【第157話】 百合班 再び! その①
白百合に期待などしない
抱くのは憎悪の塊
砕くは一縷の望み
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「ぐ、うう…」
脇腹を抉られた架陰は、悲痛な声を上げながらその場に膝まづいた。
背後に立った嬉々島が、彼を蹴り飛ばし、肩の辺りを踏みつける。
「はい、捕まえた」
完全に油断していた。
嬉々島と、突然助っ人に現れた【豪島甲賀】が、ココロの攻撃を引き付けたのは、彼女を仕留めるためではない。
架陰の意識をココロに持っていかせ、足元からの攻撃を確実に当てるためだったのだ。
「せ、センパイッ!」
架陰の異変に気づいたココロは、豪島から離れると、一直線に架陰の方へと走り出した。
すかさず、豪島の筋肉隆々の腕がココロの腕を掴み、地面に叩きつける。
「がはっ!」
「よお、餓鬼! 少しおとなしくしてろや!」
そのまま、革靴でココロの腹…、子宮の辺りを踏みつけにする。
「があああああああっ!」
ココロは喉の奥から断末魔のような叫びを上げた。
架陰の動きを封じた嬉々島。
ココロの動きを封じた豪島。
二人は、満足げに笑うと、指を鳴らした。
「「これにて、任務完了!」」
と言った瞬間、体勢を整えたアクアが、姿勢を低くし、地面を這うようにして嬉々島に斬り込む。
嬉々島はさっと身を引くと、風を発生させて、アクアの身体を地面に組み伏せた。
「くっ!」
「総司令官も仕留めた…、これで完全敗北ですね…」
そう言うと、嬉々島は白衣の内ポケットに手を入れる。
しかし、すぐに架陰との戦闘で、右手がぐちゃぐちゃに潰れていることを思い出した。
「あ…、しまった…、使えないんだった…」
豪島に言った。
「豪島! 頼む!」
「おうよ!」
豪島はにかっと笑うと、白衣の内ポケットに手を入れ、三つの手錠を取り出した。
まず、足元で蹲っているココロを拘束する。
拘束されている間、ココロは口から涎を垂らしながら豪島を睨みつけていた。
「てめえ、人の腹を容赦なく踏みつけやがって…」
「乳臭い餓鬼がうるせえよ」
豪島は意に返さず、ココロを蹴り飛ばした。
それから、アクアの方に駆け寄り、拘束した。
二人の動きを封じると、残ったのは架陰だった。
脇腹から絶えず血が流れており、彼は顔面蒼白で二人を睨んだ。
「僕を…、これからどうするつもりだ…!」
「決まっているじゃないですか」
嬉々島が架陰の腕に手錠をはめる。
「スフィンクス・グリドール様のところに連行して、研究されるんですよ」
「……」
「スフィンクス・グリドール様は、悪魔の研究に熱心なお方だ。ずっと、十年前に【目次禄の再臨】を引き起こした悪魔の王を宿している貴方を欲しがっていた…」
「悪魔を、研究して…、どうするつもりだよ…」
「貴方にわかるはずがない…、スフィンクス・グリドール様のお考えなど」
嬉々島は少し突き飛ばすような声で言った。
「スフィンクス・グリドール様は、この世界の未来について考えているお方だ…、君のように、たかがUМAのために、崇高な【悪魔の王】の能力を使いあぐねている人じゃない」
「世界の…、未来?」
「わからなくて結構」
嬉々島は架陰を強引に立たせた。
「さあ、私たちの研究施設に来てもらいますよ…」
そう言われて、アクア、ココロと共に連れ去られそうになる。
その時だった。
ヒュンッ!
と、空を裂く音がしたかと思うと、嬉々島のすぐ横に、薙刀が突き刺さった。
薙刀は、身の丈ほどの長さで、刃は桜色。柄の部分には、花柄の装飾がなされ、刃の根元に付けられた羽根の装飾が風に揺れている。
嬉々島は眉間に皺を寄せた。
「薙刀…? なんだ、これは…? 一体どこから…」
その瞬間。薙刀の突き刺さった半径十メートルの地面から、薄紅の光が湧き上がった。
それは、まるで豪雪地帯の雪のように立ち込め、その場にいた者たちの視界を奪う。
「これは…」
嬉々島と豪島は、咄嗟に白衣の袖で口元を覆った。
見えない。
周りが全て、桜花吹雪のような光に埋め尽くされ、見えない。右や左の感覚も、全てこの薄紅にかき消されれていく。
「これは…!」
見覚えがある能力…。
そう思った瞬間、何処からともなく声がした。
「いかがですか? これが私の、【名刀・ソメイヨシノ】の能力」
ヒャンッ!
と、空を一閃する音。
咄嗟に身を引いたものの、嬉々島の胸の辺りに赤い線が走り、遅れて血が噴き出した。
傍にいた架陰の感覚が消え去る。
「しまった!」
嬉々島は舞い散る桜の花吹雪の中、神経を集中して、架陰の居場所を探ろうとした。
次の瞬間、死角から女の声がした。
「喰らってください! 【名刀・黒葉月】・【落ち葉操作】ッ!」
ヒュンヒュンッ!
と、大量の硬質化した落ち葉が押し寄せてきて、嬉々島の身体を掠める。
まるでカッターナイフで切りつけられたかのような、浅い傷が身体中にできた。
「くっ!」
痛みのあまり、その場に膝まづく。
「豪島!」
「すまん! オレもダメだ!」
豪島も、桜の目くらましに平衡感覚をやられていたのだ。
「くそお!」
嬉々島は目をひん剥き、悔しさのあまり地団太を踏んだ。
「現れたな! 【百合班】の人間が!」
その②に続く
百合班の再登場です
彼女たちの活躍は、【ハンターフェス編】を再読してください。
「いつかは再登場させよう」と思いながら、ここまでひっぱってきてしまいましたね。




