第29話 架陰VSリザードマン その①
蜥蜴の尻尾切り
のたうち回って罪となる
1
「響也・・・、大丈夫?」
カレンが見下ろして来た。
響也は、カレンの膝枕に預かりながら、「ああ、大丈夫だ」と頷いた。
 
しっかりと回復薬の効果が出てきている。
生傷は完全に塞がった。今は、ぐちゃぐちゃに潰された足首と、折れた肋骨の修復に入っている。
これが痛い。
骨同士が動き、元の位置に戻ろうとするため、周りの筋肉や肉を抉るのだ。もちろんそれも修復するが、まるで体内を手でかき混ぜられているような痛みだ。
「クロナは、どうだ?」
痛みに耐えているせいで、時間の感覚が分からない。クロナが崖に落ちて、どれくらい経った? 架陰が救出に向かって、どれくらい経った?
カレンは首を横に振った。
「まだ、戻ってきていないわ」
「くそ、心配だ」
響也は歯をかみ締めた。
架陰を追って、リザードマンまで崖下に降りている。もし、架陰とリザードマンが戦闘をしたのなら、遥かに有利なのは後者。
クロナと架陰が既に死んでいるという最悪のオチは信じたくなかった。
「頼むぞ、架陰・・・」
時は遡る。
響也とゴートマンの戦いが始まった、つまり、クロナが崖に転落してしまった時のことだった。
「クロナさん!!」
架陰は木の枝に引っかかったクロナを下ろした。
クロナのまな板のような胸に耳を当ててみると、しっかりと脈を打っている。
「よかった・・・」
架陰はひとまず安心した。
「どこか、安全なところに・・・」
クロナをお姫様抱っこした架陰は、辺りの様子を見渡した。
かなり下まで来てしまったようだ。ゴロゴロとした石が地面を覆い、木々の数も少なくなっている。
「ん、この音は?」
架陰の耳に、チョロチョロと、水が流れる音が飛び込んで来た。
「水脈があるのか?」
架陰は少し歩くスピードを早めた。
巨大な岩の裏に回り込むと、地面から水が溢れているポイントを発見した。
「水だ!」
流れ出した水が侵食し、小さな川を形成している。手ですくってみると、地中でろ過され、ひんやりとしていた。
「ここにしよう」
架陰は岩陰にクロナを横たえた。
飲水はナップサックのミネラルウォーターがあるとして、手洗いなどはこの川の水を使おう。
架陰はナップサックからハンドタオルを取り出した。
「ちゃっかり桜班のロゴ入り・・・」
ハンドタオルに水を含ませ、よく絞る。
それで、クロナの泥だらけになった顔を拭いた。
「あ、腕も汚れてるな」
腕の汚れも拭き取る。
「あ、脚も」
脚の汚れも拭き取る。
「あ、身体も・・・」
「ちょっと待ちなさい」
クロナの胸元にタオルを入れようとした架陰の腕を、クロナが掴んだ。
「なにやってんの?」
「いや、クロナさんの身体を拭こうと」
「私がやる」
クロナは架陰からタオルを奪い取った。
クロナは自分で自分の身体を拭く。
「ああ、着物の中にまで泥が入ってきてる。あのトカゲやろう、遠慮なく攻撃してきて・・・」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわよ。肋骨が一本折れた」
クロナは左胸を抑えた。
「くそ、肺に刺さってるわね。息苦しいわ」
「桜餅食べます?」
「もちろんよ」
桜餅を食べたクロナは砂利の上に横になった。
「少し休むわ。見張りよろしく」
「え、響也さんのところに戻らなくていいんですか?」
クロナは首を横に振った。
「あの斜面を戻るのは無理よ。それに、響也さんが負けるはずがないわ」
まあ、確かにそうだ。
架陰はクロナの怪我が治るまで、ここで待機することにした。
だが、実際は響也の方もピンチに陥っていたのだ。
架陰はクロナにバレないように、自分の胸を抑えた。
(まあ、僕も折れているんだけどな・・・)
痛みはゼロではないが、かなり楽だった。クロナに比べたら軽傷なのだろう。
(とりあえず、見回りでもするか)
架陰は岩陰から出ると、辺りの偵察もかねて歩き出した。
(急に現れた、二体のUMA・・・)
架陰の脳裏に浮かぶのは、リザードマンとゴートマンの姿だ。
今まで見てきたUMAよりずっと強く、ずっと人間に近い身体をしていた。
攻撃の仕方も人間的だった。架陰の足を掴み、木の幹に叩きつける。
(知能があるみたいだな・・・)
リザードマンはまだトカゲらしさがあったが、架陰が恐怖したのは、ゴートマンの方だった。
首は山羊。身体は人間。下半身は山羊。
まるで、キメラ。各パーツを繋ぎ合わせたような姿だった。
「響也さん達、大丈夫かな・・・」
響也の安否を心配していると、架陰はある看板を見つけた。
「これは・・・」
先程の山道で見つけたものと同じ作りをしている。新しい木の板に、新しい木の杭。
苔などの汚れは見当たらない。
架陰は看板と目線を合わせて、書いている内容を確認した。
「なんだ・・・、【活動報告書】?」
活動報告書。20××年、×月×日。桜班管轄地域にて、例のUMA出現。××××が出撃。激戦の末死亡。
紙が劣化して、所々読めない部分があった。
何とか読めた日付は、およそ10年前。
「なんでこんなものが・・・?」
架陰が首を傾げた時だ。
ガサッと、前方の草むらが揺れた。
「っ!」
見つかってしまった。
架陰の背筋を恐怖が駆け抜け、胸の奥がズキンと痛む。
周りの草木をなぎ倒し、リザードマンが架陰目掛けて飛び出してきた。
「うわ、来た!!」
架陰は腰の木刀に手をかける。そして、リザードマンが迫ってきた瞬間に一薙ぎした。
バシッ!!
木の刃は、リザードマンの額に命中するも、堅い皮膚に弾き返された。
「くっ、やっぱり斬れない!」
リザードマンの鋭い三本の爪が、架陰の肩を掠めた。
「痛っ!!」
熱いものが走り、架陰の頬に血が散った。
「くそっ!!」
架陰は地面を蹴って、リザードマンから距離を取った。
(この木刀で、こいつと戦うのか!?)
その②に続く
その②に続く
 




