも聞くつもりもなかった。
「好きな人がいたのよ」
「へえ・・・」
「昔ね、アメリカにいる時に、助けて貰ったの。命の恩人よ。彼を追って、日本に来たんだけど・・・、彼にも【相棒】みたいな人がいたからね」
黒真の脳裏に、ある男の姿が浮かんだ。
「ああ、風鬼さんと光さんですか・・・」
「え、なんでわかったの?」
「いや、態度で分かりますよ・・・」
アクアが風鬼(副班長)のことを「風鬼様」と呼ぶ時点で何となく気づいていた。あと、副班長を相手にしている時のアクアは、なんか、乙女の顔をしている。
雨は強まっていく。
学校まで、まだ距離があった。
「走りますか?」
「もういいでしょ。ずぶ揺れだし・・・」
黒真の学ランも、アクアの制服も、雨水を吸ってずっしりと重くなっていた。体に張り付いて、体温を奪っていく。
アクアと黒真は諦めて歩くことにした。
「あの・・・、そこのお二人・・・」
二人の背中に声が掛けられる。
振り向くと、タキシードを身にまとった、初老の男が立っていた。
男は、アクアと黒真に二本の傘を差し出す。
「私は、城之内家に使えている、【西原】と申します」
その④に続く
その④に続く




