第26話 蛇の住む山 その②
あれよあれよと舞う鳥よ
竹の林に身を寄せて
金剛輝く節を見よ
2
「で、アクアさんからの伝言なんだけど・・・」
架陰の顔面にめり込んだ鞄を引き剥がしてから、クロナはアクアの言伝を告げた。
「今から任務に行くから、着物に着替えて一緒に行くわよ!」
「あ、分かりました・・・」
架陰は二つ返事で了承すると、自分の鞄の中から巾着袋を取り出した。
「着物はあるわね・・・、刀は?」
「ああ・・・、刀ですか・・・」
架陰は俯き加減になり、歯切れが悪くなった。
そういえば、いつも持っているはずのバットケースが無い。
もう一度聞く。
「刀は?」
「・・・、折れました・・・」
「よし、ちょっとこっちに来い」
クロナは架陰の学ランの胸ぐらを掴むと、路地裏に引きずっていこうとした。
すかさず、鉄平がクロナを止める。
「おい、なにオレの架陰を連れて行ってんだよ!!」
「誰が、あんたの架陰よ・・・」
「え、じゃあ、お前の架陰なのか?」
「なわけないでしょ・・・」
前回と態度を急変させ、馴れ馴れしく近づいてくる鉄平に、クロナは若干ペースを乱された。
このまま追い払ってもついてくるので、鉄平を含めた三人で話をする。
「で、どうすんの、刀を折ったって・・・」
「どうしようもないですよ・・・、一応アクアさんに渡したんですけど・・・、『何とかする』って言われたきりで・・・」
架陰は本当に困ったように頭を抱えた。
武器が壊れてしまうのはよくある事だ。特に、SANAが生産した大量生産型の武器は、使い勝手が良い分、耐久性もそこそこ。
どうせ、横に力が込められたのだろう。刀は横の力に弱い。
「在庫あったかしら・・・」
すると、鉄平が手を挙げた。
「椿班の在庫を探してやろうか?」
「え、いいの?」
早速架陰が食いつくので、クロナは鞄を架陰の顔面にめり込ませた。
「なに敵の班から受け取ろうとしてるのよ」
「すみません・・・」
「いい? 武器は、かなり厳重に管理されているの! ぽいぽい壊したって、簡単には新しいのは作ってくれないの!」
「オレの鉄棍は、ただの鉄パイプだぜ!」
「あんたは黙ってて・・・」
そのタイミングで、クロナのスマホが再び震えた。
「もしもし アクアさん?」
『ねぇ、まだ?』
「いや、今見つけました・・・」
『そう、なら良かったわ。さっさと本拠地に戻ってちょうだい』
アクアの声は大きいので、離れている架陰や鉄平にも聞こえていた。
架陰はこくりと頷く。
「じゃあ、直ぐに向かいます・・・」
通話を切った。
「そういうことだから、さっさと行くわよ。架陰!」
「はい、行きましょう!」
すると、鉄平が頬をふくらませた。
「おいおい、もう行くのかよ・・・、さっき会ったばかりだろうが・・・」
「ごめんね、鉄平くん。また今度!」
架陰も少し困った様子で、鉄平に手を振った。
「じゃあ、行きましょう」
「ええ、行くわよ」
クロナと架陰は、地面を蹴って跳躍した。
桜班本拠地まで距離がある。ここは、斜めに横断して、最短ルートを行くべきだ。
二人で、民家の屋根の上を走る。
屋根から屋根へは、跳ぶ。
この歩法は、ほとんどのUMAハンターができることだ。
架陰も、最初のうちは着いて来れなかったが、今はクロナと肩を並べられる。
「あの・・・」
架陰はちらっと後ろを見た。
「鉄平くんがついてきています」
「あ?」
見ると、十メートル程の距離を開けて、鉄平が二人を追跡している。
クロナはスピードを落として、鉄平の横に並んだ。
「あんた、暇なの?」
「面白そうだ。オレも行くぜ!」
「もう当たり前のように管轄を超えてきているわね・・・」
本人に悪気がある訳じゃないので、クロナは諦めて前を向いた。
しばらくして、成田高校に到着する。
もう登校時間は過ぎていて、校門に人の姿は無い。心置き無く、グラウンドを横断して、校舎裏の部室に向かう。
部室の前で、アクアが待ち構えていた。
「おはよー、待ってたよー!」
「おはようございます」
「おはようございます」
アクアを初めて見る鉄平は、目を細めた。
「あの女が、お前らの総司令官か・・・」
「だったら何?」
「いや、見覚えがあるだけだ・・・」
クロナと架陰の後ろをついてくる鉄平を見たアクアは、「なんか、要らないものがついてきわね」と、辛辣な言葉を浴びせた。
「とりあえず着替えるわよ」
「はい」
二人は一度、地下にある本拠地に入り、着物に着替えてから外に出た。
「準備完了!」
クロナは腰にガンベルトを巻き、二丁拳銃をホルダーに差し込む。
架陰は、着物を身にまとっただけ。折れた刀は使い物にならない。
「やっぱり寂しいな」
腰に刀が無いのは違和感だった。
すると、アクアが思い出したように手を叩いた。
「そういえば、架陰くんに、【新しい武器】が届いているわよ!」
思わぬ朗報。
架陰は目を丸くして驚いた。
「本当ですか!?」
「本当よー!」
アクアは急いで部室棟に入ると、プチプチ梱包が多重に巻かれた武器を持って出てきた。
形状から察するに、【日本刀】だということは分かる。
「実はね、架陰くんが吸血樹を倒した時から、お願いしてたのよ」
「お願い?」
「ええ、【匠】に」
架陰はなんのこっちゃと言うように、クロナに視線を向けた。
クロナはため息をついて、架陰の無知を嘆く。
「前に、カレンさんから教えて貰わなかったの?」
「そう言われたら、教えて貰ったような無かったような・・・」
クロナは人差し指をピンっと立てた。
「【匠】は、UMAハンターの武器を作る職人のことよ。匠が作る武器は、SANAが生産するものより、性能が格段に違うの・・・、カレンさんの【翼々風魔扇】も、響也さんの、【The Scythe】も匠の一級品よ」
そうだ、思い出した。
そんな選ばれた者だけが持てるような武器を、自分が持っていいと言うのか。
架陰は感激のあまり、下唇を噛み締めた。
「ありがたいです!」
架陰の肩を、鉄平が叩く。
「良かったな! これで一緒にUMAハントに行こうぜ!」
いや、管轄が違うのだが?
架陰は武器を受け取ると、クリスマスプレゼントを貰った子供のように、梱包を雑に取り去った。
「これが、僕の新しい刀!!」
ナイロンの中から出てきた【刀】を手に取る。
「って、あれ?」
期待していたものと違う感触に、架陰は思わずま抜けな声を出した。
周りのクロナとアクアと鉄平が覗き込む。
そして、「なにこれ・・・」と、一同声を揃えた。
架陰の手に握られていたのは、何の変哲もない、【木刀】だった。
その③に続く
その③に続く




