名刀・秋穂編 閉幕 その②
氷の太陽を探している
四十三番目の水無月
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風鬼に抱えられた架陰と、香久山桜は、山道を三十分ほど歩いた後、アスファルトで舗装された広い道に出た。
そこには、黒いワゴン車が停まっていて、風鬼が近づいてきたのに気づき、窓が降りて、牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けた男が顔を出した。
未確認生物研究機関・桜班分署の【平泉】だった。
「風鬼さん! 大丈夫ですか?」
「ああ、平泉…、ありがとな」
風鬼はワゴン車の後部座席に、二人を座らせた。
「アクアに連絡はしたのか?」
「はい。もうすぐこちらに向かってくると思います」
「よし、じゃあ、アクアと百合班が来るのを待ってから、ここを出よう」
架陰はぐったりとしたまま、平泉に声を掛けた。
「あの…、平泉さん…」
「ああ、架陰くん、ゆっくり休むと良いよ」
「いや…、なんで、平泉さんがここに?」
「そりゃあ、もちろん、キミたちに危機が迫っているって聞いたら動かないわけにはいかないでしょう」
平泉は、眼鏡を白く光らせ、くいっと押し上げた。
「それに…、僕と風鬼さん、あと、アクアさん、椿班の味斗さんは同期だからね」
「え…」
風鬼と平泉の顔を見比べる。
風鬼はにかった笑った。
「驚いたか?」
「いや、まあ、前にそんな感じの話は聞いていましたが…」
「あと、『光』って女がいるんだが、今は海外だな」
「へ、へえ…」
平泉とアクアの同期に、こんな強い人間がいたことに驚きを隠せないでいると、森の奥から、アクアと心を抱えた、百合班の三島梨花と、葉月が出てきた。
二人とも、黒いワゴンが停まっているのを見て、意外そうな顔をした。
「うわ…、本当にいた」
「よお、百合班だな。アクアを守ってくれてありがとうな」
風鬼は、同期を守ってくれたことを労うと、二人にワゴン車に乗るように促した。
アクアは、「もういいわ」と言って、三島の背中から降りると、自身の足で立った。
そして、にやっと笑い、風鬼の方を見る。
「久しぶりね。風鬼」
「ああ、久しぶり、アクア」
二人は互いに見つめ合い、再会を喜び合った。
「風鬼、今まで何処に行ってたの? 日本に残ってた同期が、平泉と味斗だけで、寂しかったのよ」
「前に言っただろ? 海外でちょっと気になることを調べてたんだって」
「ちょっと調べるのに、五年もかかわるわけ?」
「ちょっとのんびりし過ぎちゃったかな」
風鬼がからっと笑う。
「とりあえず、桜班に戻ろう。残っているアクアの部下らが心配だ」
「…うん、早く帰ろうか」
平泉が手配したワゴンに、乗り込む。
全員乗ったのを確認すると、平泉の運転するワゴン車はゆっくりと発進した。
風鬼は、本拠地である桜班に戻る間に、今起こっていることを簡潔に説明した。
「スフィンクス・グリドールの狙いは、精神に【悪魔】を宿した、架陰、お前を捕縛して研究することだな」
「あ、はい。さっきもそう言われましたから」
「お前を奪還するために、嬉々島、豪島を手配して、襲わせたってわけだ」
それから、風鬼は百合班の三人に聞いた。
「それで? 百合班は何を聞いて、桜班の援護に来たんだ」
香久山が答えた。
「それは…、各地でスフィンクス・グリドールの部下が、架陰くんと関わりを持ったUМAハンターを襲撃し、誘拐し始めたからです」
「被害は?」
「向日葵班、薔薇班、あと、藤班が捕まりました。桜班と椿班がどうなったのかはわかりません。あと、私たちの副班長である【狂華】も、スフィンクス・グリドールに捕まって、人体実験を受けているという情報を得ました」
香久山桜はそう言うと、隣の架陰を見た。
「桜班は、ハンターフェスで一戦を交えた仲だから、あまり関わりたくはなかったんだけど…、そうも言っていられないからね」
「まあ、そうだな。ハンターフェスだって、スフィンクス・グリドールが主催した、対人戦を想定した人体実験。UМAハンターは基本的に協力すべきだよな」
その言葉に、アクアが大げさに肩を竦めた。
「ハンター同士協力ね。どこぞの班に聞かせてやりたいわ」
彼女が言いたいのは、初見で桜班に襲い掛かってきた椿班のメンバーのことだった。
風鬼がわははと笑う。
「味斗の奴が担当しているんだっけ?」
「そう。今は仲良くやってるけど、架陰なんて、あそこの班長に一回殺されかけているんだからねえ…」
鉄平のことだった。
「あの、風鬼さん…」
脱線しかけた二人の会話に、架陰が割って入った。
「どうした?」
「いや…、その、さっきの話なんですけど…」
下唇を湿らせて、言葉を紡ぐ。
「風鬼さんは…、悪魔とどういった関係なんですか? あと、ジョセフさんと」
スフィンクス・グリドールに立ち塞がれているところを、風鬼が助けに来た時、架陰の中の【悪魔】と【ジョセフ】は明らかに、彼のことを知ったふうな反応を見せていた。
風鬼とどう関係があるのか…。
「ん? あ、ああ…」
助手席に座った風鬼は、思い出したように頷いた。
「別に…、そこまで関係があるってわけじゃないさ」
そして、衝撃の事実を架陰に伝えた。
「お前の中にいる悪魔は、元々、オレに宿っていたんだからな」
その③に続く




