第20話 水の獣 その②
太陽に祈る
「今日がずっと今日であるように」と
月に祈る
「この夜が明けませんように」と
2
八坂の飛散させた酒に、真子の矢の炎が引火して、爆炎を巻き起こす。
水の獣はその炎に包まれた。
「どうだ!?」
「それも禁句ッスよ!」
水の獣は「オオオオオッ!!」と雄叫びを上げ、頭を振る。
明らかに嫌がっていた。
「真子、続けろ!!」
「了解ッス!」
着地した真子は、直ぐに次の矢を弦にかけて、引き絞る。
「名弓【天照】・【爆炎火矢】!!」
射った瞬間、鏃に塗りこまれた火薬が空気と化学反応を起こして発火する。
炎の矢が、水の獣を貫いた。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
水の虎は悲鳴に近い鳴き声を上げ、真子に向かって突進する。
「うわっ! 来たっ!!」
「落ち着け、やつは水だ!!」
先程、水の獣の突進を食らって実証済みだ。あのUMAは、こちらの攻撃が通用しない分、あちらの攻撃もこちらに通用しない。
つまり、食らってもずぶ濡れになるだけと言うこと。
しかし、次の瞬間、水の獣を構成していた「水」がドブンッと揺らめき、勢いよく四方八方に飛散した。
(自爆!?)
と思いきや、水の中から、何かが飛び出す。
「えっ!?」
そして、真子の小さな身体に追突した。
ゴキリと、嫌な音がした。
「がはっ!!」
真子が口から血を吐く。その0,1秒後、彼女は空中に居た。
「真子!!」
八坂は、まるで風に舞うビニール袋のように力無く吹き飛んで行く真子と、真子に突進を食らわせたものを見比べた。
それは、巨大な獣だった。
先程までの水で形成されたものとは違う。ライオンやタイガーと同じく、薄汚れた茶の体毛を見にまとい、百獣の王さえも恐れをなすだろう鋭い眼。口からは、見ているだけで身が切れそうな牙が生えている。
「水の中から・・・、実体が現れた!!」
だが、この獣を相手にしている場合ではなかった。
「真子!!」
八坂は獣に背を向けると、地面を蹴った。そして、真子がアスファルトに叩きつけられる直前で受け止める。
「大丈夫かっ!!」
「だ、大丈夫ッス・・・」
真子は口から血を吐きながら苦笑した。
大丈夫なわけがない。血を吐いているということは、内蔵が傷ついたということだ。
「ヒューヒュー」と、掠れた呼吸音。
恐らく、肋骨が折れて肺に刺さっているのだろう。
八坂はぐっと奥歯を噛み締めた。
「くそっ! 油断した!!」
振り向くと、獣が再び突進してくる。あれを食らったらひとたまりもない。
「一時撤退だ・・・」
八坂は素早い判断を下すと、真子が落とした天照を拾い上げる。
そして、地面を蹴って逃走をはかった。
「回復薬を使えば治る!」
八坂は、真子を抱えたまま、田畑に囲まれた道を疾走する。障害物が無さすぎて、上手く立ち回ることが出来なかった。
撤退と言っても、「逃げる」訳では無い。もう少ししたら、班長と副班長が到着するはずだ。
「それまで、時間を稼ぐ!!」
後方から、堅牢な足で地面を蹴る音が連続的に聞こえる。振り向かずとも、あの獣が追っていることは分かった。
「追いつかれてたまるか・・・」
人間の足と獣の足。どちらが速いかは一目瞭然。
「おい、真子。煙玉持っているか?」
八坂は、あの獣の足止めをする道具を要求した。
真子は、顔をしかめながら答える。
「う、内ポケットに、入ってるっス・・・」
「よし、取るぞ・・・」
「あんっ」
「ややこしい声を出すな・・・」
「違うっスよ。痛いんスよ」
そう言えば、肋骨を骨折していたな。
八坂は「すまない」と言いながら、真子の胸元に手を入れ、煙玉を抜き取る。ちなみに、真子の胸は無いに等しかった。
「煙玉!!」
八坂は、SANAの支給品である煙玉を地面に叩きつけた。
爆発音と共に純白の煙が立ち込め、一瞬で四方八方の世界を白に描き変える。
その煙の海から抜け出す八坂と真子。
獣は追ってきていない。
「撒けたか?」
まだ油断は出来ない。あの煙を突っ切ってくるかもしれない。
たとえ撒けたとして、完全に逃げたら、あの獣は他の人間を襲ってしまうかもしれない。
距離の匙加減が大切だった。
「どうする・・・?」
ふと顔を上げると、十メートル先に民家を発見した。
見覚えがある。
先程、あの水の獣が出現した家だ。走るのに夢中で気づかなかったが、元の場所に戻ってきたらしい。
となると、この道路を挟んで、民家の反対側に、あの10階建てのビル。
「ここにしよう・・・」
八坂は無意識の奇跡に感謝して、ビルの中に入った。
元は病院だったようで、一階に入ると、「受付」や「内科」などの看板がそのままに残されていた。
廃墟と化して、興味本位で色々な人が訪れたのだろう。壁にはスプレーの落書きや、ゴミが散乱していた。
八坂は、受付の前に並べられた長椅子に真子を横たえた。
「回復薬・・・【椿油】」
自分の懐のポケットから、小瓶を取り出す。中に、半透明の薄茶の液体が入っていた。
これこそ、椿班専用の回復薬、【椿油】だ。桜班の回復薬である【桜餅】が、口で摂取するのに対し、椿油は塗るだけで怪我を回復させる。
「自分で塗れるか?」
八坂は一応の気遣いを見せた。
肋を痛めた真子に回復薬を塗るためには、服を脱ぐ必要があるのだ。
「無理っス」
真子は首を横に振った。
「優しくしてくださいっス・・・」
「こいつ・・・」
ピキッと、八坂の額に青筋が浮かんだ。
「てめぇ、人が心配して色々やってやってんだ・・・、そもそも、てめぇがあのUMAの一撃を躱せばこんなことにならなかったんだよ・・・、それをなんだ・・・、被害者みたいな顔をしやがって・・・」
「あっ、痛い・・・」
かなり乱雑に真子から衣服を剥ぎ取り、手際よく、青紫に腫れた箇所に椿油を塗りこんだ。
「まな板じゃねぇか・・・」
真子の無い胸を見ていても仕方がない。八坂は直ぐに赤スーツを着せた。
「しばらく安静にしろ・・・。30分で治る」
真子の命の危機は回避され、八坂はほっとため息をついた。だが、安心している場合ではない。
「少し、外を見てくる・・・」
八坂は改めてライフルを装備し直すと、外の獣の様子を見に行こうとした。
その時だ。
赤い革靴が、床の上に広がった水溜まりを踏みつけた。
ピシャリと、透明な水が跳ね上がる。赤スーツの裾が少し濡れた。
「!?」
その③に続く
UMAハンター図鑑
椿班 副班長 【山田豪鬼】(19)
身長198センチ
体重89キロ
寡黙な大男。武器は手甲だが、それは手を傷つけないようにしているものなので、ほぼ「腕力」が武器と言っていい。UMAの首をねじ切ったと言う話はかなり有名。
鉄平にこき使われているが、本人はなんとも思っていない。むしろ、「忠誠」の証である。
最近は、真子に腕にしがみつかれ、持ち上げたり下ろしたりする遊びに付き合っている。
高身長なので、電車の乗り降りが大変らしい。




