名刀・秋穂編 閉幕
それでも
僕たちは秋を求める
3
場面は移り変わる。
風鬼と一戦を交えた後、ヘリコプターによって撤退した『スフィンクス・グリドール』は、その後部座席にて、窓ガラスの外を眺めていた。
隣には、仮面を被った女が座っている。
女は仮面越しにスフィンクス・グリドールに聞いた。
「…どうして、戻ってきたのですか? もうすこしで、市原架陰を捕獲することができたのでしょう?」
「まあ、そうだね」
スフィンクス・グリドールは不機嫌そうに頷いた。
「少しだけ誤算が入った」
「誤算?」
「ああ、宝来風鬼が現れた」
仮面の女が息を呑むのがわかった。
「宝来風鬼って…、あの?」
「うん。かつて、アメリカの起こった【黙示禄の再臨】を沈め、そして、伝説となった男…のことだよ」
「貴方でも、倒すことができないのですか?」
「いいや」
スフィンクス・グリドールは窓の外を眺めたまま、にやっと笑った。
「まさかね。彼は、主戦力だった【悪魔の力】を失い、弱体化しているんだ。あの時、僕と彼が戦ったところで、勝ったのは僕だろうね」
「じゃあ…」
「だけど、戦うべきじゃなかった」
「え?」
仮面の女が声を上ずらせるのを横目に、スフィンクス・グリドールは顎に手をやって、含み笑いをした。
「なるほどね…、今まで海外にいた彼が、日本に戻ってきたか…。昨今の、悪魔の堕彗児の活動といい…、市原架陰の急速な成長といい…、うん、何かが起ころうとしているんだろうな」
「何かって…」
「きっと、面白いことだろうよ」
スフィンクス・グリドールは目を閉じ、窓にもたれかかった。
「宝来風鬼…、何を企んでいるのか知らないけれど…、君が守ろうとするもの、君が戦っているもの、全部僕のものにしてやるよ…」
スフィンクス・グリドールを乗せたヘリコプターは、ゆっくりと上空を滑空していった。
※
場面はまた移り変わる。
薄暗い部屋の中、木組みの椅子の上に、誰かが座っていた。
黒く重厚な扉が開き、黒布を纏った小柄な男が入ってきた。
男は、椅子に座っている人影に向かって、恭しく一礼した。
「王よ…」
「…ドウシタンダイ…?」
しわがれた声が返ってきた。
「王よ。宝来風鬼が、海外から日本に帰ってきました。スフィンクス・グリドールと交戦した模様です」
「ソウカイ…」
人影は笑みを含んだ声でうなづいた。
「ソレデ…?」
「はい、隠密隊によると、軽く能力の打ち合いをした後…、別れたとのこと」
「アア…、成程ネ…」
黒い影が、黒い天井を仰ぐ。
「ソロソロダネ…」
「そうですね」
黒布を纏った男は深く頷いた。
「もうすぐで…、市原架陰の【悪魔】の力が手に入る」
そういって、男は纏っていた黒布を取り去った。
現れたのは、細身ながら、筋肉粒々の身体。面長で、目元は獣のように光っていた。
「ここは、しばらく様子を見ましょう。スフィンクス・グリドールの存在が、市原架陰の強さに影響する可能性は十分、いや、必然だ」
男は下唇を舐めた。
「最後にすべてを手に入れるのは、我々、【悪魔の堕彗児】だ…」
名刀・秋穂編 閉幕
次回より、【決戦・四天王編】開幕




