第23話 混戦 その②
交錯する
ふたつの月
融合する
日輪の影
2
「なるほど・・・」
二つに分裂した獣を見て、山田の丸眼鏡の奥が鋭く光った。
「この二体の獣は、雌雄の関係にあるようですね・・・」
「あん? どういうことだよ」
鉄平が鉄棍を一薙した。
山田は理解能力の無い鉄平にため息をつくわけでもなく、部下として丁寧に説明した。
「つまり、片方が死んでも、片方が死体を取り込めばまた復活するということです」
「へえ、そういう事か」
鉄平は八重歯を見せて笑うと、上唇を静かに濡らす。
「だったら、二体同時に殺ればいいってことだな!!」
口で言うのは簡単だった。
しかし、山田も八坂も反論はしない。「そうですね」とだけ頷く。
八坂は地面を蹴って跳躍すると、電柱の上に立った。ここなら、二人の援護を同時に行うことができる。
「じゃあ、片方は山田さん、片方は哲平さんってことで」
ライフルのスコープを覗き込む。
「僕は援護に回ります」
「ああ、任せたぞ」
「任せましたよ」
山田VS獣A。
鉄平VS獣B。の構図で開戦した。
(さて、どうする?)
トリガーに指をかけながら、八坂は唾を飲み込んだ。冷静な観察眼で、戦況を観察する。
先程、あの獣の首をねじ切った山田は問題無い。八坂の射撃が無くても渡り合えそうだ。
心配なのは、鉄平だ。
班長の腕を疑っているわけではない。あの巨体には、鉄平の小さな体は不利に働く。
特に、体重の差。
先程ぶつかり合った鉄平と獣だが、正面からの衝突ではかなり押されていた。
(やっぱりここは・・・)
八坂はトリガーを引く。
(鉄平さんの援護だろ!!)
ドンッ!!!!
火薬の爆発とともに、鉄の弾丸が空を穿つ。
一直線に、鉄平が相手にしている獣Bの頭に直撃した。
「うわっ!」
鉄平は慌てて後退する。
「おい八坂! あぶねえだろ!!」
「ちゃんと当たらないように撃ってます」
八坂は新しい弾を装填した。
「僕の腕、疑ってませんよね?」
「もちのろんだ!!」
感触は良かった。ちゃんと、獣Bの命を貫いたって感じだ。
だけど、そんな簡単に獣を仕留められるなんて、毛ほども思っていない。
一度は動きを止めた獣だったが、直ぐに首をもたげて、鉄平に襲いかかる。
「ちっ!!」
鉄平は鉄棍で受け止め、上体の捻りで勢いを逃す。
「喰らえよ!!」
背後に回り込み、獣Bの後頭部を狙って、鉄棍を振り回した。
鈍い音が響くが、獣Bはビクともしない。
(どうする・・・?)
山田の方は、獣Aの突進を受け止めるのでやっと。
援護射撃をしても良かったが、壁のような身体が邪魔で、上手く獣Aを狙えない。
「クソ・・・」
自分の照準に入らない的に、八坂はやきもきした。
その時だ。
「おい、あれがお前の班長か?」
「!?」
八坂の耳元で、まとわりつくような湿った声が囁いた。
八坂の背筋を冷たいものが走る。
身体が跳ね上がり、スコープを覗き込んでいた視界が歪む。全身に汗が浮かぶのを感じた。
振り向こうにも、首元に冷たい刃を当てられる。
完全に背後を奪われた。
「・・・っ!!」
「安心しろ・・・、同業者は殺さない」
女の声がそう言った。だが、安心できない。ちょっと気を抜けば、この首にかかった刃をギロチンのように引きかねない。
それほどの殺気を持っているのだ。八坂の背後を取っている者は。
獣に夢中で、他の敵の存在に気づかなかった。狙撃手として不覚。
「くそ・・・」
八坂はライフルの銃口を下げた。
獣と戦っている二人の先輩の援護ができないもどかしさを感じながら、後ろの者の相手をする。
「お前は・・・、誰だ?」
「私は、桜班、班長、【鈴白響也】だ」
その名前を聞いて、緊迫の中に安堵か顔を出した。
(死神か!?)
響也は、自分たちの管轄地域に土足で踏み入ってきた輩の一人の命を握ったまま続ける。
「ひとつ聞こう。お前らは、何故ここにいる?」
首をざっくりやられてもたまらないので、正直に答えた。
「僕達の班長だ。UMAを探すのに夢中になって、あなた達の境界線を超えてしまった・・・」
「いや、都合がいい」
響也はThe Scytheの刃を引き、八坂の首にさらに強く押し付けた。
これには八坂も「ひいっ!」と悲鳴をあげる。
(こいつ、本当にやる気か!?)
響也は続けた。
「おい、私の下に見えるUMAが見えるか?」
「み、見えますとも・・・、そいつと戦ってるんだから・・・」
「あいつは、【バンイップ】というUMAだ・・・」
「バンイップ?」
響也はThe Scytheの刃は動かさず、身体をするりと滑り込ませ、八坂の顔を覗き込んだ。
「へえ、根暗な顔をしている・・・」
(以外に綺麗な人だな・・・)
凛とした美しさ・・・、まるで桜の精だ。
「で、僕は何をしないと行けないんですか?」
「簡単な話だ」
響也はやっとThe Scytheを離した。
「協力してもらうぞ。二体同時狩猟」
「えっ!?」
八坂が答えるよりも先に、響也が細い指をパチンと鳴らす。
その瞬間、八坂は後方から二人の気配が近づいてくることに気がついた。
「あの二人は!?」
「私の仲間に決まってるだろ?」
一人は、先程鉄平と戦っていた少年。
もう一人は、ショートヘアの少女。おっとりとした雰囲気だが、上品な美しさを醸し出している。
「なんでこんな登場の仕方なんですか?」
「仕方ないわよぉ、架陰くん。響也がどうしても『椿のヤツらをビビらせる』って言ったのだからぁ」
八坂は完全にバンイップから目を離して、響也、架陰、カレンを交互に見やった。
遅れて困惑が湧き出て、視界が揺れた。
(桜班の三人が参戦するのか!?)
そんなこと、我らが班長が許すはずがない。
「協力してもらうぞ・・・」
響也はThe Scytheを肩にかけ、ニヤリと笑った。
「ぼ、僕にそんな権限ないんですょ〜」
その③に続く
その③
に続く




