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UMAハンターKAIN  作者: バーニー
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第7話 沼に潜む怪

一度として見えぬ


二度と帰れぬ


三界の果へ

5


「わたくし、城之内カレンと申します」


その少女はそう言った。


「はあ・・・、カレンさんですか・・・」


架陰は一応頷いた。彼女の名前を知ったところで、架陰に何か得るものがあるという訳では無い。


西原が運転席から降りてきて、黒い傘を架陰に差した。


「どうぞ、この傘の中で服をお拭き下さい」


架陰に白いタオルを手渡す。言われるがまま、それを受け取った。


ふわふわとした肌触りのいいタオル。高級であるということは言うまでもない。


「ありがとうございます・・・」


そのタオルで濡れた学ランを拭く架陰。抜粋生地なので、直ぐに水気が取れた。


「では、そのバットと、巾着をお預かりしましょう」


西原が架陰の刀と着物の入ったものに手を伸ばす。


架陰は反射的に後ずさった。抱くようにして隠す。


「す、すみません。大切なものなので・・・」


ここで刀ということがバレたら、いくら親切な人でも通報しかねないと思ったのだ。


西原は直ぐに頭を垂れた。


「申し訳ありません」


白髪混じりの頭をあげる。


「では、そのまま車にお乗りください」


「くるま?」


「はい、タオルだけ貸して、あとは雨に濡れながら走らせるのは見て見ぬふりなどできません。貴方の目的地までお送りします」


「つまり、自宅ですか?」


「左様で。貴方の道筋を指示していただけましたら」


「いやいや、大丈夫ですよ!」


架陰は慌てて首を横に振った。こんな高貴な雰囲気を漂わせる車に乗ることなど気が引ける。


「そんなことを言わずどうぞ、カレンお嬢様の横へ・・・」


西原が言ったと同時に、後部座席の扉が開いた。カレンが開けたのだ。


「ほら、どうぞ」


カレンが架陰の座れる分の座席を空ける。


「え、ええ・・・」


ここまで来ると、この厚意に背くことも気が引けた。それに、早く閉めないと車に雨が入ってしまう。


「じゃあ、お願いします」


もうどうにでもなれという気持ちで頷いた。そして、カレンの横に座る。ふかふかのシートで、体が10センチ沈んだ。


「うお、凄いですね」


初めてのリムジンの乗車に、思わず笑みが零れた。


カレンというお嬢様は、白い手を口に当てて「ふふ」と微笑んだ。


「では、発車しますよ」


西原がリムジンを発進させる。微かな揺れだけで、タイヤが地面を擦る音さえしなかった。


「自宅はどちらで?」


「ああ、○○地区の○○番地って分かりますか?」


「もちろんでございます」


それだけを聞いた西原は二番目の角を右に曲がった。いつも架陰が通っている道を違わず進む。


(頭に、地図が入っているのか・・・)



話さなくなった西原の代わりに、カレンが口を開いた。


「ねぇ、貴方の名前は?」


身を乗り出して、上目遣いに架陰に尋ねる。甘い香りがした。


「え、ええと・・・」


架陰は恥ずかしくなって、口調がたどたどしくなる。


「市原、架陰です」


「へぇ、何年生?」


「2年です」


「私は3年よ」


年上だったのか。


年上には従順な架陰はますます固くなった。


苦手なのだ。こういう知らない、つまり初対面の人と会話を続けるのは。


「あの、城之内さんですよね?」


何とか会話を途切れさせまいと、言葉を発する。


カレンはニッコリと笑った。


「そうよ。城之内カレン」


「どこかで聞いたことがあるような・・・」


ここは素直に首を捻る。城之内なんて名前、そうあるわけではない。見たら必ず覚えているはずなのだが。


その疑問には西原が答えた。


「この地域では、城之内家は有名ですから。先代は明治頃に貿易で富をなし、戦後は菓子の生産でその名を現在に残して来ました。きっとどこかで目にしたのでしょう」


「そうですか・・・」


お菓子の会社だっただろうか?


だが架陰もそれ以上考えなかった。


突然カレンが、口を押え、「ふふふ」と肩を震わせて笑った。


架陰は「何事か?」と思ってカレンの方を見た。


カレンは気恥しそうに首を振った。


「いやね。ここ一ヶ月はパリを旅行していたものだから、日本語で、同年代の人と話すのが楽しくてね」


「いや、僕の話なんてそれほど・・・」


架陰は顔を赤くして頭をかいた。満更でもない顔だ。こんな綺麗な女の子にそう言われると、やはり嬉しい。


西原がバックミラー越しに架陰を見た。


「架陰様、もう少しでございます」


「あ、はい」


架陰は「架陰様」と呼ばれたことに強烈な違和感を覚えた。だが、突っ込む言葉を飲み込んだ。


(もう少しで、この気まずい空気から解放される・・・)


あと少しで、このお嬢様と架陰を乗せたリムジンは、架陰の家に到着する。そうしたら、この優しい人達ともおさらばだ。


もう、二度と会うこともないだろう。


架陰はほっとため息をついた。


その時だ。


「危ない!!!!!」


突然、穏やかだった西原が叫んだ。


急ブレーキが踏まれる。


劈く音が響き渡り、架陰の身体が前に引っ張られた。


「カレンさん!!」


反射的に、架陰は、架陰同様に前のめりになるカレンに手を伸ばした。


カレンの小さな顔がリムジンの座席にぶつかる前に、架陰の伸ばした腕が受け止める。


「あ・・・」


カレンの胸は以外に大きかった。


「カレン様!?」


リムジンが停車した後、西原が真っ先に心配したのはもちろんカレン。


「ええ、大丈夫よ。架陰くんが受け止めてくれたから」


胸を触れたことを気にせず、カレンは架陰に微笑んだ。


「ありがとう。架陰くん」


「はい・・・」


架陰は手に残った感触に心臓を高鳴らせながら頷いた。


「あの、一体何が?」


話をそらすようにして、西原が急ブレーキを踏んだ理由を尋ねる。


「前方でございます」


西原は皺だらけで骨の浮いた指で窓の外を指さした。


「子供?」


リムジンのライトに照らされて、雨に濡れた路面の上に小さな男の子が尻もちをついていた。


西原がドアを開ける。


「あれではいけませんね」


「僕も行きます」


架陰も後部座席の扉を開けて、西原と共に雨の中へと出た。


「申し訳ありません。大丈夫ですか?」


西原は男の子に近づいていった。


その問いかけに、男の子は反応を示さない。


眼球の光は失われ、雨に濡れてか、それとも恐怖からか、小刻みに震えていた。


(飛び出したのか?)


「ごめん、大丈夫かい?」


架陰も男の子に話しかける。


だが、男の子は反応しない。ひたすらに空気を見つめて、何かうわ言のように呟いていた。


「・・・、が、・・・が、僕の、・・・が」


「えっ?」


架陰は男の子の口に耳を近づけた。


そうすることによって、かろうじて男の子が言ったいることを聞き取ることができた。


「僕の、友達が・・・、僕の友達が・・・」


(僕の、友達!?)


その瞬間、男の子が叫んだ。




「僕の友達がっ!! 化け物にっ!!!」




「おわっ!」


声変わり前特有の高い声が架陰の耳を穿った。思わず顔を顰める。


いや、それよりも。


「君、今なんて言った?」


架陰の胸を、嫌な予感が掠める。


確かに、この男の子は、はっきりとした声で、


「化け物」


と言っていた。








その②に続く

その②へと続く

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