秋穂の結界 その③
生き恥を晒そうとも
釜の飯は美味い
全て失おうとも
僕は浅漬けを齧る
3
考えるのは後回しにして、架陰はココロに言った。
「とりあえず、アクアさんのところに戻ろう」
「はあ? まだ任務の途中だろ?」
「確かにそうだけど、続行は辞めておいた方がいい。今はとにかく、笹倉の襲撃を報告すべきだ」
ココロは腑に落ちない顔をしていたが、渋々と頷いた。
「わかったよ」
「よし、戻ろう」
二人は走って斜面を下りた。
走りながら、ココロは隣の架陰に聞いた。
「それで? あの背中に翼が生えたバケモノは何者なんだよ」
「ああ、そう言えば、詳しくは説明してなかったね」
架陰は周囲に注意を配りながら、ココロに説明した。
「あいつらは、【悪魔の堕彗児】と言って、人間とUМAの力を半分ずつ併せ持つ者たちなんだよ」
「ああ、そう言えば…」
「さっき襲撃してきた【笹倉】もその一人でね、彼は、人間と【ガーゴイル】の力を併せ持っているんだ」
「だから、下半身が無くて…、背中に蝙蝠みたいな翼が生えていたのか…」
「あいつらは、度々、僕たちを襲撃してくるんだよ。目的は…、多分、十年前の【目次禄の再臨】の再臨だとは思うんだけど…」
「十年前の目次禄の再臨…?」
ピンと来ていない様子のココロ。
架陰は「しまったな」と思いつつ、ココロに説明した。
「十年前に、アメリカのエリア51でね、【悪魔】っていうUМAが暴走したんだよ。僕は見ていないからよくわからないんだけど…、彼は、【目次禄の獣】に変化して、殺戮の限りを尽くしたそうだ」
「それで?」
「そうして、アクアさんや平泉さん、あと、椿班の味斗さんを含めた、計五名のUМAハンターによって討伐されたんだ」
「へえ」
「まあ、悪魔は完全に死んだわけではないんだけどね」
走りながら、架陰は自分の手のひらを見た。
「悪魔は討伐された時、肉体の一部を【DVLウイルス】に変化させて、世界中にばらまいたんだ」
「ああ、なるほどね」
「ココロの知っての通り、DVLウイルスは、『人間以外の生物の突然変異を促す』及び、『人間の能力者への覚醒を妨げる』効果があるんだ」
そのため、この十年で、世界にはUМAが溢れかえり、反比例するように能力者が激減したのだ。
「そして、何の奇跡が偶然か…、僕の身体にはね、その悪魔と、悪魔が実体化の際に依り代に使った【ジョセフ】という男の魂が宿っているんだ」
そう言って、指を鳴らす。
すると、架陰の指先から黒い霧のようなものが染みだして、ココロの周りを取り囲んだ。
ココロは自分の周りを旋回する物質を鬱陶しそうに眺めた。
「そう言えば、センパイって能力者でしたね。どうなっているんですか?」
「これは、借り物の能力だよ。【魔影】って言うんだけど、悪魔の【悪魔】って能力と、ジョセフさんの【影】の能力が融合してできているんだ」
「へえ」
「使い方は見てたからわかるだろ? 基本的に、刀とか腕、脚に纏わせて、そこ一点を強化する。収束させて斬撃として放つことも可能だよ」
そこまで言ったところで、架陰はある疑問を覚えて押し黙った。
(…、待てよ?)
最初に、ココロと対決したとき、架陰は彼女に敗北した。その後、しばらく魔影の能力が使えなくなるという不可解な現象が起こった。
ココロの刀である【名刀・秋穂】。
そう言えば、秋穂の稲穂色の刃がUМAを殺した時、そのUМAに宿っていた【DVLウイルス】を刀身に吸い込むという不可解な現象が起こった。
さらに言えば、地面に落ちた秋穂を、笹倉が拾い上げた時、彼の手の中に電撃が走り、触れることができなかった。
つまり、【名刀・秋穂】は、『DVLウイルス』と関わる者に悪影響を及ぼしているということだった。
「ねえ、ココロ」
「なんだ?」
「もしかして…、ココロのその【秋穂】って…」
※
「対魔の剣だよ」
暗闇の中で誰かが言った。
「あの刀は…、対魔の刀…」
第153話に続く




