スフィンクス・グリドール動く その③
だから猿は嫌いなんだ
生きる理由を知らないまま死ね
3
嬉々島荒田が、三人に一歩近づく。
「さあ、おとなしく来なさい」
「おとなしく来なさいって言ったって…」
架陰は嬉々島を威嚇するように言った。
「僕は、お前に『おとなしく来なさい』って言われるような覚えは無いんだけど!」
「無いのは仕方がないこと」
嬉々島は恭しく腰を折る。
「何故なら、今日、我らが主、【スフィンクス・グリドール】様が決定したことなのですから…」
「スフィンクス・グリドール…!」
嬉々島の発した言葉は、まるで鈍器で殴られるような勢いを持って、三人に降りかかった。
四天王の一人である【スフィンクス・グリドール】。戦闘面でも最強格だが、組織の地位としても、『最強』に近い存在なのだ。
「スフィンクス・グリドール様の命令は絶対です。私は、貴方様方を彼のもとにお連れする。貴方は、スフィンクス・グリドール様の研究の糧となる…」
「研究の糧…?」
黙って聞いていたアクアの頬から、冷や汗が流れ落ちた。
思い出すのは、桜班のメンバーが、白蛇を討伐するために、山の中に入っていた時。
外で待っていたアクアのもとに現れたスフィンクス・グリドールが言った言葉だ。
「新しく入った、市原架陰って子、面白いよね? 頭を輪切りにして調べたいな…」
その言葉を思い出した瞬間、アクアの背筋に冷たいものが走った。
やはり、スフィンクス・グリドールの目的は、最初から市原架陰。
悪魔を宿した、架陰だったのだ。
「スフィンクス・グリドール様は、長年、悪魔の研究に明け暮れています。十年前の【目次禄の再臨】で、アクア様たちに討伐された悪魔…、その悪魔が、架陰様に宿っているのですよ? これを調べずして、人類の発展がありますか?」
ザリッと、嬉々島が半歩踏み出す。
架陰は半歩下がった。
アクアの指がぴくっと動く。
その瞬間、嬉々島がアクアを制した。
「おっと、動かないでください。アクア様」
「……」
「総司令官である貴女ならわかるはずです。四天王の一人であるスフィンクス・グリドール様に逆らうことがどういうことなのかを…」
「もちろん、わかってるわ」
アクアは心の中で舌打ちをしながら頷いた。
やはりこの男、ただ者ではない。アクアが少し指を動かしただけで、空気に殺気が混じるのを感じ取り、制した。
嬉々島はにやっと笑った。
「賢いお方だ。流石、十年前の目次禄の再臨を防いだ伝説のUМAハンター」
そして、右手首から生えた刃をアクアに向けた。
「これなら、問題なく、貴方たちをスフィンクス・グリドール様のもとに連れていけそうだ」
その時だった。
今までじっとしていたココロが突然動く。
音もなく、瓦礫が散らばるアスファルトを踏みしめ、ぬらりぬらりと、嬉々島との距離を詰めた。
殺気を極限まで抑え、日々の鍛錬で磨きあげた、寸分違わぬ斬撃を振り上げる。
ギンッ!
劈くような金属音が響いた。
「ちッ! 仕損じた!」
超精密な斬撃だったにも関わらず、嬉々島はそれをいなした。
余裕を持った表情で、ココロの顔をまじまじと見た。
「おや、貴方は…、誰です?」
「心響心! よろしくッ!」
ココロは低い姿勢のまま身を捩り、左手に握った刀の鞘を振り切った。
嬉々島はバックステップを踏んで、鞘の襲撃を躱した。
とんとんと、脚でリズムを整えながら、新入りの顔を一瞥する。
「ほう…、桜班に入った新しいUМAハンターですか…」
「おうよ!」
ココロは元気な返事と共に、嬉々島に斬りかかる。
嬉々島は、ココロの斬撃を、右手首から生えた刃でいなしながら語った。
「心くんですね…。新入りの貴方に教えてあげましょう。スフィンクス・グリドール様の命令を受けた私に逆らうことは許されませんよ?」
「生憎! ボクは新入りなもんでね!」
ココロは好戦的にそう言うと、振り下ろすと見せかけた刀を、素早く手首を返し、横に一閃した。
シュンッ!
と刃が空と嬉々島の頬を掠めた。
「そういう上下関係とかわからないんだわ!」
「なるほどね」
嬉々島は頬についた血を拭いながら、ココロを睨んだ。
「ならば、教えてあげましょうか。四天王に逆らったらどうなるのかを…」
「結構!」
ココロは間髪入れずに斬り込む。
「ボクは物覚えが悪くてね! 多分、覚える前にお前を斬り殺してる!」
続く




