第23話 混戦 その①
海よりも空へ
果てのない宇宙へ
1
「二匹います!! こいつ、さっきの獣と違う!!」
八坂がそう叫んだ瞬間、椿班の前に立ち塞がる獣の形が揺らいだ。
「!!」
「水に変化する!」
獣の体が、半透明になり、後ろの電柱が見えた。
体表が、荒れる海のように波打つ。
そして、獣の頭から、スイカのような大きさの瘤が浮き出した。
「あれは!?」
獣から盛り上がる瘤はみるみる大きくなり、まるで産み落とされるかのように、地面に落ちた。
「水?」
地面に広がった粘性のある液体は、ズブズブと蠢き、浮かび上がる。
そして、獣の姿になった。
「分裂・・・、しやがった・・・」
三人の背筋に冷たいものが走った。
二匹となった獣は、徐々に形をまとめ、実体のある姿に変化した。
そして、二匹揃って「ガルルルル・・・」と唸る。
むきだした牙から、ドロっとした唾液が落ちた。
八坂は、ライフルを構えた。
「どうしますか?」
「やるしかねぇだろ・・・」
鉄平は引くことを知らない。鉄棍を握りしめ、腰を落とす。
山田がため息をついた。
「まあ、そうなりますね・・・」
班長の指示に従うのが、部下の役目。
班長に忠誠を誓うのが、椿班だ。
二匹の獣VS椿班。
その決戦の火蓋は、獣が地面を蹴って襲いかかってきた瞬間に切って落とされた。
「喰らえっ!! 鉄棍!!」
鉄平が、獣の脳天に鉄パイプを振り下ろす。
鈍い金属音と共に、鉄平の身体が一メートル後退した。
「ちっ!!」
鉄平は上体を捻って、獣の突進をいなす。
(正面からじゃあ、受けきれねぇ!!)
右脚を主軸として回転すると、獣の後頭部に一撃を食らわせた。
「どうだあっ!!」
鉄平が一匹と戦闘しているうちに、山田が走り出す。
「では、私はもう一匹の方を相手します・・・」
身長二メートルはあろう山田の手にはめられた手甲が、ギラっと光った。
襲ってくるもう一匹の獣の突進を受け止める。
「ふんっ!!」
山田の足は数センチ下がっただけで、獣の突進をものともしない。
「なるほど、牙に気をつければ、いい話ですか・・・」
山田はさらに力むと、獣を難なく持ち上げた。
「ガルル!?」
獣は手足をじたばたさせる。しかし、怪力の山田には通用しない。
「終わりです!」
山田は、ハンマー投げの投擲のように、獣の首根っこを掴んだまま回転した。
そのまま、塀に叩きつける。
ドンッ!!!!
ブロックを積み上げた塀は山田の剛腕と獣の重量が相まって、粉々に砕け散った。
「む!」
その瞬間、山田の腕から感触が消えた。
ザバンッ!!
と水が弾け、山田の手から擦り付けていく。
「しまった・・・、水になられましたか・・・」
「山田さん! 伏せて!!」
八坂がライフルのスコープを覗き込む。
山田は八坂の指示を聞いて、直ぐにしゃがみ込んだ。
障害物は消えた。
あの獣が実体に戻った瞬間に、引き金を引く。
「名銃 NIGHT・BREAKER!!」
ドンッ!!!!
鉄の弾が、空間に赤い閃光を走らせ、獣の頭を撃ち抜いた。
獣の頭が、弾け飛ぶ。
「ダメだ!」
八坂は歯ぎしりをした。
(タイミングが合わなかった!!)
直ぐに飛散した水が集まり、獣の頭を構成する。
「いいえ、これで大丈夫ですよ」
しゃがみ込んでいた山田が、すうっと立ち上がり、獣の頭に裏拳を放つ。
ボンッ!!
と鈍い音がして、獣の頭が180度ひん曲がった。
「グルルルアアア!?」
「首の骨を折りました」
怯む獣の頭を、両手で掴む。
「終わりですよ」
そして、まるで果物をもぐかのようにねじ切った。
ブジャアッ!!と、獣の血液が吹き出し、辺りに飛び散った。
山田の顔や体にも降り注ぐが、彼らの赤いスーツは、血液よりも鮮やかな赤色だった。
首を失った獣は、グラッとその場に倒れ込んだ。
「殺ったのか?」
別の一匹の相手をしていた鉄平が、視線だけを向ける。
「殺りました・・・」
「なら加勢しろ!」
鉄平は獣の突進をいなしながら叫んだ。
体術を基礎として、細身の体で戦う鉄平にとって、重量級の獣とは相性が悪い。
だが、山田、八坂の援護があれば十分に戦える。
その時だった。
「何!?」
鉄平の相手をしていた獣が、突然走り出す。
「逃げたのか!?」
「いや、違う!」
獣は鉄平、八坂、ましてや山田にも目もくれず、仲間の死体に駆け寄ったのだ。
「こいつ、仲間でも追悼してんのか・・・?」
獣は「グルルル・・・」と小さく唸ったと思うと、その白い牙を、仲間の死体に突き立てた。
「!?」
その瞬間、死体が水に変化して、獣の口にちゅるるんと吸い込まれた。
「仲間を、喰った!?」
そして、もう一度、「グルルル・・・」と唸る。
(まるで、笑っているみたいだ・・・)
八坂の予感は的中した。
先程と同じように、獣の身体が半透明の水に変化して、頭から瘤のような膨らみが現れる。
そして、獣から瘤はずるりと粘性のある液体がこぼれ落ちた。
液体が形を形成し、再び、あの獣の姿に変化する。
「こいつ、生き返った!?」
その②に続く
解説
二匹のバンイップは、雌雄の関係にある。もし片方が死んでも、もう片方がそれを食らうことで、生き返らせることができる。




