第32話 白陀の鱗 その①
白い手
ぺったん
赤い手
べっとり
引きて進むは黒き道
1
架陰たちが蛇山に入って、四時間が経過した。
蛇山の領域外で待機していたアクアは、キャンピングカーに荷詰めして持ってきたキャンプセットを取り出し、砂利の地面の上に置く。
ミネラルウォーターを注いだ鍋に、ガスコンロで火をつける。
「普通にラーメンね」
水が沸騰し始めると、袋ラーメンの封を切って、鍋の中に入れた。
その時だった。
「やあ、こんにちは」
アクアの背後に誰かが立つ。
「っ!?」
一瞬でアクアの身体が硬直し、冷や汗が頬を伝った。弾かれたように振り向くと、声の主に一礼する。
「こんにちは、」
「どうも」
目の前に音もなく現れたのは、黒いマントを被った、アメリカ人のアクアよりも高身長の細身の男だった。
「今日は、どうされたんですか? 【スフィンクスグリドール】様・・・」
スフィンクスグリドールと呼ばれた男は、片手を挙げて軽い挨拶をする。
「僕が作ったUMAの調子を見に来たんだよ・・・」
「・・・、お言葉ですが、私が依頼したのは、【白陀】だけです」
「まあ、そう言わずに。Aランクを三体も倒せたら、君の班の昇級は確実じゃないか」
黒いマントの男が手を伸ばし、跪くアクアの肩に触れた。
「もし、Aランクに昇級したら、招待してあげるよ。【ハンターフェス】に」
「・・・、光栄です」
アクアの頬を汗が流れ落ち、地面にシミを作って行った。
まるで心臓を掴まれているような圧迫感に、アクアは叫び出したい気持ちに駆られた。
「じゃあ、また今度」
スフィンクスグリドールは、それだけを言うと、踵を返した。
「あ、そうそう」ふと、何かを思い出したように立ち止まる。「山の中から、僕と似た気を感じ取ったんだけど、アクアちゃん、何か知らない?」
アクアの脳裏に、架陰の顔が浮かんだ。
「いえ、知りません」
「ああそう。もしそんな人がいるのなら、真っ先に捕縛して、脳をパイナップル切りにして調べるつもりだけど、いないなら仕方ない」
マントの奥の口元がニヤリと笑った。
「僕の能力を舐めない方がいいよ」
ドンッッッッ!!!
スフィンクスグリドールが地面を蹴った瞬間、爆風が巻き起こった。
地面に半径三メートル程のクレーターが出来、 彼の姿は、何処へと消えていた。
緊張の糸が切れたアクアは、深いため息をついて立ち上がる。
「・・・・・・」
衝撃でひっくり返った鍋を拾い、二袋目のラーメンの封を切った。
「私の食料が一つ減ってしまったわ」
2
「ダメだ」
三回、この山の斜面を登ることに挑戦して、三回とも滑落してしまった時点で、三人はここを登ることを諦めた。
架陰が腕を組む。
「どうします? 別の登れそうなところ探しますか?」
「そうね」
鉄平も、「それがいい!」と手を叩いた。「じゃあ、オレと架陰はこっちを探すから、姉さんは、そっちを」
「おいこら 」
架陰を連れ出してどこかへ行こうとする鉄平の頭を、クロナが殴った。
「あんた、なに私を一人にしようとしているのよ」
「ひとりじゃ嫌か」
「嫌じゃないわよ」
「じゃあ、架陰行こーぜ!」
「おいこら!」
結局、三人は傾斜の緩やかな場所を探すこととなった。
曲線を描く山肌に沿って歩く。
鉄平は深いため息をついた。
「はあー、架陰と一緒に歩けるのかと思ったが・・・」
「あんたが悪いのよ?」クロナは横目で鉄平を睨む。「勝手に着いてきて、他所の班に手を貸すなんて」
「オレは桜班には手を貸さない。架陰に手を貸すんだよ」
「はいはい、屁理屈は結構」
「ヘリの着いた靴があってたまるか」
「あ?」
早速険悪な雰囲気になる二人の間に、架陰が割って入った。
「もう少し仲良くやりましょうよ」
「ふっ、架陰の言うことなら、聞くしかねぇな」
身を潜めていた岩陰から、リザードマンと戦っていた場所を抜け、さらに、山の奥深くにまで入っていく。
三百メートル程歩いた頃、一行は、ある場所に出た。
「え、ここは?」
そこは、殺風景な場所だった。
地面が抉れ、赤土が剥き出しになっている。周りに生えた木々も、何か大きな力になぎ倒されていた。
まるで、災厄が通り過ぎたような場所だった。
「完全にUMAの痕跡じゃねーか」
鉄平が前に出て、倒れた木の幹に触れる。
架陰も、粉々に砕けた岩の破片を拾い上げ、クロナに見せた。
「どう思います?」
「これは、リザードマンでも、ゴートマンでもないわね」
直径三十メートルにも渡って、山の中に形成された森に穴が空いている。ここで何かのUMAが暴れたということはわかったが、ゴートマンや、リザードマンのような小さな体躯のUMAには成しえないことだ。
(つまり、他にもUMAがいる?)
土はまだ湿り気を帯びていた。
架陰が木の幹に突き刺さった何かを発見した。
「クロナさん、これは?」
力を込めて引っこ抜き、クロナに渡す。
架陰が発見したものを見た瞬間、クロナの背筋に冷たいものが走り、体温が三度下がった。
「これは・・・」
見覚えのあるものだ。
菱形の白い鱗。
刃のように鋭く、ギザギザとした返しを持っている。これがもし身体に刺さったら、痛みで悶えることが想像された。
「白陀の、鱗・・・!」
その②に続く
その②に続く




