第6話お嬢様 その②
その花弁赤く
血の如く
その棘白く
骨の如く
胸に秘めたる毒には届かない
成田高校の地下にある桜班の本拠地に戻ってきた架陰と響也を、アクアが迎えた。
「おかえりなさい。ちゃんと響也とは合流できたようね」
「はい」
架陰はローペンになぶられ、撤退を余儀なくされた時のことを思い出しながら頷いた。本当に響也さんが援軍に来てくれて良かった。
「アクアさん、エナジードリンク買ってくれてますか?」
響也はThe Scytheを総司令官室の壁に立てかけた。
「買ってるわよ。でも、ごめんなさい。まだ冷えてないわ」
「それでも構わないんで」
「じゃあ、はいどうぞ」
アクアは総司令官室のソファの上にスーパーのロゴが入ったナイロン袋から青いエナジードリンクを取り出した。名前を、『ブルーギル』と言う。
響也はそれをその場で開栓し、一気に流し込んだ。
一瞬で飲み干して一言。
「上手い」
空き缶をアクアに返す。
「じゃあ、私は、シャワー浴びてきます」
響也はそう言うと、土や泥で汚れた着物の姿で総司令官室から立ち去った。
その時初めて、架陰はこの地下桜班本拠地のシャワールームの存在を知った。
「僕も、浴びてもいいですか?」
「響也の後からね」
そりゃそうだ。
響也が戻ってくるのを待っている間、架陰は何気に、「響也さんって、凄いですねー」と呟いていた。
「すごいでしょ?」
アクアが部屋の奥にある棚の下の引き出しの中に手を突っ込み、何やら探しながら言った。
「響也は天才なのよ。ローペンとの戦いで見たと思うけど、あの脚を主軸とした殺陣歩法『死踏』は自分で編み出したのよ。それゆえ、女の子なのに、遠心力で強力な一撃を放てるわ」
「一瞬でローペンの竜巻を抜けて、そのまま首を切断したのは驚きましたよ」
架陰は自分の腰に差さった刀の感触を確かめながら言った。
もし、あの時竜巻から抜け出せていたなら、自分は自分の力でローペンの首を切断できただろうか。
おそらく、あの動きは響也にしか出来ない。もちろん、クロナも。
しゃがみこんでいたアクアが立ち上がる。
「架陰も、早く強くなろうね」
アクアの胸に抱かれていたのは、数百枚の書類だった。それを、机の上にどんっと置く。
「なんですか?これ」
架陰はそれの1枚を白々しく手に取った。
「報告書よ」
アクアは束になった紙の上をバシッと叩く。
「UMAを倒した場合、その種類、数、名前、場所、詳細に書き込まないといけないのよ」
「それを、どうするんですか?」
「本部に提出するのよ」
アクアは何を当たり前のことを・・・、と言うように言った。
架陰は汚物を扱うかのように、書類の1枚をつまみ上げた。これ1枚を書くのにも時間を労する。
「これを、僕にやれと?」
「当たり前でしょぉ、クロナいわく下っ端なんだから」
「下っ端・・・」
その階級の扱いについては、未だに納得がいっていない。
やるしかないと腹を括った架陰は、書類とペンを手に取った。
丁度その時、クロナが死体処理の仕事から帰還した。
「ただいま戻りましたあ・・・」
総司令官室に入るや否や、架陰が持っているものに目をやる。
「あ、報告書書くの?」
「あ、はい」
「気をつけてね。その書類の内容が、私たちの評価に直結するんだから・・・」
「えっ?」
意味深な発言に、1枚の書類がズシッと重くなる。
「どういうことですか?」
「お勉強の時間ね」
架陰が頭に「?」を浮かべている間に、アクアがどこからともなくホワイトボードを転がしてきた。
「UMAにも強さの基準があるように、UMAハンターにもランクが付けられるのよ」
ホワイトボードに「S、A、B、C」と書く。その「c」の部分をアクアはぐるぐると水性ペンで囲んだ。
「私たちはCランク」
「低くないですか?」
架陰は率直な感想を述べた。それを咎める者はいない。
「まあ、そうなんだけど・・・」
クロナが頷く。
「でも、私たちはそこまで弱くないわ」
そして、クロナは架陰が持つ書類を指さした。
「この場にいる誰も、書類を書こうとしないのよ」
「・・・・・・」
架陰は脱力した。
「つまり、誰も報告していないということですか?」
「そうよ!」
アクアが胸を張って頷く。
「UMAハントの報告内容により、ポイントが加算されるわ。それを基準に、ランクが付けられるのよ。けど、我々はそれをサボっているから、現状Cランクということよね」
「・・・・・・」
架陰は横手でクロナの方を見た。響也やアクアが仕事をしないというのは分かるが、まさかクロナまでもがしていないとは。
その視線に気づいたクロナは、直ぐに架陰の胸ぐらを掴んだ。
「悪い?」
「まだ何も言ってません」
「事務作業は苦手なのよ」
まだ何も言っていないのに・・・。
仕方ない。やるしかなさそうだ。
架陰はクロナから解放されると、「わかりましたよォ」と頷いた。
「ただ、少し待ってください。シャワー浴びたいんで」
「何言ってんの? シャワーは私が浴びるのよ?」
クロナが冷たく言い放った。決してその口調に冗談は含まれていない。
「わかりましたよ・・・」
架陰は渋々書類を手に取った。ペンも握る。
「あの、ここで書いていいですか?」
恐る恐るアクアに尋ねる。
アクアはにっこりと笑い、首を傾げた。
「何を言っているの? ここは総司令官室よ」
「はい、今すぐ出ていきますよ」
架陰は投げやりに頷いた。下っ端の扱いはこんなものだろう。そう割り切って、下っ端らしい仕事をこなそう。
架陰は踵を返すと、総司令官室の扉を押した。
その③に続く
その③に続く
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