スフィンクス・グリドール動く その②
我が身一つで
この世界の裏側が知れるなら
僕は喜んで雲の上に立とう
2
頭の中に浮かぶのは、女のように長い金髪に、風にたなびく白衣。威圧するような高身長に、全てを見透かしたような眼球。飄々とした声。
そして、敗北の記憶。
「スフィンクス・グリドールだと…?」
久しぶりに聞くその名前に、架陰は困惑した。
「お前…、今、確かに、『スフィンクス・グリドール』って言ったよな!」
そう確認するように、アクア、架陰、ココロの三人の前に現れた、【嬉々島荒田】という男に聞いた。
嬉々島荒田は「はい、そうですよ」と恭しく頷く。
「私は、スフィンクス・グリドール様に言われて、ここに来ましたから」
「スフィンクス・グリドールの命令…?」
架陰とアクアが混乱して目を回しているところに、何も知らないココロが割って入った。
「あ? 誰だよ、スフィンクス・グリドールって」
「四天王の一人よ」
アクアが代わりに答えた。
UМAハンターには【四天王】という階級が存在する。その名の通り、UМAハンターの中で「最強」と謳われる四人のことだった。
嬉々島荒田の背後に控える「スフィンクス・グリドール」も、その四天王の一人だった。
架陰と初めて交戦したのは、ハンターフェスの時。
「……どういうことだよ」
架陰はその時のことを思い出して、歯ぎしりをした。
架陰は、【魔影・肆式】を発動して、果敢に立ち向かったものの、その最強のハンターを前に、刀を破壊され敗れたのだ。
「アクアさん、どうなっているんでしょう」
「私にもわからないわ」
アクアは身構え、立ち塞がる嬉々島荒田から目を離さずに言った。
「まあでも、多分、この男は、スフィンクス・グリドールの眷属ね」
「眷属…?」
何だそれ?
「眷属とは…、簡単に説明すれば、四天王の部下のことを指すわ。実力は、班長をも凌駕するって言われてる」
「班長以上の実力?」
そう話していると、嬉々島荒田は微笑を浮かべ、また恭しく礼をした。
「これはこれは…、『班長以上の実力』だなんてお褒めの言葉、光栄に預かります」
そのいちいち馬鹿丁寧な態度に、アクアは顔を顰めながら聞いた。
「それで? 嬉々島くん! あんたの目的は何?」
「前述した通り、あなたたちを、スフィンクス・グリドール様のもとに連行するためでございます」
「連行…?」
嫌な言葉だった。
「どういうこと? 連行って、捕まるような覚えは無いんだけど!」
「おや、それは残念」
わざとらしく顔を顰める嬉々島荒田。
山から風が吹き下ろしてきて、彼の身に纏った白衣を激しく揺らす。空の太陽を雲が覆った時、灰色の世界が降り立った。
嬉々島荒田の目が赤く光る。
それを見た時、架陰は異様な気配を感じ取った。
「この感覚…、スフィンクス・グリドールと似ている…」
「似ている…?」
「ええ…、前にあの人と戦った時と、同じ感覚だ…」
架陰の耳元で、彼の精神に取り憑いている悪魔が囁いた。
(気ヲツケロ…、コイツ、体内ニ悪魔ヲ宿シテイル…)
やっぱり。
と思った。
「あらあ、やっぱりばれますか?」
架陰の見透かしたような顔を見て、嬉々島荒田は面白そうに肩を竦めた。
白衣をばさっと広げ、架陰を見据える。
「そうですよ。僕は、貴方同様、身体に悪魔を宿している…、、いわば【悪魔憑き】です」
「ああ、くそ、よくわからないな」
架陰は舌打ち混じりに、腰の刀に手を掛けた。
明らかな敵意が、この辺りに充満している。少しでもほころびを見せれば、彼は確実に三人を拘束しに襲い掛かってくることだろう。
(なんだよ…、スフィンクス・グリドールは、一体何をしようとしているんだよ…!)
「不思議そうですね」
嬉々島荒田は、架陰の心を読んだように言った。
「どうして、スフィンクス・グリドール様からの刺客が、自分を襲うのか…」
「当たり前だろう?」
「答えは単純」
嬉々島荒田はそう言うと、左手で、右手首を握った。
ぐっと力を込めて引くと、右手が「スポンッ!」と間抜けな音を立てて抜けた。義手だったらしい。
手首だけとなった右腕を振うと、断面から銀色の刃が飛び出した。
嬉々島荒田は目に殺気を宿らせて言った。
「スフィンクス・グリドール様は、【悪魔】の研究を熱心に行っています。そして、悪魔を身体に宿す貴方が、彼の研究対象に選ばれたんですよ」
「研究…、対象…」
そう言えば、以前のハンターフェスの時も、彼は執拗に架陰の情報を、他のUМAハンターから聞き出そうとしていた。
嬉々島荒田が、三人に一歩近づく。
「さあ、おとなしく来なさい」
その③に続く




