百合班 再び! その②
握りつぶすは百合の花
ちぎり落とすは桜の吹雪
2
「百合班の人間か!」
襲撃してきた者たちの正体に気づいた嬉々島は、すぐさま能力を発動した。
風を巻き起こし、視界を奪う花吹雪を一瞬にして吹き飛ばす。
視界が晴れたタイミングで、目を血走らせて四方八方を見渡した。
「いた!」
前方三十メートル先。
機能的ながら豪華絢爛な装飾が成された着物を身に纏った女が、血まみれの架陰を脇に抱え、ガードレールを乗り越えて崖の向こうへと飛び降りようとしている。
赤茶色の長髪は、風に揺れ、薄い光を反射して煌々と煌めく。透き通るような頬に、見透かされるような瞳。唇は花が咲いたように赤い。
あれは、百合班の班長【香久山桜】だった。
「逃がさないっ!」
彼女の目的は一瞬で理解した。
架陰を救出しに来たのだ。
嬉々島は脚に風を纏わせて、一気に加速しようとした。
だが、足首を何かが掴む。
ガクンッ! と、身体が下がった。
「なっ!」
見ると、地面から太い根が伸びてきていて、嬉々島の動きを封じていたのだ。
「これは…!」
「嬉々島!」
すかさず、豪島が動いたが、彼の足にも、アスファルトを押し破って伸びてきた根が絡みつく。
二人とも、動きを封じられた。
頭上から女の笑い声がした。
「あははははははっ! ざまあねえな!」
見上げた瞬間、香久山桜と同じ絢爛な着物を纏い、茶髪を後ろで括った女が飛び降りてくるのがわかった。
彼女は獣のような目を嬉々島に向けると、右手に持っていた、身の丈のほどの大剣を彼の脳天に振り下ろす。
嬉々島は咄嗟に能力を発動させると、巻き起こった風圧で女の一撃をいなした。
女は「おっと!」と余裕そうな笑みを浮かべて、少し離れた場所に着地する。
「へへえ…、なるほどね」
「三席の【三島梨花】ですか…」
「あれ? 初対面なのに知っているのか?」
「知ってますとも」
おそらく、この足元から伸びている根は、三島梨花の【名刀・葉桜】による能力。
「厄介ですね」
「だろ? 植物の根ってのは、案外強いんだよ」
三島は八重歯を見せてにいっと笑うと、身の丈程の大剣を地面に突き刺した。
「名刀・葉桜、拘束しろ」
アスファルトを打ち砕き、無数の植物の根が地面から飛び出す。
それらは、生き物のようにうねった後、嬉々島、豪島に巻き付いて、動きを完全に封じた。
「へへ、ざまあねえな」
「あ、あのお、梨花さん…」
三島の隣に、黒髪の少女が立った。
「スフィンクス・グリドール様の直属の部下さんに、こんなこと、していいんですかねえ」
彼女もまた、三島、香久山桜と同じ着物を身に纏っている。
おどおどと泣きそうな顔をしている彼女の名前は、【篠川葉月】と言った。
「おこられませんかねえ」
「ビビり過ぎだろ、この馬鹿葉月!」
三島はどすのある声で言うと、後輩の頭をコツンと殴った。
「アタイらは、こいつらに狂華をやられたんだ。だったら、それ相応に仕返しするのが当たり前だろうが」
「で、でもお…」
三島は、びくびくしている篠川葉月を無視して、拘束されている嬉々島と豪島を見た。
「さて、どう思った?」
「どうって…」
嬉々島はもどかしそうな顔をした。
「まさか…、百合班の襲撃があるとは思いませんでしたよ」
「アタイも、まさか桜班を助ける日が来るとは思わなかったよ」
三島梨花は半笑いで言った。
彼女と桜班は、一度ハンターフェスで戦ったことがある。最初は善戦したものの、最後は架陰の一撃で負けてしまったのだ。
本来、百合班と桜班は敵対関係にあるはずだった。
三島はちらっと目を向け、架陰を連れた香久山がガードレールの向こうに逃げたことを確認した。
「架陰はもうお前たちの手には届かない」
「まさか、我々の目的をしっているのですか?」
「もちろんだとも、狂華から連絡があったからな」
三島は苛立ったように、嬉々島と豪島に言った。
狂華という名前を聞いて、嬉々島の顔がぴくっと動く。
「どうして、狂華さんのことを?」
「全部しっているに決まってんだろ」
すると、隣の篠川葉月がこくこくと頷いた。
「あの…、つい最近、行方不明になっていた狂華さんから、連絡があったんです。『スフィンクス・グリドールに捕まって、実験を受けている。助けてくれ』って」
篠川葉月の声にも、怒りが混じっていた。
「狂華さんは、私たちの大事な仲間ですよ? 私たちが放っておくと思いますか?」
すると、嬉々島はにやっと笑い、悪意の籠った声で言った。
「ああ、あの女…、もう逃げる気力を失くしたのかと思ったら…、へえ、実験場から、命からがらそんなことを…」
「おい、てめえ、うちの狂華に何をした?」
三島が、大剣の切っ先を嬉々島に向ける。
嬉々島は笑うだけだった。
その③に続く
補足
狂華は、悪魔の堕彗児の一味です。もとはUМAハンターでしたが、DVLウイルスの影響で敵側についてしまったということですね。一応、百合班のメンバーへの忠誠はあります。ですが、仕方なくスパイをしています。
それに気づかれ、スフィンクス・グリドールに拘束されて、人体実験を受けています。
この描写は、もっと先に書きたかったのですが、どうしてもタイミングが合いませんでした。もうしわけない。




