秋穂の結界 その②
陽光照る文月
山より吹く風は冷たくて
お玉杓子は乱舞する
2
「拒まれただと…?」
笹倉は、焦げた自分の手のひらを見つめて困惑した。
間違いない。
ココロの手から零れ落ちた、【名刀・秋穂】を拾い上げた瞬間、手の中に電撃のようなものが走った。
「おいおい、どういうことだこりゃ…」
そうこうしている内に、体勢を整えた架陰が向かってきた。
「笹倉あッ!」
隙だらけの笹倉に、魔影纏わせた刀を振った。
寸でのところで、笹倉は空中に逃げ出す。
架陰とココロのことはお構いなしで、笹倉は顎に手をやって考えた。
「……どういうことだ…?」
どうして、笹倉は刀に触れられなかった?
笹倉の【名刀・雷光丸】とは違う、「拒む」タイプの電撃。
だが、ココロが握っている時に、そんな様子はなかった。
つまり、刀自身が、「持ち主」ではないことを察して、自己防衛のために発動したのだ。
「へえ、面白いね」
笹倉は一人で合点すると、八重歯を剥き出しにしてにやっと笑った。
その瞬間、眼下から黒い斬撃が飛んできた。
「おっと!」
紙一重で躱す。
それから、殺気を剥き出しにして刀を構えている架陰に言った。
「架陰! すまねえ、今日は引き上げるわ!」
「引き上げるだと?」
「ああ、ちょっと、予定が変わったんだよ!」
そう言うと、笹倉はココロと、地面に落ちた秋穂を交互に眺めた。
(あの刀は…、『生きている』…)
自分にとって有害となる人物と、有益になる人物を理解し、選別している。笹倉が刀に触れられなかったのはそのためだ。
触れられない刀を奪うことは不可能。
ここは、撤退した方が賢い選択だと思った。
笹倉は肩の力を抜いてへらっと笑うと、ココロに向かって手を振った。
「じゃあな、ココロちゃん! また会おうぜ!」
「てめ! 『ちゃん』って呼ぶな! ボクは男だ!」
「いや、女だろ」
まあ、そんなことはどうでもよくて。
笹倉は、それから架陰に言った。
「架陰、今に見てろよ」
「……?」
「もうすぐ、我らが王は、全ての力を取り戻す…」
そう言い残すと、背中の「ガーゴイル」の翼を羽ばたかせて、一気に上昇した。
「逃がさないッ!」
架陰は半歩前に出ると、小さくなりつつある笹倉に狙いを定めて、【名刀・夜桜】を一閃した。
「【悪魔大翼】ッ!!」
刃から、悪魔の翼の形をした斬撃が放たれ、空間を引き裂くような甲高い音を立てながら、笹倉に迫った。
笹倉は振り向きざまに、【名刀・雷光丸】を一閃する。
「【雷竜閃】」
雷撃で構成された斬撃が、悪魔の斬撃を迎え撃つ。
二つの強力なエネルギーがぶつかり合い、上空に花火のような可憐な爆発を起こした。
空気が揺れる。
木の葉が散る。
そうして、静かになった。
「やったのか?」
「いや、逃がした…」
架陰は奥歯を噛み締めると、刀を鞘に戻した。
「くそ…、あいつ、何をしにきたんだ?」
「ボクたちの命を狙ったわけじゃないみたいだな」
ココロはそう言いながら、地面に落ちた名刀秋穂を拾った。
柄に付着した土を払いのけ、腰の鞘に戻す。
「なあ、センパイ。あの男、ボクの【秋穂】を狙っていたよな…」
「うん、ココロが刀を落とした時、真っ先に拾ったからね」
「ってことは、あいつが襲撃してきたのって、この刀を盗むためだったのか?」
「そうかもしれないな」
しかし、どうして?
笹倉には、何度も襲撃されてきた。そのほとんどの目的が、【悪魔】を身体に宿す架陰を誘拐することを目的としていた。
だが、今回は、架陰の誘拐よりも、ココロの秋穂を奪うことを優先していた。
「なんで…、あいつが秋穂を?」
考えた時、脳裏にちらつくのは、【一代目・鉄火斎】の姿だった。
一代目・鉄火斎は、ココロの秋穂を作った張本人であり、二代目鉄火斎の師匠でもある。
そして、今は【悪魔の堕彗児】の仲間だ。
「まさか・、一代目鉄火斎が、動き始めたのか?」
その③に続く




