第32話 白陀の鱗 その③
夜に呼吸をして
冷たい地面を踏みしめる
夜に目を開き
冷たい風が頬を撫でる
4
「とにかく、逃げるわよ!!」
クロナは背中に走る激痛に耐えながら走った。
クロナのあまりにも必死な形相に、架陰も鉄平も「NO」とは言えなかった。
とりあえず、襲ってきたリザードマンを一呑みし、三人を標的とした白陀から距離をとる。
「架陰!!」
「分かりました・・・」
架陰は静かに頷くと、指を噛み切り、出血する。
「魔影、発動!!」
架陰の血液を触媒として、架陰の体表から黒いオーラオーラが染み出した。
「さあ、皆さん掴まって!!」
クロナを右腕、鉄平を左腕で抱える。
「あんた、胸触らないでよ!」
「分かってますとも!」
まあ、胸は無いが。
魔影が架陰の脚に纏わりつき、三本の鉤爪を持った漆黒の脚に変化した。
「弍式・魔影脚!!」
二人を抱えた状態で、力を解放させる。
ドンッッッッ!!!!
架陰の足裏と、地面の間で衝撃波が発生して、三人の身体を上空へ打ち上げる。
「飛んだ!?」鉄平は架陰にしがみついて驚嘆する。「なんで最初からこれをしないんだよ!?」
「疲れるんだよ・・・、これを使うと・・・」
先程のリザードマンとの戦いで、魔影は既に発動させている。体力的に、使うのははばかれたのだ。
だが、クロナが言う以上、使い惜しみは出来なかった。
「一気に逃げましょう!!」
架陰は二人を抱えたまま、崖を登る山羊のように跳躍する。木々の間を抜け、岩を蹴り飛ばした。
暴れる白陀の破壊音が小さくなった。
「よし、距離は取ったぞ!」
上手く撒いたことを確認すると、架陰は力を抜き、地面に降り立つ。
逃げるのに夢中で、空間色覚はできていなかった。ここが、山の中のどの位置にいるのか分からぬまま、三人は一息をついた。
「どうせなら、響也さんとカレンさんの所に行けば良かったのに」
「すみません。とにかく逃げるのに必死だったので」
架陰は三人が入れそうな洞窟を見つけ出した。
「ここに入りましょう!」
コウモリがいるのではないかと警戒したが、コウモリもネズミも、蜘蛛もいない空間だった。
安心した三人は、早速洞窟内に身を寄せた。
「さて、説明してもらいましょうか。姉さん・・・」
鉄平は指をバキリと鳴らして、先程逃亡の指示を出したクロナを見つめた。
クロナは「少し待ちなさい」と言って、手頃な木の枝と落ち葉、ライターを使って火をつける。
サバイバル術はある程度学んでいる。薪木々から上がった炎は、洞窟内を赤く照らしだした。
三人協力をして、背中に突き刺さった鱗を取り除く。クロナが言っていた通り、鱗には返しが付いており、抜けば激痛が伴った。
鉄平の椿油を分け合って塗り、傷を癒す。
桜餅と違い、椿油は、一日に何度も使用可能らしい。
「あれは、白陀というUMAよ・・・!」
一通りの傷が治ったクロナは、先程遭遇したUMAの名前を告げた。
その名を口にするだけで、身体に悪寒が走り、過去のトラウマを呼び起こす。
「はくだ?」
「ええ、白い蛇と書いて、【白陀】。奴の皮膚、つまり鱗は超硬質で、どんな攻撃も通さない。そして、散弾銃のように拡散することも可能。さっきみたいに、自ら鱗を脱ぎ捨て、攻撃に転じることもできるのよ」
「へえ」
鉄平は椿油の瓶に栓をしながら頷いた。
「随分、詳しいじゃねえか・・・」
「そうね。詳しいわよ」
クロナは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「昔、一度遭遇しているからね」
「遭遇した?」
架陰の眉間にシワが寄った。
「その時に、退治しているんじゃないんですか?」
「私もそう思っていたわ。白陀は、死んだのだと。だけど、白陀と戦ったのは、アクアさんとその班員。どうやら、殺さず捕獲をしてこの山に生け捕りにしていたようね・・・、十年間もも・・・!」
心做しか、クロナの声に怒りが込められていた。
まるで、白陀が死んでいて欲しかったと言っているようだった。
自分が冷静さをかいていることに気づいたクロナは、「ああ、ごめんなさい」と俯いた。
「この話はおしまいよ」
一方的に話を打ち切る。
山全体を、オレンジの太陽の光が照れしていた。もう、日暮れが近いのだ。
「今日は、ここで一泊しましょう。響也さんとカレンさんとの合流はまた明日」
「分かりました・・・」
架陰はそれに従うが、鉄平はやや不満げだ。
「おいおい、ここの三席はこんなにも緩いのかよ」
「どういうことよ?」
「班員が別れてしまうってことは、戦力がダウンすることと同じだぜ。オレなら、一晩かけて合流する!」
そういえば、この男は、椿班を束ねるリーダーなのだ。
クロナは首を横に振った。
「その発言は却下よ。夜は危ない。特に、白陀は夜行性。さっきよりも凶暴化しているわ」
指図をしてくる椿班の人間を睨む。
「これは、桜班の任務。ここでの動きは、三席である私が決める!」
第33話に続く
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