第30話 カレンの覚悟 その③
地獄に咲く
漆黒の薔薇
3
(思い出した・・・)
カレンは頭上に枝葉を広げる木々の密集を見ながら、唇を噛み締めた。
(私には、双子の妹がいたのね・・・)
畜生腹と忌み嫌われた、不吉の子。
それを無かったことにした、汚い血筋。
意地汚く生き残ってしまった、私。
これからずっと生きて、子供を産んで、また、この血を繋いでいく宿命を持つ。ずっと、消えてしまった紅愛の残像を、怨念を、背負い続ける。
(私は・・・)
カレンの首を切り落とそうと、斧の形状に変形した機械生命体が迫る。
(何が、したいのかしら?)
カレンは身体を震わせて起き上がった。
ギンッ!!!
すんでのところで、斧の刃を受け止める。
力むと、胸に走った傷から血が吹き出す。
(時間はかけられない・・・)
カレンはThe Scytheを切り返して、機械生命体を斬り飛ばした。
素早く翼々風魔扇に持ち替える。
「風神之槍!!」
竜巻を巻き起こした瞬間、右腕の傷に激痛が走った。
「うっ!」
思わず身体を震わせる。
竜巻の威力は落ち、機械生命体に当たることはなかった。
機械生命体は、槍に変形して、カレン目掛けて一直線に飛んでくる。
ギンッ!!!
何とかThe Scytheでいなす。
(危な・・・)
カレンの動きは明らかに鈍くなっていた。
カレンの着物の袖を、妹のクレアが掴む。
耳元でずっと囁くのだ。
「生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい」
と。
もちろん、こんなのまやかしだ。自分が、妹を見捨てた後ろめたさからくる幻聴だ。
だが、「罪悪感」はハッキリとした悪意をもって、カレンの上にのしかかっていた。
自分は、何がしたいのだ?
このまま、戦い続けて、あの家のために子孫を残して行くというのか?
自分ではない何か、「血筋」と「家系」のために、この血肉を、誰かに分け与えるのか。
(私は・・・)
機械生命体が TheScytheに変形する。
一閃。
ギンッ!!!
「くっ!!」
カレンは吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられた。
痛みを堪え、何とか踏みとどまる。
「うるさいわねぇ・・・」
カレンは歯を食いしばった。
今更、なんなのだ?
どうして今頃、思い出させた?
どうして、謝るのか?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
うるさい。全部うるさい。
(今、あなたが私の前に現れようが・・・)
カレンはThe Scytheを強く握りしめた。
(私は戦う理由は)
カレンの脳裏に、響也の姿が浮かんだ。
ボロボロの服。
傷だらけの身体。
心做しか、目には涙が浮かんで、まるで、捨てられた野良犬。
自分を、ただひたすらに見てくれる人。
共に、生きてきた人。
(一つしかないのよ・・・)
「私の名前は、鈴白響也」
(私の名前は、城之内カレンよ・・・)
機械生命体がカレンに迫る。
カレンは左手に握った翼々風魔扇を振り、The Scytheの刃に竜巻を纏わせた。
「風刃・・・」
例え地獄から足を引っ張られようと、自分は自分の生きた道を歩く。
一人じゃない。
共に歩いてくれる人がいる。
(愛してるわ・・・)
カレンは姿勢を低く、滑らかな動作で踏み込んだ。
迫る機械生命体よりも下に潜り込む。
そして、竜巻を纏ったThe Scytheを、弧を描くようにして振り切った。
ザンッ!!!
その瞬間、斧に変形していた機械生命体が真っ二つに切断された。
刃から柄にかけて、まるで薪を割ったかのように、綺麗な切断面だった。
「終わりよ・・・」
ドシッと、両断された機械生命体が地面に落ちる。
カレンは肩で息をしながら、「やったの・・・?」と、機械生命体の生死を確かめた。The Scytheでいくらつついても、機械生命体が動き出すことはなかった。
やっと、安堵の息を吐くカレン。
「やった、わ・・・」
安心した瞬間、忘れかけていた痛みが再びカレンを襲う。
右腕、脇腹、そして、胸。斬られた部分からの出血は止まらない。
「早く、桜餅を・・・」
カレンは響也を匿っている岩陰に向かおうとした。そこに、回復薬も置いている。
だが、貧血でそのまま倒れ込んでしまった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
目眩がする。世界が、色を失っていく。
カレンは下唇を噛み締めた。
やっと、対等になれた気がしたんだ。響也のように、命をかけて、戦えたのだ。
響也のように美しくはなかったかもしれないけど、選ばれなかった妹には、恥じぬ戦いは、出来た気がするんだ。
(立ちなさい・・・)
カレンは這いながら響也の元へ向かう。
(私は、城之内カレン・・・、城之内家の次期当主よ・・・)
そこでカレンの意識は途切れた。
第31話に続く
第31話に続く




