第25話 暗躍する薔薇 その①
青い薔薇が
不可能と言った
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「・・・」
響也は、今に噛み付いてきそうな赤スーツの男と対峙して、The Scytheを強く握りしめた。
右肩と左脚の腱を切り裂き、カレンが扇で吹き飛ばしたとは言え、鉄平は特殊な訓練を受けたUMAハンター。
並の未確認生物よりも厄介な存在だ。
「・・・、そうかよ・・・」
喉の奥で唸り声をあげ、殺気を放っていた鉄平だったが、急にその勢いを弱めた。
そして、握りしめていた鉄棍を手放す。
カランと音を立てて、鉄棍が転がった。
鉄平に戦う意思が無くなったと見た響也も、The Scytheを握る手を緩める。
(架陰のおかげか・・・)
横目で、架陰の横顔を見た。
鉄平の戦意を喪失させたのは、架陰の意外な言葉だった。
「僕も、月ノ子児童施設の出身なんだよ・・・」
架陰は腫らした右腕をダランとさせながら、鉄平に近づいた。
鉄平の後ろに控える山田と八坂が身構える。また鉄平が暴れて、一触即発の空気になるのを恐れたらしい。
だが、鉄平も架陰が近づいてきて怒る様子は無かった。
どちらかといえば、口角が少し上がり、穏やかな笑みを浮かべていた。
「鉄平くん・・・」
「架陰・・・」
二人は三十センチ程まで近づき、互いに目を合わせた。
そんな二人の様子を見て、カレンが首を傾げる。
「ねぇ、響也。あの二人は知り合いなのぉ?」
「そうみたいだな・・・」
あの男も架陰も、月ノ子児童施設出身だとすれば、ありえない話ではない。体格から見る限り、あの二人は同い年だ。
(だが、何故今まで互いに気づかなかったんだ・・・?)
記憶を甦らせるのに時間がかかるほど、浅い交流だったのか。
しかし、架陰の様子もおかしい。あの言葉を放った時の架陰の様子は、「堂島鉄平のことを思い出した」と言うよりも、「自分が月ノ子児童施設出身だった」という方がふさわしい。
それくらい、奇妙な驚き方だったのだ。
(まさか・・・、架陰は、あの事件に関わっているんじゃないか・・・)
鉄平は、左手で架陰の頬を撫でた。
「すまねぇ、オレ、お前だと気づかなかった」
「大丈夫だよ。僕も気づかなかったんだ・・・」
「オレは、お前のことを探していたんだそ・・・、あの倉庫の中で・・・」
「ごめん。僕も、よく覚えていないんだ・・・」
架陰は素直に首を横に振った。
本当に、覚えていないのだ。
自分が、月ノ子児童施設に居て、光が苦手で倉庫の中で過ごして、鉄平と出会ったこと以外、全く。
まるで、何者かに記憶の入った本棚の本を、ごっそりと抜き取られたかのように。
鉄平は、山田を呼んだ。
「おい、山田!」
「なんでしょう?」
「架陰に、【回復薬】を!」
「承知」
大男の山田が、架陰の前に出てくる。そして、胸元のポケットから小瓶を取り出した。
「これは、椿班専用の回復薬、【椿油】です」
「椿油?」
「ああ、お前の班にも回復薬はあるだろ?」
「うん、桜餅ってのが・・・」
山田は、架陰の青く腫れ上がった腕をそっと持ち上げた。
「なるほど、桜班の皆さんは、摂取系の回復薬なのですね」
小瓶の中にたっぷりと入った黄色の液体を架陰の腕に垂らす。【椿油】とは名ばかりで、ドロっとしていた。
「これは、軟膏系の回復薬です。摂取系程、体力の回復は出来ませんが、外傷にかなりの即効性があります」
山田が、そっと塗り広げると、たちまち架陰の腕から痛みが飛んだ。
「!?」
腫れが引き、元の血色の良い腕に戻る。
「凄い、桜餅ならもう少し時間がかかるのに!」
「これが、椿油のメリットですよ」
山田は、鉄平の肩と脚に椿油を塗った。
鉄平の傷をものの数十秒で塞がる。
「よくやった」
鉄平に労いの言葉を貰った山田は、再び元の場所に下がる。
お互いに傷が治った架陰と鉄平は、再び顔を見合わせた。
先程のように、刃を合わせるようなことはしない。
鉄平は息をゆっくりと吸い込んだ。
「申し訳ない!!」
そのまま、片膝を立ててしゃがみこむ。
謝罪の格好だった。
「っ! 鉄平さん!?」
「おめぇらもしろ!!」
遅れて、山田と八坂も、片膝を立ててしゃがみ込んだ。
そして、平伏する。
急に謝り出す椿班に、架陰も戸惑いを隠せない。
「ちょっと、何してるんだよ・・・、頭を上げてよ・・・!」
鉄平は地面を見たまま首を横に振った。
「無理だ! オレは、自分勝手に動き、友人を傷つけた!!」
響也が「へえ、友人だったんだ・・・」と言って、架陰と鉄平を交互に見る。
「この償いは、必ずする!! 許してくれ!!」
「・・・・・・」
架陰はどうしていいのか分からなくなった。
先程まで、架陰たちに勝負を仕掛け、架陰たちの管轄地域に侵入して、架陰たちの援護を無視して、架陰たちの戦いを邪魔していた者たちが、こうして頭を垂れているのだ。
あまりにあっさりとしすぎていて、逆に申し訳ない気持ちになる。
「どうしましょう・・・」
助けを求めて響也を見る。
「知らん。お前の問題だろ?」
響也は面白がっている顔をして、助け舟を出すことをしなかった。
架陰は諦めて頷いた。
簡単な事だ。こう言えばいい。
「じゃあ、許してあげるよ・・・」
「本当か!!」
鉄平が顔を上げた。
そして、架陰に飛びついてくる。
「お前ならそう言ってくれると思ってたぜぇ!!」
「う、うん・・・」
「じゃあ、またお詫びにラーメンでも奢ってやるから!!」
「え、うん・・・」
鉄平は直ぐに架陰から離れた。そして、踵を返して走り出す。
「よし、じゃあ、おまえら、帰るぞ!!」
「了解!!」
「分かりました」
鉄平の後ろについて走り出す山田と八坂。
さよならを言うタイミングさえ与えない、俊敏な動きで、椿班の三人は走り去ってしまった。
「なんだったんだあの人たち」
その②に続く
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