【堂島鉄平外伝】後編
これは恋のようなものだ
「そこに、誰かいるの?」
市原架陰という男は、オレにそう話しかけてきた。
「オレだよ」
オレは、オレだと分かるように声を張り上げた。
架陰は「ああ」と理解したかのような声を上げた。
「鉄平くんだね。どうしてここにいるの?」
「それはオレのセリフだよ。お前こそどうしてここにいるんだよ・・・」
「クリスマス会のこと?」
「ああ、まあ、ちょっと問題が起きてるけど・・・」
一瞬、「犯人はこいつじゃないか?」という考えが過ぎった。
架陰は、暗闇の中で自嘲気味に笑った。
「僕はね・・・、【光】が嫌いなんだ・・・」
「光?」
その時オレは、この闇の中にいるガキが、幽霊の一種じゃないのかと思った。
「なんでだよ」
「光が嫌いなんだ。眩しくて、クラクラして、吐き気がする・・・」
「じゃあ、一生この中にいるのか?」
「そんなわけないよ。ご飯の時と、寝る時だけ、みんなの元に戻る」
「おまえ、本当に人間なのか?」
オレは思わずそう言った。
暗闇の中で、架陰が息を呑んだ。
「人間だよ」
突然、オレの頬を架陰が触れる。伝っていた涙を拭った。
冷たい手だった。ますます幽霊のように思えた。
「・・・・・・」
でも、オレがその手を握り返すと、架陰も握り返してきて、ガキの小さな骨とか肉とかの感触が伝わり、やっぱり・・・、「こいつは人間なんだな」と思えるようになった。
「オレは、堂島鉄平・・・」
「知ってるよ、僕は市原架陰」
「よろしくな」
暗闇の中、顔も分からないやつのおかげで、俺の心に小さな熱が宿った。
結局、クリスマスツリーを壊した奴は見つからなかった。周りは一貫してオレが犯人だと決めつけている。
オレは反論しなかった。
普段の行いが悪いオレがいくら弁明をしても、嘘っぽく聞こえた。
爺さんはオレを疑っていないようだ。
普段通りオレの頭を撫でて、「仲良くね」と言うだけだ。
人間なんだから、もう少し偏見を持ってくれてもいいのに・・・。
爺さんの目は相変わらず平等だった。それが、とにかく気持ち悪かった。
オレは毎日のように倉庫に向かった。
「よお、架陰!」
そこにはいつも架陰がいた。そいつは、暗闇の中にうずくまって、何をする訳でもない。ただ、光に怯えていた。
「生まれてから、光が嫌いなのか?」
「うーん、多分違うかな」
「じゃあいつから?」
「覚えてないや」
オレは最近、フランケンシュタインを読んだばかりだった。自分について自問自答するのにハマっていたのだ。
だから、架陰のよく分からない性格は、話をするのにちょうど良かった。
「顔見せてくれよ」
「眩しいから嫌だよ」
「じゃあ、触らせろ」
「何それ」
架陰が突き出してきた顔を、オレはぺたぺたと触った。頬骨が出て、まるで、骸骨のようだ。
「おまえ、弱いだろ」
「うん、よく骨を折るんだ」
「牛乳を飲め」
「お腹も弱いんだよ」
「救いようがねぇな」
架陰と話す時間が、いつしかオレの楽しみとなっていた。
毎日毎日、オレはあいつのところに向かった。あいつもずっとここにいて、オレが来ると嬉しそうだった。
時々、あいつの顔をライトで照らしてやろうと思う時もあったが、外に連れ出そうとすると心底嫌がるので、辞めた。オレだってあいつに嫌われるのは嫌だ。
オレと架陰の関係は、一年くらい続いたと思う。その時、オレはもう闇の住人と言っていいくらい、暗闇に慣れていた。
その感覚は、架陰と同じ場所に立てているような気がして、心地よかった。
その日は、オレの八歳の誕生日だった。
「喜べ! 今日はオレの誕生日だ!!」
オレは、貰ったケーキに手をつけず、真っ先に倉庫に向かっていた。
本当はこのケーキをあいつと一緒に食べたかった。そして、許されるというのなら、このロウソクで、あいつの顔を見てみたかった。
しかし、返事は無かった。
オレは何度もあいつの名を呼んだが、あいつからはなんの返事もない。
もしかして、倒れているのではないか? と心配になり、ロウソクに火をつける。
火の光で倉庫を照らした。
掃除用具とかパイプ椅子とか、みんなに忘れ去られたようなものが大量にあった。こんなに狭い空間だったのだと、初めて気づいた。
架陰は消えていた。
そうか、あいつは、幽霊だったんだ。
オレは、倉庫の中で一人、ケーキを食べた・・・。
それからオレは、架陰のことは忘れていた。
非行に走り、毎夜毎夜、施設を抜け出して喧嘩をする。
その時、山田と出会い、八坂と出会い、真子を拾うわけだ。
そして、「死神」と呼ばれる女が、人を殺す所を目撃する。
だけど、これはまた別のお話。
これは恋のようなものだ。
もちろん、そんな趣味はない。だけど、もう一度、太陽の下で、あいつと、架陰と、
もう一度話をするんだ。
そう思った・・・。
完
次回 【市原架陰外伝】第一部




