【第153話】 一代目鉄火斎動く その①
一分が六十秒じゃ足りない
一時間が六十分じゃ足りない
一日が二十四時間じゃ足りない
今日がずっと今日だったらいいのに
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「おい! 鉄火斎殿!」
悪魔の堕彗児たちが潜伏するアジトに戻った笹倉は、とある一室の扉を勢いよく開けていた。
そこには薄暗い畳の部屋が広がっていて、中央に、着物を着た男がちょこんと腰を据えていた。
笹倉を見るや否や、にこっと微笑む。
「やあ、笹倉。おかえり」
「おかえりじゃねえよ、鉄火斎殿」
笹倉は苛立った口調で言うと、下駄を脱いで座敷に上がった。
「てめえ、ちゃんと教えろよな、あの刀がわけありだって!」
「はて? 何のことだい?」
一代目鉄火斎は首を傾げた。
「僕はキミにこう伝えたはずだよ? 『心響心という女が桜班に加入したから、襲撃して、彼女の刀を奪ってこい』って…」
「だから、言葉足らずなんだよ!」
笹倉はそう吐き出すと、焦げた右手を鉄火斎に翳した。
「おい、あの刀に触れた時、電撃みたいなものが走って、オレの手をこんな風にした…。別に、怪我はすぐに治るからどうでもいいんだ。オレが気に入らねえのは、そうなることをオレに教えなかったことだよ」
「誤解だよ」
一代目鉄火斎は肩を竦めた。
「僕もわからなかった。まさか、『名刀・秋穂』に自我が生まれているなんて」
「ああん? 刀に自我だ? 馬鹿言うなよ。鉄火斎殿が打った刀だろうが」
「ああ…、僕が打った刀だよ…」
鉄火斎はすっと俯いた。
それから、笹倉に気づかれないように、静かに、にやっと笑う。
(まさか…、もう刀が自我を持つようになったとはね…)
顔を上げる。
「笹倉、キミは付喪神を信じるかい?」
「付喪神? なんじゃそりゃ」
「付喪神ってのは、簡単に説明すれば、『物質に宿る神』ってことだよ。ほら、髪の毛がのびる人形とか…、夜な夜な歩き回る理科室の人体模型とか」
「それで? それがなんか関係あるのかよ」
「関係大アリ」
鉄火斎は傍に置いてあった煙草の箱を手に取ると、一本抜き出し、人差し指から発生させた熱で火を点けた。
ふわっと、白い煙が部屋に立ち込める。
セブンスターの甘みを堪能した後、一代目鉄火斎は静かに言った。
「僕はね、刀にも魂が宿ると信じているんだよ…」
「刀にも?」
それを聞いて、笹倉は反射的に、自分の腰に差さった『名刀・雷光丸』に手を触れた。
一代目鉄火斎は優しく頷く。
「そうじゃないと、武器が可哀そうだろう? 彼らも立派な相棒なんだ」
「それで? じゃあ、秋穂を掴んだ時に、電撃みたいなものが走ったのは、その刀が自我を持ったからって言いたいのか?」」
「うん、そういうこと」
そう言った後で、一代目鉄火斎は心の中でほくそ笑んだ。
(もっとも…、自我を持つ『細工』は元よりしていたからね…、当然と言えば当然の結果か…)
手をパンッ! と叩く。
「うん、秋穂が自我を持って、他の人間が握るのを嫌うのだとしたら、もう奪うことはできないね。諦めよう」
「なんか、あっさりし過ぎじゃないか?」
「全然」
はっきりと言った。
(これでいい。これで、秋穂が体内に悪魔の気配を宿す者を拒絶することができるってことを把握した…。ココロにはこれからも、これ以上に鍛錬に励んでもらうとしよう…)
「もういいよ」
鉄火斎は言った。
笹倉は腑に落ちない顔をしていたが、相手が一代目鉄火斎ということもあり、それ以上何もできず、踵を帰した。
部屋を出ていく直前、足を泊めて振り返る。
「おい、鉄火斎殿」
「なんだい?」
「あんた、ちゃんと『こっち側』なんだよな?」
「そうだよ」
鉄火斎は静かに頷いた。
「そうさ、僕は君たちの味方だよ…」
その②に続く




