第6話 お嬢様 その①
その花弁赤く 血の如く
その棘白く 骨の如く
胸に秘めたる毒には届かない
1
首を切断されたローペンの胴体はコトリと動かなくなり、地面の上に倒れ込んだ。未だ流れる血液が土を赤く染めていく。
「よし」
響也は、The Scytheの刃に付着した血液を振って取り払うと、棍の部分を肩に担いだ。
「帰るぞ」
振り返る。
木陰から、架陰とクロナがこちらを見ていた。架陰は、驚きのあまり口をぱっくりと開け、クロナは、感動のあまり目をうっとりさせていた。
「お疲れ様です。響也さん、さすがですね!」
「ああ、おつかれ」
労ってくるクロナに響也は微かに頷いた。
「あの、今まで何をしてたんですか?」
クロナが恐る恐る尋ねる。今回、響也のおかげでローペンを狩ることが出来たとして、ギリギリまで任務を怠慢していた響也には言いたいことがあった。
響也は首を捻った。
「何をしてたって・・・」
答えるまでに数秒かかる。
「野暮用だよ」
「や、やぼよう・・・」
肩の力が抜けるような、納得するような。無難な答え。
それ以上問いただす気にはなれず、クロナは「そうですか」と頷いた。
「あの…」
ようやく架陰が口を開いた。
「響也さん、どうして、あの竜巻を抜けられたんですか?」
架陰の脳裏に焼け付くのは、ローペンの発生させた竜巻の檻を、いとも簡単に抜け出て、ローペンの首を斬り落とした事だ。
架陰は、クロナが助けに入るまで抜けられなかったというのに。
響也は、隈の浮いた目をぱちくりさせた。意外にまつ毛が長い。
「ああ、あれか」
「はい、あれです」
「簡単な話だよ。風の旋回方向に回転すればいいんだ。そうすれば、風圧を緩和することが出来る」
そう答え、響也は、The Scytheを片手でクルクルと回した。滑るような指の動き。かなり手馴れている。
「The Scytheは、強制的に遠心力を発生させる武器だからな。こうもしないと、重くて振り回せん」
「わ、分かりました・・・」
それだけ知ると、架陰は引き下がった。
確かに単純な話だ。だが、それを、あの時の架陰が出来たかと言うと、答えに詰まることである。
二人の話が終わったのを確認したクロナは、二人の間に立った。
「じゃあ、死体処理班呼びますね」
「ああ、頼む」
「死体処理班って、なんですか?」
架陰が首を傾げる。
鬼蜘蛛の時もそうだったが、このローペンの死体はどうなるのか。確かに、気になる所ではあった。
クロナがトランシーバーを使ってどこかに連絡しながら答える。
「その名の通り、UMAの死体を回収し、研究する所よ。正確には、『SANA未確認生物研究機関桜班分署』ね。回収した死体をアメリカ本部に移送させている間に腐ってもいけない。どの班にも、専属の研究施設があるわ」
そして、誰かに繋がったのか、「あ、もしもしー」と言った。
「はい、桜班の雨宮です。UMAを狩ったので、回収お願いします。はい、GPSを追ってください」
通話を切る。
「これで大丈夫! しばらくしたら、署員の人が来るから」
「そうか、じゃあ、私は帰るぞ」
クロナの言葉を待っていましたとばかりに、響也がくるりと背を向けた。そのまま帰ろうとする。
「ま、待ってくださいよォ!」
慌ててクロナが静止を求める。
響也は首だけをこちらに向けた。
「忘れるなよ。ローペンを倒したのは私だ。そして、後処理をするのはお前たちだ」
それだけを言い残し、また、歩き出す。しかし、また立ち止まった。
「ああ、そこの少年」
クロナの隣で呆然とする架陰を指さした。
「は、はいっ!」
慌てて返事をする。
「ちょっと来てくれ。ちょっと頼みたいことがある」
響也はThe Scytheを持っていない左手で架陰に手招きをした。
架陰は響也とクロナの顔を交互に見やった。
クロナはムスッと眉をひそめ、顎で「行け」と言った。
班長である先輩と、三席である先輩の、『頼み事』の優先度は、当然、班長である先輩だった。
「今行きます」
架陰は刀を鞘に収め、響也のもとへ駆け出した。背中に、「早く帰ってきなさいよ」と、クロナの恨みがましい声が張り付いた。
「なんでしょう?」
響也の隣に並ぶ。
響也は「行くぞ」とだけ言って、要件は直ぐに言わなかった。
「さて、ローペンの死体処理はクロナに任せて、私たちは別のことだ」
別のこと?
聞きたいことは山ほどあったが、初対面で、班長ということもあり、気が引けた。架陰は「はい」とだけ頷き、響也の半歩後ろを付いて歩いた。
響也の肩に担いだThe Scytheが剥き出しの刃をギラギラと光らせる。
このまま市街地に出るつもりだろうか。
と心配していたが、杞憂だったようだ。響也は、途中に落ちていた(落としてきた)白い布を拾い上げ、The Scytheに巻き付けた。刃が隠れる。
「さすがに、このままじゃあ町は歩けん。UMAを狩らないときは、こうやってこの布で隠すんだ」
「そうですか・・・」
確かにましになったが、やはり違和感は否めない。
「おい」
響也が初めての架陰の目をじっと見つめた。
「お前、名前なんだって?」
「あ、市原、架陰です」
架陰は言葉を詰まらせながら言った。名前を聞くと、響也の表情がふと綻んだに見えた。
「よくUMAハンターになんかなろうと思ったな」
「まあ、好奇心ですかね?」
架陰は照れ隠しからか、頭をかいた。
「クロナはどうだ?」
「え?」
「どうせ、クロナが全部仕切ってやっているんだろ? お前の戦闘訓練から、UMAハンター試験まで」
「まあ、そうですね」
架陰は頭の中に鬼のような形相のクロナを思い浮かべながら頷いた。
クロナが仕切るも何も、響也とその他のハンターを架陰は見たことがなかったのだがら、クロナが必然的に架陰を指導することは当たり前だ。
「あいつ、めんどくさいだろ?」
響也がイタズラっぽく笑った。八重歯が見えた。
「ええ、まあ・・・」と言いかけて、口を噤む。「い、いえ、決してそんなことは」
反射的に通ってきた道を見た。クロナは居なかった。
「あいつ、真面目だからな。私には肌が合わん。悪い奴ではないけどな」
響也は大袈裟に首を竦めた。
「・・・・・・」
言いたいことは、それだけだろうか?
架陰はそう思った。
響也が「働かない」ということは、クロナの話で何となく想像出来る。
響也は続けた。
「まあ、でも、ようやく4人揃ったんだ。これで私の好き勝手も終わりだな」
「終わり?」
「終わりだ。今までなら、3人しかいないから、別に出動しなくてもよかった。班として見なされないからな。だが、お前のせいで、桜班は『桜班』として完成した。私は『班長』として、これからやっていかないとな」
その言葉を聞いて、架陰の頭が爆発しそうになった。
何を言っているのか全く分からない。
「じゃあ、今すぐクロナさんのところに戻って、死体処理をしましょう」
言うと、響也は大袈裟に首を振った。
「嫌だよ。めんどくさい」
なんじゃそりゃ。
架陰は脱力した。
そんな架陰を、響也は目付き悪く、それでも微笑ましく眺めた。
「もう一度自己紹介と行こう。私の名前は、『鈴白響也』。桜班班長。仲良く行こうじゃないか」
細い手を架陰に差し伸べる。
架陰は恐れ多いながら、それを握った。
「市原架陰です。よろしくお願いします」
結論から言えば、響也は悪い人ではないようだ。
だが、性格に難あり。
ってところか?
その②に続く
第6話はまだまだ続くよぉー