第27話 消えない残像 その②
影が巣食う蛇の道
血でしたためた文を送る
2
桜班の四人が蛇山に踏み入ってから、体感で30分が経過した。
人口的に開かれた小道と言えど、緩やかな上りが少しずつ体力を奪っていく。幸い、ナップサックには500ミリの水が四本入れられていた。
「全然、UMAの気配がしませんね・・・」
この肌を刺すような異様な空気に似合わず、何も起こることがない。UMAの痕跡とやらも見つけることができていなかった。
響也は前方を見ながら「そうだな」と頷いた
「もう少し簡単に見つかると思っていたが、なかなか・・・」
「この山、広いわねぇ」
カレンが額に汗を浮かべながら言った。
「目の前から見上げたから、この山の全貌は分からなかったけど、かなりの広さよぉ・・・、ここを全て回るだけで、二日はかかりそうよぉ」
「そうですね」
列の一番後ろを歩くクロナが頷いた。
何かが襲ってこないか、常に拳銃を片手に歩いているが、特にそんなことは起きない。
地形の観察をすると、植生は発達しているため、人工林では無いことは確かだ。
(猿の一匹二匹は出てきていいものを・・・)
その時だ。
「ん?」
響也が突然立ち止まる。
その背中にカレンがぶつかる。
その背中に架陰がぶつかる。
その背中に、クロナはぶつからなかった。
「どうしたんですか?」
「なんだ、これ・・・」
響也は、The Scytheで前方を指した。
列の横から顔を出してみる。
それは、長方形の板に、手頃の棒を付けた程度の簡単な作りの看板だった。
白い紙が貼り付けられている。山の湿気でたわんでいた。
「何か書いてあるぞ」
一番前の響也が、代表して看板に顔を近づけ、書いている内容を読み上げる。
「・・・、上村太一、相良三木、上沼創一、竜崎庄助・・・」
「人の名前?」
「ああ、知らん名前だ・・・」
響也は顔を離した。
一応、三人に「知っているか?」と聞く。
三人とも、首を横に振った。
「他にも名前は書いてあるが・・・、なんのこっちゃだ」
場違いな感じは拭えなかった。こんな山奥に、謎の人の名前が書かれた看板がある。
響也はチラリと看板の全体を見回した。
(比較的、新しいな・・・)
場違いな感じは、ここからも来るのだろう。看板の木は砂埃が付いているものの、苔や欠損は見当たらない。
つい最近、ここに立てられたものだと分かった。
(一体、なんの名前だ・・・?)
響也は上から下まで書かれている名前を流し読みしてみたが、ピンとくる名前は無かった。名前しか、書かれていなかったのだ。
「行くぞ・・・、とりあえず、お前たちも見ておけ・・・」
響也は数歩進んで、後ろを付いてくる三人に見やすいようにした。
カレンが看板を覗き込む。
「知らないわぁ」
架陰が看板を覗き込む。
「わからないですね」
クロナが看板を覗き込む。
(一体何かしら・・・)
疑問を抱きながら名前を見ていくクロナの目に、ある名前が止まった。
【雨宮黒真】
「っ!?」
思わず目を見開き、半歩後ろに下がる。
「どうした?」
明らかに変な反応をしたクロナに、響也が聞く。
「・・・・・・」
クロナは逸る鼓動を抑えると、首を横に振った。
「いえ、なんでもありません・・・」
「そうか、なら行くぞ・・・」
先に進み出す一行。クロナは着物の内側に冷や汗が吹き出しているのを感じながら歩みを進めた。
(どうして・・・?)
ちらりと、遠ざかっていく看板を振り向く。
(どうして、お兄ちゃんの名前があるの・・・?)
3
山に踏み入ってから、一時間が経過した。
さすがに、班員には疲れが見えてくる。
「お前たち・・・、情けないな・・・」
響也は振り向いて、歩みを遅くしている三人に哀れみの目を向けた。
カレンが「仕方がないじゃない・・・」と消え入りそうな声をあげる。
「響也みたいに、私たちは脚力が無いのよぉ・・・」
「まあ、私は死踏をよく使うから、脚の力は使うが・・・」
確かに、疲れる道だ。一歩一歩踏み込む度に、足が柔らかい地面に数センチ沈む。それを引き抜くだけでも、体力を消費した。
架陰も「疲れた・・・」と肩で呼吸をしている。クロナも、顔には出さないが、山の斜面にもたれかかっている時点で体力を消耗しているのだと見て取れた。
響也は「仕方ない」とため息をついた。
「とりあえず、休むか・・・」
道は狭いので、四人並んで、崖の向こうに脚を出す形で腰を下ろした。
「喉乾いたー」
架陰はナップサックからミネラルウォーターを取り出すと、キャップを傾けて一口飲む。
「美味しい! クロナさんもどうですか?」
「ええ、飲むわ・・・」
クロナはペットボトルを取り出して飲もうとするが、頭の中は喉の乾きや脚の疲れよりも、あの看板に書かれていた【雨宮黒真】という名前でいっぱいだった。
(どうして、お兄ちゃんの名前が・・・)
手から、ミネラルウォーターが入ったペットボトルがずり落ちる。
「あ」
ペットボトルはクロナの太ももの上で跳ねて、そのまま崖の底に吸い込まれて行った。
「しまった・・・」
架陰がクロナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。まだ三本余っているから・・・」
「いえ、顔が、浮かないですよ?」
そうか、顔に出ていたか。
クロナは首を横に振った。
「大丈夫よ」
心の中で、唇を噛み締める。
(お兄ちゃんは、死んだのに・・・)
その③に続く
その③に続く




