百合班 再び! その③
世界にちりばめた百合など
今はもう覚えていない
荒野に佇むは一つ
赤枯れた桜の大木
3
場面は移り変わる。
「……うう…」
架陰が目を開けた時、彼は、誰かに抱かれて山道を駆けていた。
「え…」
「あ、気が付いた? 良かった」
架陰を抱えていた女がこちらを見る。
宝石のように煌びやかな瞳。頬は透き通るように白く、唇は桜のように染まっていた。
足場の悪い地面を駆けるたびに、彼女が纏っていた着物と、赤茶色の髪の毛が柔らかく揺れる。かすかな香水の香りが鼻を掠めた。
「いや! 誰!?」
知らない女だった。
「え…、誰? え! 誰!」
「あ、ごめんごめん、そう言えば、キミとは初対面だったね」
美人はくすっと笑った。
「私の名前は、【香久山桜】、百合班の班長よ」
「ゆ、百合班…」
それを聞いた途端、架陰の頬を冷や汗が伝った。
思い出すのは、ハンターフェスの時。
彼は、百合班の三席【三島梨花】と刃を交えて、勝利していたのだ。
あの時のことを思い出してか、香久山桜はにこっと笑った。
「ハンターフェスの時は、梨花ちゃんがお世話になったわね」
「あ、はあ…」
完全に恨まれてる。
ハンターフェスのことは一旦置いておいて、架陰は聞いた。
「あの…、これは、何が起こっているんですか?」
言葉を発した瞬間、わき腹に痛みが走る。
思わず身を捩ると、香久山桜は「ああ、ごめんね」と、彼の頭を優しく撫でた。
それから、着物の襟から胸元に手を入れると、白い丸薬を取り出す。
「【百合丸】。食べなさい。回復薬だから」
架陰が返事するよりも先に、口に丸薬を押し込まれる。
架陰が飲み込んだのを確認してから、香久山桜は言った。
「スフィンクス・グリドールが動き出したの」
「それは、あいつらを見たらわかるんですけど…、どうして百合班の皆さんが?」
「本当はこんなことをするつもりは無かったわよ」
香久山桜はもどかしそうに言った。
「簡潔的に言えば…、スフィンクス・グリドールが、次々に、『市原架陰に関わった人間』を捕らえているのよ」
「僕と、関わった人間を?」
「ええ…、キミたちは山の中にいたからわからないだろうけど、この二日間で、多くのUМAハンターが捕まったわ。もうすでに、薔薇班…、向日葵班、藤班の人間がスフィンクス・グリドールの刺客に捕まってる。百合班のところにも襲撃があったわ。返り討ちにしてやったけど」
「ど、どうして…?」
「それは、キミが一番わかっているんじゃないの?」
香久山桜が射抜くような目を向けた。
確かに、心当たりはあった。
スフィンクス・グリドールは「悪魔」の研究を熱心に行っている。そのため、十年前に【目次禄の再臨】を引き起こした悪魔を魂に宿している架陰は、絶好の研究対象だ。
そして、その架陰と関わった人間。
彼らに、架陰の悪魔が与えた影響だって、研究対象になるのだ。
「私ね、クロナちゃんと戦ったのよ」
「クロナさんと?」
「うん、ハンターフェスの時に」
「ああ…、そう言えば彼女、そんなことを言っていたような…」
「その時、彼女の背中から【黒翼】が生えたのを見ているのよね」
「……」
心臓を射抜かれたような気分だった。
気づかれている。
架陰に取り憑いた悪魔は、彼の周りにいる者に、【能力】を付与できるということに。
クロナの【黒翼】の能力。
響也の【死神】の能力。
おそらく、スフィンクス・グリドールもそれに気づいていたのだろう。
ハンターフェスの時、彼と関わった人間はどれだけいる? 薔薇班…、向日葵班…、藤班…。それだけじゃない。椿班や百合班の人間とも関わった。
「……」
架陰が難しい顔をしているのを見て、香久山は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫よ。身体の力を抜きなさい」
「え…」
「言っておくわね。私たち、百合班は、全面的に桜班に協力するわ。特に、四席のキミには」
「どうして…」
「どうしてって、わかるでしょう?」
香久山の目元に力が籠った。
「スフィンクス・グリドールに、私の所の【副班長】が捕まったの。そして、酷い拷問を受けているみたいなの…。そんなの、助けにいかないとダメでしょうが」
「……」
「他の班の人間もそうよ。もう既に、十人以上が捕まっている。スフィンクス・グリドールなら、人道に背くことをやりかねないわ」
無意識か、香久山桜は架陰を抱く力を強くした。
「ってことで、協力してもらうわよ」
第158話に続く




