【第152話】 秋穂の結界 その①
何人たりとも触れられず
ただ朽ちてえ行くのみの秋穂に
私は何ができるだろうか?
1
ココロは額に青筋を浮かべ、握っていた刀の切っ先を笹倉に向けた。
「てめえの攻撃に宿る【殺気】が、スカスカなんだよ! てめえ、本当にボクたちを殺すつもりなのかよ!」
そう、怒りを露わにして言った。
ココロの確信を突く一言に、へらっと笑っていた笹倉の
頬が動く。
目を細め、獣のような黄金の瞳で二人を見据えた。
「へえ、お前…、なかなか勘が鋭いな…」
「当たり前だろう! ボクは剣士だぞ! てめえの殺気くらい、おちゃのこさいさいなんだよ!」
「そうか…、ばれちまったか…」
笹倉は表情を崩さずに頷いた。
刀をぐっと握り締める。
そして、舐めるように言った。
「じゃ、遠慮は要らねえよな…」
次の瞬間、ココロは、足元からせり上がってくる『殺気』に気づいた。
氷点下の中に放り込まれたような、全身の毛が逆立つ寒気。
「なっ!」
反射的に、その場から飛びのく。
そのタイミングで、地面から土煙が上がり、黄金の雷撃が空に向かって軋った。
「地面から…、雷撃…?」
「【地雷来・輪廻】ッ!」
ココロが体勢を崩した瞬間、笹倉は背中の翼をはためかせると、一気に加速し、土煙を貫いてココロに斬りかかった。
ギンッ!
咄嗟に、架陰が二人の間に割り込んで、ココロに向かって振るわれた斬撃を受け止めた。
「笹倉っ!」
「よお、架陰。わりいな。今日はお前に用はねえんだよ」
「なんだと…?」
「オレの目的はッ!」
そう叫ぶと、笹倉は雷撃を纏わせた刀を振り切った。
架陰の体勢が崩れる。
すかさず、笹倉は翼を羽ばたかせて突風を巻き起こすと、無防備となった架陰を吹き飛ばした。
「くっそ!」
吹き飛ばされた架陰は、十メートルほど離れたところにある木の幹に激突した。
架陰が動けなくなっている隙に、笹倉はココロに近寄る。
「てめえ、くんな!」
ココロは無理な体勢から刀を振った。
当然、笹倉には当たらず、名刀・秋穂の切っ先は虚しく空を斬った。
「うわ!」
どしん! と、しりもちをつくココロ。
顔を上げると、ニヤリと笑った笹倉がいた。
「てめえ…、何を!」
「大丈夫。殺しはしねえ。ってか、殺すつもりなんてねえ」
笹倉は笑みを含んだ声で言うと、右手の刀を振り上げる。
ココロは地面の土を掴むと、最後の抵抗と言わんばかりに笹倉に投げつけた。
ばさっと、乾いた土が宙を舞う。
その粒子が笹倉の眼球に触れ、彼は「うわ!」と呻き声を上げて顔を背けた。
怯んだ隙に、ココロはその場から這って出て、笹倉から距離をとろうとした。
しかし。
「逃がさねえよ!」
笹倉は目に涙を浮かべた状態で瞼を限界まで引き上げると、地面に刀を突き刺した。
「【地雷来・赫杭】ッ!」
その瞬間、地面から雷撃がせり上がる。
それに気づいたココロは、咄嗟に躱そうとしたが。それよりも先に、一筋の雷撃がココロの腕を掠めた。
バチンッ!
と、電撃殺虫器に触れた時のような痛々しい音が響く。
「くっ!」
ココロの手のひらは雷撃によって黒く焼けていた。
痛みのあまり、握っていた刀が落ちる。
名刀秋穂が、地面の上でカシャンッ! と跳ねた瞬間、まるで獲物を横取りするハゲタカのように、笹倉が地面を滑空してきて、それを拾い上げた。
「へへ! いただき!」
「なっ! 秋穂を…!」
地面に落ちた刀を回収した笹倉は勝ち誇った笑みを浮かべると、刀を持った腕をぱたぱたと振った。
「じゃあな! また今度!」
そう言って、一気に上空に飛躍しようとする。
その時だった。
バチバチッ!
と、笹倉の手の中に、痺れるような痛みが走った。
「え…」
笹倉は思わず、手から刀を離した。
手から零れ落ちた刀は、真下の地面に突き刺さる。
「なん、だと…?」
見れば、笹倉の手のひらが黒く焦げていた。
「拒まれただと…?」
その②に続く




