【第158話】 最悪 その①
それでよかったんだ
死んでよかったんだ
それでよかったんだ
殺してよかったんだ
それでよかったんだ
消えてよかったんだ
それでよかったんだ
今日も僕は生きている
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「さてと…」
スフィンクス・グリドールからの刺客、嬉々島と豪島の捕縛に成功した、百合班三席『三島梨花』は、顎に手をやって辺りの様子を見渡した。
傍には、ココロとアクアが倒れている。
「この二人を担いで、さっさと山を降りようか」
「え…」
その判断に、四席の葉月が困惑した色を浮かべた。
「あの、梨花さん、この人たちは…」
先輩と、嬉々島らの顔を見渡しながら言った。
「この人たちは? 捕えなくていいんですか?」
「捕えたいところだけど…」
三島梨花は苦虫を噛み潰したような顔をした。
嬉々島と豪島は、三島が放った植物の蔦に身体を拘束され、その場で見悶えている。彼らを倒すのは今しかなかった。
しかし、それはできない。
「こうやって動きを封じられたのは、たまたまさ。たまたま…、こいつらの隙を突くことができたから…」
三島にはわかっていた。この二人が、自分たちよりも遥に格上であるということを。
もし、下手に捕えて連行してみろ。
おそらく、何らかの隙を突かれて脱走し、反撃を喰らう恐れがあった。
「葉月、この二人はここに置いておく。早く離れよう」
「はあ…」
葉月は納得いかないような顔をしていたが、こくっと頷いた。
倒れているココロを抱え起こす。
「ええと、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
ココロは大丈夫そうではない顔をして頷いた。
脚に疲労が蓄積しているのか、上手く動けない。そのまま、葉月に支えてもらう形で立ち上がった。
ココロは素直に礼を言った。
「誰だか知らんが…、ありがとう…、助かったよ」
「い、いえ…」
葉月は気押されながら首を横に振った。
(この子…、初めて見る顔ね…、ハンターフェス以降に桜班に配属になったのかしら?)
お互いの自己紹介は後にし、三島梨花はアクアを、葉月はココロを背負って立ち上がった。
三島に背負われたアクアが言った。
「どうして…、百合班がここに?」
「説明は後だ。とにかく、早くここを離れるぞ」
三島はそう言うと、下駄をカツンッ! と踏み鳴らして走り出した。
三島の後を追い、葉月も走り始める。
四人の姿が、道の向こうへと遠ざかっていく。
それをじっと見ていた嬉々島は、「あーあ」と声を上げた。
隣の豪島もまた、「あーあ」と、ため息をつく。
二人同時に呟いた。
「「愚かな…」」
地面から生える樹木の根で身体を拘束され、身動きを取ることができない。
だが、二人は余裕そうな笑みを浮かべていた。
嬉々島が天を仰ぐ。
「本当に愚かだよ…、抵抗せずに…、僕たちに連れていかれていればいいものを…」
「そうだなあ…」
豪島もそう、わざとらしく言った。
「スフィンクス・グリドール様から…、逃げられるとお思っているのかあ?」
「いや、無理だろうな…」
嬉々島が白い歯を見せてニヤッと笑った。
「市原架陰よ…。ハンターフェスに出場したことがあるキミなら…、スフィンクス・グリドール様と一戦交えたことがあるキミならわかるはずだ…」
次の瞬間、頭上から、バラバラバラ…と、ヘリのローター音が聞こえた。
山の木々がざわざわと震える。
肌寒い風が吹き抜け、砂塵を舞いあげた。
バラバラバラバラ…と、ヘリの音が近づいてくる。
その音を聞いた嬉々島は言った。
「…スフィンクス・グリドール様の能力を…忘れたか?」
ダンッ!
と、嬉々島と豪島の目の前に誰かが降り立った。
女のような金色の長髪。人形のように白い肌。目元と口元はにやっと笑い、肌を這うような「殺意」を宿らしている。
二メートル近い高身長、そして、それを包み込む白衣。
四天王の一人…【スフィンクス・グリドール】がそこに立っていた。
「やあやあ…、嬉々島、豪島…、大丈夫かい?」
スフィンクス・グリドールはにこっと笑うと、捕縛された部下に向かって手を振った。
捕縛された状態で、二人は主人に向かって頭を下げた。
「もうしわけありません…、スフィンクス・グリドール様…!」
「百合班の襲撃に合い、市原架陰を取り逃がしてしまいました!」
部下の失態に、スフィンクス・グリドール様は怒る様子を見せなかった。
にこにこと笑ったまま、「いいよお、別に」と笑う。
「実験に失敗はつきものさ…、失敗しないことに、進歩はない…、人間の発展は存在しない…」
吹き付けた風が、スフィンクス・グリドールの白衣を揺らす。
彼の眼球が、赤く光った。
赤く光った目で、スフィンクス・グリドールは崖の下にある森を見た。
「久しぶりだね…、市原架陰…」
にいっと笑う。
「そろそろ、鬼ごっこは終わりにしよう…」
その②に続く




