伝説 再び その③
笑えば涙が出る
泣けば笑っている
怒れば言葉は出ず
僕たちの心は欠陥品だ
3
「現れたな…、十年前…、アクアと共に目次禄の再臨を止めた英雄が…!」
「英雄じゃないさ。『宝来風鬼』と呼んでくれ」
スフィンクス・グリドールの前に現れた高身長の男は、にやっと笑ってそう言った。
突然の乱入。そして、スフィンクス・グリドールの動きを封じた男を前に、架陰、香久山桜はたじろぐしかなかった。
殺意はない。
だが、目を合わせるだけで足が竦む。
(なんだ…、この人…!)
男…、宝来風鬼が架陰の方を見る。
身構える。
彼はにこっと笑い、架陰に手を挙げた。
「よお、久しぶりだな」
「え…」
久しぶり?
そんなはずがない。架陰はこの男を会ったことは無い。今回が、「初対面」なのだ。
硬直していると、彼の頭の中に悪魔の声が響いた。
(架陰…、ワシノ言葉ヲアノ男ニ伝エロ…)
「え…、あ、うん」
架陰は、悪魔が彼の頭の中に囁く言葉をなぞるようにして、目の前に宝来風鬼に伝えた。
「ひ、久しぶりだな…」
「十年ぶりだな。完全に倒したと思っていたのに…、まだしぶとく生き残っているのか…。それで? 悪魔だけじゃなくて、ジョセフさんもいるのか」
「え…」
すると、今度はジョセフの声が架陰の頭の中に響いた。ジョセフの言葉も、架陰は風鬼に伝えた。
「ああ、まだ死ねないんだ。正確には死んでいるんだけど、魂が悪魔と融合してしまってね…。こうやって、まだ中途半端な状態で生き永らえている…」
「そうか。あんたも災難だよな」
風鬼はため息交じりにそう言うと、架陰の頭をぽんぽんと撫でた。
敵意はない。柔らかな手だった。
それから、風鬼氷漬けになっているスフィンクス・グリドールの方を向き直った。
「よお、スフィンクス・グリドール」
「久しぶりだね。宝来風鬼…。ここに、なんの用かな?」
「決まってんだろ。大事な大事な後輩を…、マッドサイエンティストから護りに来たんだよ」
「マッドサイエンティスト…? 僕のことかい?」
「他に誰がいるんだよ」
「心外だねえ…。僕は人類の未来のために…、市原架陰を捕えようとしているんだよ?」
「他のUМAハンターを捕縛してもか?」
風鬼の目が光る。
スフィンクス・グリドールが大げさに身震いした。
「十年前、悪魔を宿していた君にならわかるはずだ。市原架陰に憑いている悪魔は、災厄【目次禄の再臨】を引き起こした元凶。そして、世界中にDVLウイルスをばらまいて、人々を絶望の渦に巻き込んだんだ。放置していれば、どうなるか…」
「だからと言って、人の尊厳を踏みにじるべきじゃねえだろうよ」
風鬼は舌打ち交じりに言うと、右手を氷漬けになっているスフィンクス・グリドールに翳した。
パキパキ…、パキパキッ!
と、彼の手のひらから透明の氷が隆起する。
氷は軋むような音を立てながら形を変え、一本の槍のような形となった。
「どうする? ここでオレに脳天をぶちぬかれるのと、退くの…、どっちがいい?」
「馬鹿じゃないですか?」
バカンッ!
と、スフィンクス・グリドールを封じていた氷が粉々に砕け、スフィンクス・グリドールが飛び出した。
「四天王の僕に勝てるとでも?」
空中で体勢を整えるスフィンクス・グリドール。ベルトに挟んでいた剣を抜くと、虚空に向かって振り下ろした。
白い斬撃が風鬼に迫る。
「ったく!」
風鬼は手の中で生成した氷の槍を、迫る斬撃に直撃させた。
バキンッ!
と、氷の槍が粉々に粉砕する。斬撃も相殺した。
着地したスフィンクス・グリドールは、地面を滑るようにして回り込むと、風鬼の死角から刀を切り上げた。
だが、刃を空を切る。
「ッ?」
「馬鹿はお前だよ」
ステップを踏んで、立ち位置を変えた風鬼が、スフィンクス・グリドールの腕を掴む。
「オレは、伝説のハンターだぜ?」
手から隆起させた氷を刃のように変形させ、鋭い切っ先を、スフィンクス・グリドールの眼球に向かって突き刺す。
直前で、スフィンクス・グリドールが風鬼の手を振り払って後退した。
「おっと、逃がした!」
「ッ…」
スフィンクス・グリドールが悔しそうに奥歯を噛み締める。
お互いに動くことができず、しばらく睨み合いが続いた。
「なあ、スフィンクス・グリドール」
風鬼が言った。
「お前…、卑怯だとは思わないのか?」
「思わないね」
即答。
「所詮はラット。そして、これは戦いではない。研究だ。貴方たちが卑怯な手と呼ぼうが…、僕は、研究対象を得るためにはどんな手でも使う…。非人道的だと言われようがね」
「それで、オレに反撃を喰らったらせがないな」
「………」
風鬼はにやっと笑うと、立ちすくんでいる架陰に歩み寄り、彼の肩を掴んで寄せた。
「一週間だ。一週間でコイツを強くする」
「………」
「その時、本当の決着をつけようじゃねえか」
第160話に続く




