【第154話】 スフィンクス・グリドール動く その①
命の味を知っているかい?
まずは舐めてみることだね
道端に停めてあったワゴン車に乗り込んだ三人は、帰るために走り出した。
アクアが運転席に座り、その後ろの座席に、ココロ、架陰が座る。
アクアは前方を見たまま、後ろの二人に言った。
「寝てていいわよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「言われなくもわかってら」
ココロはそう言うと、座席を倒してすぐに目を閉じた。
架陰もお言葉に甘えて、座席を倒す。
二人が眠り始めたのを確認して、アクアはワゴンのスピードを落とした。ここからは安全運転で帰るらしい。
ひと一人と見かけない山道を、シルバーのワゴン車が駆け抜ける。
三十分としないうちに、架陰とココロの寝息が聞こえた。
「寝ちゃった…」
アクアはバックミラー越しに二人の顔を見てくすっと微笑んだ。
「しかし…、最近、変なことばっかり起こるわね…」
そんな独り言をもらす。
悪魔の堕彗児らによる、城之内カレンの誘拐に始まり、今回の笹倉の襲撃。そして、突如現れた、ココロという、「一代目鉄火斎」と何か深い関わりを持っていそうな少女。
このすべてが、悪魔の堕彗児らが崇める『王』とやらに関係しているのか。
そして、十年前に起こった、『目次禄の再臨』と関係しているのか。
謎は深まるばかりだった。
「ああ、もう、めんどくさいわね…」
自分で考えをめぐらせ、自分で舌打ちを打つ。
それから、思い出すのはある人のことだった。
「早く帰ってきなさいよ…、風鬼さま…」
言った後ではっとして、後ろのココロと架陰の方を見る。大丈夫、聞かれていなかったようだ。
「ああ、もう」
赤面しながら、ハンドルを右に切る。
「まーた、初恋の相手、思い出しちゃったよ…」
その時だった。
ドンッ!
と、ワゴン車の屋根に、強い衝撃が走った。
ワゴン車はガタンと揺れ、制御を少し失う。
「え…」
アクアはスピードを緩めた。
なんだ? 何かが降ってきた? 落石か?
そう考えている間に、再び、「ドンッ!」と衝撃が走る。
音によって、眠っていた二人が目を覚ました。
「アクアさん…、今のは?」
「わからないわ」
アクアはブレーキを踏んだ。
その瞬間、アクアの頭上にある天井から銀色の刃が飛び出してきた。
「え…」
背筋がぞっとする。
瞬間、この衝撃が落石によるものではないと悟ったアクアは、身を捩りながら、ハンドルを切った。
ギャアッ!
と、ワゴン車のタイヤが地面を擦り、横向きにドリフトする。
辺りに焦げた臭いを漂わせながら、右側のガードレールに突っ込んだ。
ガシャンッ!
ガードレールが大きく歪み、衝撃で車の窓ガラスが割れる。
「二人とも、すぐに逃げて!」
言った瞬間、ワゴン車の屋根が、「ギャリンッ!」という異音を立てて吹き飛んだ。
アクアはすぐに拳に力を込めて、頭上に向かって放った
「【水拳】ッ!」
水を纏った拳が、屋根の上に「立っていた」者に直撃し、天高くに吹き飛ばした。
「あ、アクアさん…」
「よくわからないわ! でも、これは襲撃よ!」
何が起こっているのか理解できないまま、アクアと架陰、そしてココロは、慌てて大破したワゴン車から這い出た。
まだ山道は抜けていない。人の助けを呼ぶこともできない。
そんな中、三人の目の前に、一人の男が立ち塞がった。
「こんにちは、お三方…」
医者のような白衣を身に纏い、銀色の髪の毛はかき上げてオールバックに。眼球は、、カラーコンタクトのように赤く染まり、頬は病人のように白い。
人間なのか、それとも、悪魔の堕彗児なのかわからない見た目をしている。
「だ、誰だ…?」
架陰が真っ先に尋ねた。
こんな男、見たことが無い。出会ったことが無い。
「おっと」
白衣の男は恭しく頭を下げた。
「これはこれは、自己紹介を忘れていました。それなのに、突然の襲撃を、お許しください…」
顔を上げる。
にやっと笑った口元が気持ち悪かった。
「私の名前は…【嬉々島荒田】…。ご安心を、皆さんが警戒する、悪魔の堕彗児とは関係がありません」
「じゃあ、一体…」
「我らが主…、【スフィンクス・グリドール】様の命令により、あなたたちの身柄を拘束に参りました」
「す、スフィンクス・グリドールだと…?」
架陰の脳裏に、あのマッドサイエンティストの顔が浮かんだ。
その②に続く




