第33話 恐れる者 その①
指で抉り出す
鴉の翼
1
一時間もすれば、日は地平線の向こうへと消えてしまい、悪意のこもった夜が舞い降りた。
「クロナさん・・・、本当に、今夜はここで寝るんですか?」
「寝るわよ」
クロナは薪の火を弱めた。明るすぎては、白陀に気づかれる恐れがあるからだ。
「それより、あの赤スーツの馬鹿は?」
先程から、鉄平の姿が見当たらない。勝手に出ていき、勝手に死ぬのは構わないが、白陀を連れてこられては困る。
「ああ、食べ物を探しに行きました」
アクアから食料を支給されていたクロナと架陰に対して、鉄平は鉄棍片手にこの山に乗り込んでいる。
一応、架陰が、「分けてあげるよ」と言ったものの、「いや、架陰に迷惑かける訳にはいかねぇ!」と言って出ていってしまった。
大分時間が経っている。
架陰がいよいよ心配し始めた、丁度そのタイミングで、鉄平が戻ってきた。
「よお、姉さん。薪の火を強めてくれ!」
鉄平は、両手いっぱいの蜥蜴を抱えていた。
「あんた、リザードマンを倒した後に、よく食べれるわね・・・」
「いや、倒したからこそ、食べたくなったんだよ」
鉄平はざっと数えて、十五匹の蜥蜴を一匹一匹絞め殺し、落ちていた木の枝を使って串刺しにした。
そして、クロナが強めた火に掛ける。
架陰のお腹がぐーっと鳴った。
「あ、意外に香ばしい匂い・・・」
「だろ? 野生のもんは美味しく頂くって、昔から覚えているんだよ!」
焼けた蜥蜴を、架陰に渡す。
「ほら、食べてみろよ」
「ありがとう!」
「姉さんは?」
「いらないわ」
クロナは首を横に振った。さすがに、蜥蜴は食べたくなかった。代わりに、ナップサックの中に入っていた固形食料を齧る。
架陰は「おいしい!」と言いながら、蜥蜴の丸焼きにがっついていた。
「なんか、鳥肉みたい! 手羽だ!!」
「だろー!」
空腹を凌いだ三人は、薪を囲むように座り、これからの行動について話し合った。
「で、どうするんだ? 姉さん?」
鉄平の声は挑戦的だった。先程クロナに言われた、「三席の私が指揮をとる」という言葉にずっと引っかかっているのだ。
クロナはコホンと、咳払いをした。
「日が昇ると同時に、ここを動き出すわ。そして、響也さんと、カレンさんを探しに行く。四人合流した時点で、あの白陀を倒しに行くわ・・・!」
「分かりました」
「おいおい、いいのかよ。本当に・・」
いちいち揚げ足を取ってくる鉄平を、クロナはひと睨みした。
「いいのよ、別に私わ。あんたが夜に出ていって白陀に食われようが潰されようが。私と架陰は、この中に隠れて一夜を明かすつもりだから
ら」
「いや、そこじゃねぇ・・・」
「じゃあ、どこよ」
まさか、架陰と眠ることが恥ずかしなどとは言うまい。
鉄平は、真剣な顔をクロナに向けた。
「本当に、架陰と寝てもいいのか?」
「あんたは修学旅行生か?」
小学生のようなことを言う鉄平に、クロナは呆れた。
その時だ。
ズシン・・・。
ズシン・・・。
ズシン・・・。
と、遠くから地響きのようなものが聞こえることに気がついた。
「これは・・・?」
「白陀の移動する音ね」
白陀は、普通の蛇と同様に、身体を上下に波打たせて移動する。その時に腹が地面に叩きつけられ、このような音が発生するのだ。
「じゃあ、近くにいるってことですか?」
「そういうこと」
クロナがあっさりと頷くと、鉄平が鉄棍を持って立ち上がった。
「なら、さっさと倒そう!」
「あんた、馬鹿なの?」
口が酸っぱくなる程説明したはずだ。白陀の強さは今までの比にならないと。そして、この三人では勝てないと。
「白陀には、誰も勝てない。もしかしたら、五人で束になってかかったとしても・・・」
「そうなんですか・・・」
白陀には、勝てない。
さっきからずっとそんなことを言うクロナに、架陰は疑問が隠しきれなかった。
「クロナさん・・・」恐る恐る尋ねる。「どうして、そんなこと言えるんですか?」
「どうしてって・・・」
クロナは答えに詰まった。
「そりゃあ、一度遭遇しているから・・・」
「でも、戦っていないんですよね?」
架陰は、意外に切れ者だった。
「もしかして、誰かが、犠牲になったんですか?」
その瞬間、狭い洞窟の中でクロナが架陰に飛びかかり、堅い岩の上に押し倒していた。
架陰の腰の刀を一瞬で抜き去り、架陰の首筋に当てる。
「二度と言うなっ!!」
クロナの変貌、いや、動揺は異様だった。
「おい、姉さん!?」
「あなたは黙ってなさい!」
怒り狂ったクロナは、架陰の首を切り落とす勢いだった。
「二度と言うなっ!! 前に言ったでしょうが!! UMAハンターになる人に、まともな人間は居ないと!! 誰だって、探られたくない過去はあるのよ!!」
その②に続く
その②に続く




