嬉々島VS架陰&ココロ その②
風の赴くまま
僕たちは地獄につま先を触れている
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「いやあ…、初見であの技を見切るとは…」
嬉々島は貼り付けたような笑みを浮かべると、操り人形のようにカクついた動きで立ち上がった。
陽光を反射して、彼の手首から生えた刃が鋭く光る。
ココロは前身に冷や汗を吹き出しながら、目の前の男と対峙する。
「こいつ…、なんだよ、今の動きは…」
「ココロ、落ち着いていこう」
架陰がココロの横に立ち、気を落ち着かせることを促した。
「相手は、四天王の部下だ」
「だから、ボクはそう言うのはわからないんだよっ!」
「『強い』。これでいいだろう?」
架陰は息を潜めるようにしてそう言った。
彼には、四天王の一人である『スフィンクス・グリドール』に敗北した記憶がある。
何度立ち向かっても、気味の悪い笑みで架陰や、共闘した鉄平、百合班のハンターを翻弄し、そして、全滅にまで追い込んだ実力者。
その部下が『嬉々島』なのだ。
油断していて…、甘く見ていて勝てる相手ではないと、肌で感じ取った。
「ココロ、数では僕たちの方が上だ。落ち着いて、着実に攻めていこう」
架陰はそう言うと、腰帯に差してあった刀を抜いた。抜いたのは、【名刀・赫夜】ではない、【名刀・夜桜】の方だった。
それを見て、ココロは「あ…」と思う。
架陰は、最初から本気だった。
「…名刀・夜桜、刀身顕現」
そう呟いて、自身の能力【魔影】を発動する。
すると、彼の皮膚から湧き立った黒いオーラが、名刀・夜桜の柄の辺りに収束し、漆黒の刃を形作った。
「おやあ、その刀は…」
架陰の刀を見て、嬉々島はにやっと笑った。
「新しい刀ですか? 前に持っていたものは、スフィンクス・グリドール様が粉々に砕きましたからねえ」
「そうだよ」
架陰は頬を伝う汗を舐めて言った。
「前みたいには…、いかないよっ!」
そう叫ぶと共に、黒い刀を虚空に向かって振り下ろす。
「【悪魔大翼】ッ!」
刃から、三日月のような…、はたまた、悪魔の翼のような黒い斬撃が放たれ、地面を割りながら嬉々島に迫った。
「おっとっ!」
嬉々島は余裕の笑みを浮かべ、その場から飛び退く。
斬撃の射程範囲から離れた場所に着地した。
前を向き直った瞬間、目の前に【名刀・秋穂】を握ったココロが迫っていることに気づく。
「おおっと!」
「おら、死ねよ」
ココロは無慈悲に言うと、刀を一突きした。
これも、嬉々島は上体をのけ反らせて躱す。
「なるほど、さっきの斬撃は、陽動ですか」
「だったらなんだよ」
ココロは手首を返すと、空気を裂いて刀を振り下ろした。
だが、嬉々島はぐにゃっと上体を捻り、これを躱す。
人間離れした動きでアスファルトを転がると、そのまま、ココロの間合いから離れた。
「うへえ、こりゃあすごい。危うく斬り殺されるところだった!」
「こいつ…」
嬉々島の余裕の表情に、ココロが気後れする。
すかさず、背後から架陰が飛び出してきて、嬉々島に向かって間髪入れない斬撃を放った。
「【悪魔大翼】ッ!」
黒い斬撃。
嬉々島はにやっと笑ったまま、微動だにしない。
恐怖に駆られたのか、それとも、この一撃必殺の攻撃を対処する手立てがあるのか。
次の瞬間、彼は右手首から生えた刀を、迫りくる斬撃に向かって一閃した。
「【宵之隙間風】…」
バチンッ!
と、電撃が弾けるような音がした。
架陰が放った攻撃は、空中で黒い粒子となって飛散し、嬉々島には当たらなかった。
「え…」
相殺された…?
架陰の思考が鈍った瞬間、彼の右肩に、刀で斬りつけられたような傷が走り、約一秒遅れて、赤い血が吹き出した。
「ぐう…!」
ぐらっと、架陰が体勢を崩す。
嬉々島はにやにやろ笑ったまま、右手首から生えた刃を虚空に向かって、悠々と振った。
「【花風三歩流星群】…」
その瞬間、山道を生ぬるい風が吹き抜けた。
「な、何が…」
これは能力だ。
嬉々島が保有する、何かの能力が発動した合図だった。
架陰は肩の傷を抑えて、来る衝撃に備えようとした。
しかし、身構えた次の瞬間、隣にいたココロの肩から胸にかけて、雷に打たれたように赤い亀裂が走った。
「え…」
狙われたのは、ココロだった。
ココロは傷口から血を噴出させると、刀を地面に落とし、その場に膝から崩れ落ちた。
「ココロッ!」
「楽しいですねえ…」
傷ついた二人を見て、嬉々島はねっとりとした声で言った。
その時、架陰は、嬉々島の背後から、墨汁のように黒いオーラが染みだし、空気中でもくもくと蠢いていることに気づいた。
「……あれは」
まるで、架陰の【魔影】のような物質だった。
嬉々島は架陰の心を見透かしたように言った。
「これ…、オモシロイでしょう?」
嬉々島の背中を漂う黒いオーラは、形を変え、何かの生き物のような姿になった。
「これが私の能力、【魔獣・風神】ですよ」
その③に続く




