第5話 死神、鈴白響也登場!
顔には髑髏
風に靡く黒布
肩に担ぐは大鎌
砂の上に散乱する足跡を踏み鳴らし命を刈る
たとえ貴方が私を忌み嫌おうとも
私は貴方の血肉を食む
1
成田高校の敷地の片隅に、忘れ去られたように建つ倉庫。扉は錆びれ、窓ガラスにはヒビが入っている。
一見、誰も立ち寄らないその場所の地下に造られた『未確認生物討伐部隊桜班本部』。
総司令官室のふかふかのソファに座り、ファッション誌を読んでいたアクアは、クロナからの連絡を受けた。
「もしもしー? どう? 任務は順調?」
『全然です』
クロナの息が荒いでいた。走っているのだろうか。
「どうしたの?」
『架陰が、ローペンに連れ去られました』
「あらあ!」
アクアは大袈裟に驚いた。彼ならやりかねないと思った。
『ただいま、架陰のトランシーバーのGPSを追いかけていますが、どんどん離されています』
「そうなの・・・」アクアは、声のトーンを落とした。「じゃあ、しっかりね。ちゃんと架陰を連れて帰るのよ」
クロナの報告をしっかりと受けたアクアは、1人で大きく頷き、通信を切ろうとする。
『待ってください!!』
クロナの声で、指が止まった。
「どうしたの?」
『非常事態とは言え、とても1人で対応出来ません。響也さんとカレンさんの援護が欲しいです!!』
「ああ…」
アクアは口篭った。
「あいにく、カレンは、パリに行っているわ」
『あのっ! ド天然お嬢がああああ!!』
「響也は、知らないわ。どこかフラフラしてるんじゃないの? とにかく、援護は、無理よ。1人で頑張りなさい」
ごめんね。と心の中で呟いて、アクアは、通信を切った。トランシーバーを机の上にコトリと置いた。そして、再びファッション誌に目をやる。
まあ、Cランクのローペンだから、死ぬようなことは無いが、少し心配だ。
「仕方ないわね」
アクアは今度は、スーツのポケットからスマホを取り出した。そして、誰かに電話をかけた。
2
目の前に立ち塞がるは、太古の翼竜のような異形の鳥。毛の生えていない翼を大きく広げ、「ギャアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」と鳴いた。
完全な威嚇動作。
「来るなら来い!!」
架陰は刀を中段に構えた。
ローペンが翼を仰ぎ、一気に空へ上昇した。
「え、逃げた!?」
ローペンの姿が、青い空に吸い込まれていく。あまりに一瞬の逃亡に、架陰は口をぽかんと開けた。
「まあ、『追い払う』っていう役目は果たしたのか?」
戦闘態勢を解く。
その時、上空へと消えたはずのローペンが再び架陰の方へと向かってくるのが分かった。
「!?」
架陰という重りの無いローペンの高速飛行に、重力が加えられ、猛スピードで架陰を串刺しにしようとする。
「くっ!!」
架陰は直ぐに白い骨の地面を蹴って、ローペンロケットの射程から外れようとした。しかし、ローペンもまた、方向転換をする。
(何!? 追尾してきた!?)
逃れても追ってくる、魚雷のような攻撃に、架陰に逃れるすべは無い。そのまま、ローペンの一撃が、架陰の腹を直撃する。
「がはっ!!」
胃の中のものが逆流する。先程、葬儀場で飲んだ茶の苦味が込み上げた。
勢いそのままに、ローペンは嘴で刺した獲物を、木の幹に叩きつける。
「ぐあっ!!」
遂に架陰の口から胃酸と唾液が混じったものが吹き出した。
(くそっ! 舐めるなよ)
架陰は木の幹で身体を固定したまま、右手に握った刀をローペンの細い首に振り下ろす。
しかし、架陰の手元ピンポイントに突風が吹き、刀を弾き飛ばした。
「何!?」
ローペンが架陰から距離を取り、再び上昇する。
(またあの風だ!)
架陰はぐったりと膝から崩れ落ちた。みぞおちが痛む。立っていられない。
だが、あれだけのスピードと鋭さを持ったローペンの嘴攻撃を受けた架陰だったが、腹に風穴は、空いていなかった。
架陰は、何とかして立ち上がる。そして、腹にそっと手をやった。
「これが、桜班の戦闘服の効果か」
吐き気と痛みを堪えながら、5メートル先の地面に突き刺さった刀を抜く。
直ぐに上空に目をやる。
ローペンは、50メートル上空を飛行しながら、こちらの様子を伺っていた。
「僕を殺して、『死体』にしてから食べるって算段ね」
再びのローペンの攻撃に備え、架陰は刀を構えて、ローペンの動きに集中した。
大丈夫。よく動きを見ろ。次に追尾してきたならば、木々が生い茂った方面へ走って、ローペンを撹乱する。
頭の中でローペンと戦うイメージを作り上げる。
(ローペンから目を逸らすな)
それなのに、ローペンは、ゆっくりと下降してきた。
(どういう事だ。あの高さだと、さっきみたいな勢いがつかないぞ?)
ローペンとの距離が20メートルくらいまで迫る。下手に動けず、架陰は刀を構えたままローペンを見た。
その瞬間、ローペンの目が赤く光る。
「!?」
背中に突風が吹き付ける。
思わず前のめりに倒れる架陰。
地面から突風が発生し、架陰を包み込んだ。
「うあああ!!」
架陰の50キロある身体が、空中に吹き上げられた。
(なんだよ、この風!?)
体勢を整えて着地しようとするが、今度は、上から突風が吹き下り、架陰は白い骨の大地に大の字になって打ち付けられた。
「がはっ!!」
骨が意外に柔らかくて助かった。
これが、コンクリートだったら、潰れたトマトのようになっていただろう。
だが、謎の風の猛攻は止まらない。
横から風が架陰を攫い、下からの風が上空へ打ち上げる。そして、突風が吹き下ろし、地面に激突する。
(くそっ!)
架陰は咄嗟に地面を手で押し、身体を転がせた。
そして、これまでの戦いで感じた違和感の正体を突き止める。
「やっぱり・・・、このUMA、アクアさんと同じく『能力』を持っている!」
風とは、空気の流れ。温度に左右され、その流れはある程度予測が出来る。だが、架陰に吹き付ける風は、予測が出来ず、妙に強力だ。
ならば、このローペンが仕掛けているとしか考えられない。
アクアの能力が、半径10メートル以内の水を自在に操ると言うのなら、このローペンの能力は・・・・・・、
「『風』を自在に操るのか・・・!」
その結論に至った瞬間、架陰はローペンに背中を向けて走り出した。
(勝ち目がない! 一度退くぞ!)
木々が生い茂った森へ入っていく。ここなら、ローペンの飛行能力も低下するだろう。
だが、
「!?」
殺気を感じた架陰は、咄嗟に、振り向きざまに刀を振った。
キイインッ!と甲高い音がして、刃がローペンの嘴を受け止めていた。
(もう追ってきて!?)
刀を振り切り、ローペンを弾き飛ばす。しかし、直ぐに体勢を立て直し、再び魚雷のような勢いで突っ込んできた。
木々の間を縫う。
「高い、空中機動能力!」
刀で防ぐ体勢に入るが、再び巻き起こった突風が架陰を地面に叩きつけた。
このままだと串刺しだ。
上体を捻って、山の斜面の方へ転がる。
架陰が倒れ込んでいた場所に、ローペンの嘴から頭が突き刺さった。
「今だ!!」
転がった体勢のまま、刀を投げる。
「ギャアアアア!!!!!」
見事、刃がローペンの右翼に突き刺さった。
ローペンが地面から顔を上げ、劈くような悲鳴をあげる。
ローペンの目が赤く光り、突風が発生する。しかし、架陰の後方5メートルの砂が巻き上げられるだけで、架陰に害はなかった。
(パニックを起こしているんだ!)
架陰はこの間隙を縫ってローペンに接近した。
ローペンの翼から生える刀の柄を掴む。
「はあっ!!」
刀を振り上げる。薄い翼かがぱっくりと切れ、血が吹き出した。
「ギャアアア!!」
「終わりだ!!」
振り上げた刀の柄を両手で持ち、今度はローペンの小さな頭に振り下ろす。
だが、
「!?」
再び架陰の身体が突風に煽られ、数メートル吹き飛んだ。
(もう正気を取り戻したのか!!)
木の幹に衝突。
ローペンはふわりと浮かび上がると、怒りに満ちた目で架陰を睨んだ。そして、無傷の左翼で空を扇ぐ。
(なんだ? 何をする気だ!?)
その瞬間、架陰の足元の枯葉や砂が小さく渦を巻いて旋回し始めた。
嫌な予感。
ドッと風が強まり、巨大な竜巻となって架陰を飲み込んだ。
「ぐううっ!!!」
咄嗟に息を止める。
巻き上げられた砂や落ち葉が、刃物のような鋭さを持って架陰を襲った。頬や手が切れる。
(竜巻も発生させれるのか!)
架陰は吹き飛ばされないよう、地面に刀を突き刺して留まろうとした。しかし、竜巻は一向に弱まらず、更なる勢力となって架陰を切り刻む。架陰の血が巻き上げられ、赤く染まった。
(まずい、死ぬっ!)
息が続かず、酸欠となって身体が痺れる。痛い。
もう、駄目だ。
「くっ・・・、・・・」
そうやって架陰が死を覚悟した時。
ドンッ!!!
と山中の静寂を切り裂く轟音が響いた。
それと同時に、ローペンの竜巻が消滅する。
「!?」
何が起こったのか理解が出来なかったが、とにかく、架陰は水面に顔を出す金魚のように、必死に空気を吸い込んだ。
「な、なんだ?」
肩を上下させながら、ローペンを見る。
ローペンが左翼から血を流して地面に伏していた。
その後ろに、二丁の拳銃を構えたクロナが立っていた。
「このバカ架陰め」
苛立ちと侮蔑を含んだ言葉を吐き出した後、クロナは拳銃から吹き出る煙を吹き消した。
2
「クロナさあああああん!」
そこに立つ着物姿のクロナを見た瞬間、架陰は泣きそうな声を上げた。
「心細かったですよ」
「うるさい!!」
間髪入れず、クロナが発砲する。架陰の足元で砂が弾けた。
架陰は驚きのあまりに、1メートル飛び上がった。
「危ないでしょう!」
「ごめんね、ローペン狙ったのよ」
絶対に嘘だ。
「とにかく!」
気を取り直し、クロナは地面の上でのたうち回るローペンを見た。
「あんたの不祥事は後回し。今はこの鳥を倒すわよ」
「はい!」
架陰は大きく頷いて、刀を構えた。
ローペンの様子を伺いながら、「このローペンの特徴ですが・・・」と、クロナに今までの戦闘内容を説明する。
「能力を持っています。『風』を自在に操るので、飲み込まれたら逃げられません」
「だから、その状態になったのね」
クロナも同様にローペンの方を向いたまま、チラリと架陰の姿を見た。
架陰の頬や手は、竜巻発生時に巻き上げられた砂や落ち葉で切れ、猫に引っかかれたような傷になっていた。
簡単には近づけない。
架陰の言う通りなら、必ずローペンは能力で奇襲をかけてくる。恐らく、2人がローペンを倒そうと接近した時だ。
能力の射程距離に入ることになるからだ。
「『風 』を操れると言っても、全ての空間ではないわ。アクアさんの能力だって、半径10メートル」
クロナにそう言われ、架陰は思い当たる節があることに気づいた。そう言えば、ローペンは能力を発動する時に、架陰と『一定距離』を保とうとしていたのだ。
その距離、約20メートル。
「半径20メートルが、能力の射程距離ですか」
架陰はローペンと自分の位置とローペンの距離を目測する。
約15メートルか。
思わず、後ずさりする。足袋で踏みつけた枝がパキリと折れた。
その音に、クロナは一瞬身体の中の血が3度冷える感覚がした。
(危なっかしいわ)
やはり、架陰1人で遺体の護衛に回らせた自分が悪い。架陰は、一応遺体を護ったとは言え、非常事態を引き起こしたのだ。
(ここでローペンを倒せたなら、結果オーライにしてあげるわよ)
クロナは、両手に握った二丁の拳銃のハンマーを引いた。カチリと無機質な音がする。
漆黒のボディに、手に吸い付くような重さ。これが、クロナの新しい武器、『W-Bullet』だ。
(初めて使うけど、コントロールは悪くない。けど、火力が足りないわ)
クロナは心の中で舌打ちをした。実は、竜巻に巻き込まれた架陰を助けた時に放った一撃は、実は、「狙い済ましての一撃」だった。
つまり、クロナは、あの一弾でローペンの脳天を貫くつもりだった。だが、初めて使う武器で、狙いが外れたのだ。
(架陰が刀なんか持つからよ。近接が多いと、UMAハントは成り立たない)
だが、お誂え向きだ。
幸い今回のローペンは空を飛び、能力だって使う。遠距離の攻撃の方が、こちらも安心して攻撃出来るというものだ。
「W-Bullet!!!」
突然クロナが右手の拳銃の引き金を引いた。
ドンッ!!!と火薬が爆発し、黒い鉄弾が発射される。
(これで決める!)
だが、ローペンに迫った銃弾は、ローペンを避け、その隣の木の幹を粉砕した。
(外した!)
すぐ様左の銃の引き金を引く。
ドンッ!!!
もう一撃がローペンに迫る。しかし、これも外れて地面に命中した。
「くっ! また!!」
クロナは歯ぎしりをした。
「クロナさん! しっかり狙って!!」
クロナの銃口の方向にいる架陰が、木の陰から言った。流れ弾が当たってはひとたまりもない。
「うるさいわよ!! ちゃんと狙っているわ!!」
(違う・・・)
クロナは再びハンマーを引き、右手の銃を発砲する。
しかし、当たらない。
(まるで、弾がローペンを避けているみたい)
そうこうしている隙に、ローペンが起き上がった。「ギャアアア」とひと鳴きして、ふわりと浮かび上がる。
「くそっ!!」
クロナは立て続けにW-Bulletを発砲した。総装填数12発の弾丸を全て撃ち切る。その全てが、木の幹や地面に命中した。
(どうして!?)
下手な鉄砲かずうちゃ当たる。
なのに、何故、一発も当たらないのか。
「クロナさん!!」
あることに気づいた架陰が叫ぶ。
「風の能力で、弾を逸らしています!!」
「嘘でしょ・・・」
クロナは絶句した。とりあえず、弾切れとなったW-Bulletに弾を補給する。レボルバー型はこれが厄介だ。
「やっぱり、僕が狩ります!!」
見かねた架陰が木の陰から飛び出した。
クロナが静止を求める。
「待ちなさい!! 闇雲に突っ込むな!!」
だが、架陰は止まらない。刀を右手で握ったまま、大きく腕を振ってローペンに接近する。
ローペンのガラス玉のような目が架陰の方を向いた。赤く光る目と目が合う。
「来る!!」
架陰は飛び込むような形で姿勢を低くした。その上を、突風が吹く。
「よし、抜けた!!」
架陰とて馬鹿ではない。何度もローペンの突風攻撃を喰らい、ある程度理解をしたのだ。
(突風が吹く範囲はかなり狭い。恐らく、ただの風じゃなく、圧縮した空気を動かしているからだ)
その低い姿勢のまま、ローペンの懐に潜り込む。
(圧縮した空気ならば、風が吹き付けるポイントはかなり狭くなる。実際、僕が食らった風は、背中にしか感じなかった)
刃が地面と擦れて火花が散る。土を巻き上げながら、架陰の刀がローペンに向けて斬り上げられた。
「ギャアッ!」
紙一重で、ローペンが上空へと逃げた。
「くそっ!! あと少しだったのに!!」
架陰はギリッと歯ぎしりをした。
すぐ様クロナが銃口をローペンに向ける。
「あんたじゃ遅くて無理!」
狙撃。
しかし、ローペンを取り巻く風に流され、青い空へと消えて行った。
(どうすりゃあの風を抑えられるのよ!)
クロナは確信しつつあった。この能力を持つローペンを前には、どんな攻撃も通用しないということが。
この風を何とかしないと、ローペンは倒せない。
「架陰!!」
解決策も見つからないまま、架陰に呼びかけていた。
「一度下がるわよ!!」
「えっ!?」
架陰の目に戸惑いの色が浮かんだ。そりゃそうだ。架陰は、この場でローペンを倒す気だったのだから。自分だってそうだった。
だが、このままだと何も出来ない。
二人の力が尽きて、ローペンに喰われておしまいだ。
もっと作戦を練り、しっかりとした準備をして挑むべきなのだ。
クロナは着物の袖から、白い玉を取り出した。
「煙玉。これで逃げるわよ」
「待ってください!」
架陰が声を荒らげた。予想通りの反応だ。
「逃げるんですか?」
架陰の目が見開き、黒い目が小刻みに震えていた。
クロナは首を横に振る。
「語弊があるわ。確かに逃げるけど、ちゃんと作戦を練って再戦する」
「それじゃあ、また、被害者が出るかもしれないんですよ!」
架陰の口調が強くなる。
クロナは知らないのだ。この山をもう少し登って行った所に、ローペンの巣があるということを。そして、その巣には、今まで喰われてきた死者の白骨化遺体が敷き詰められ、白い大地を築いているのだと。
この怒りを、後回しにしろと?
クロナは、架陰の気持ちを理解していた。だが、首を横に振った。
「無理よ。このまま私たちが戦ったところで、勝ち目はない。そうしたら、私たちに出来ることは何も無い」
「でも・・・」
架陰は反論しようと口を開きかけたが、クロナの射止めるような視線に口ごもった。
「『でも』何? あなた、死にたいの?」
死にたくはない。
だが、
「目の前に、いるんですよ!? 遺族から、思い出を奪った、元凶が! 少し手を伸ばせば届くかもしれないのに、一度下がるような真似は、出来ませんっ!!」
「上官命令よ!!!!」
クロナは力強く言った。
架陰はしり込みをする。そして、ゆっくりと、握った刀を鞘に収めた。
チンッ・・・と、乾いた金属音が響く。まるで、「試合終了」とでも言っているようだ。
「よし、逃げるわよ」
クロナは白い玉を地面に叩きつけた。
たちまち煙が発生し、辺り一面に広がる。
(なんだ、この匂い)
クロナ、架陰を包み込んだ煙が甘ったるい匂いを含んでいることに気づき、架陰は思わず鼻をつまんだ。
「こっちよ」
煙の向こうからクロナの声がする。架陰はそれを頼りに走った。
空中のローペンはどうだろうか? 追ってきているのか?
気になって見上げるが、全く分からない。ローペンも同様に、二人の姿を見失っているのだろう。
煙幕を抜ける二人。そこから一気に山を下ろうとする。
「ったく、大体、二人でUMAハントに行くこと自体間違っているのよ」
クロナは前方を見たまま、独り言のように呟いた。
(『二人』? 人手不足って言いたいのか?)
架陰は訪ねようかと思ったが、この現状でクロナに話しかける勇気が出ず、黙ってクロナのヒラヒラと揺れる着物を追った。
そのためか、クロナの愚痴がどんどん漏れ出す。
「あの二人は何をしてんのよ。パリだのフラフラ放浪だの。私より強いひとが、私より働かないって、なんなのよ。宝の持ち腐れもいい所だわ」
もう、そこから先は架陰の知ったことではなかった。しかし、察するに、クロナは『班長』と『副班長』のことを言っているのだと分かった。
(なるほど、班長と副班長は働かない人なんだ・・・)
だから、クロナ一人が鬼蜘蛛の討伐に出た。
(クロナさんも、大変なんだ。上の面倒も、下の面倒も見ないといけない・・・)
反射的に、刀の柄を握り締めていた。
クロナが撤退の判断を下したのは、自分が弱いからだ。せっかくこの刀を頂いた身でありながら、まともに使いこなせなかったからだ。
(次こそはっ・・・)
架陰は次回の、いつになるか分からないローペン戦での活躍を誓った。絶対に、今より強くなってやる。
そう思った。
その時だ。
「すまんな、駄目な先輩で・・・」
山を下る二人の前に、人影が現れた。
「!?」
クロナがビタっと立ち止まる。架陰は止まりきれず、クロナの背中に顔から突っ込んだ。
結局、二人して転ぶ。
「あんた、なにしてんのよ!!」
「すみません・・・」
「どきなさい!! 重いっ!」
クロナは自分の上に覆い被さる架陰を細い脚で蹴り飛ばした。
「クロナ、そいつが新入りか?」
突然二人の前に現れた者が、馴れ馴れしくクロナに話しかける。
ハスキーな声で、男か女かの判別は出来ない。だが、その者は、闇を切り取ったかのような黒い艶やかな長髪を持ち、その前髪の隙間から、クマの浮いた切れ長の目をこちらに向けている。女だと言うことは一目瞭然だ。
そして、クロナ、架陰同様の、桜の花の模様の着物を身にまとっていたのだ。
「・・・・・・、」
クロナの思考が停止する。再起動に、3秒かかった。
すぐ様地に頭を擦り付け、神を拝めるが如く「申し訳ありません!!」と叫ぶ。
「響也さん!!」
(響也さん!?)
クロナに蹴っ飛ばされ、鼻頭を押さえていた架陰もハッとしてその女を見た。
(って、誰だ?)
響也は、腰あたりまで伸びた長髪をゆらりと揺らして首を横に振った。
「アクアさんに指示を受けてここに来たんだ。クロナとそこの少年のGPSを追えば簡単な事だよ」
「だが」と言って、響也の切れ長の目が細くなり、冷たい光を放った。
「クロナ、お前はどうして逃げている? この先にローペンがいるのだろう?どうして戦わない?」
「それは・・・」クロナは少し間を置き、言葉を選びながら説明した。「ローペンは能力を持っていました。あの風の前では、どんな攻撃も通用せず、勝ち目が無いこと、長期戦になることを予測しました。二人、更には一人初心者の中で、この任務は荷が重いと感じたのです。だから、ここは撤退して、作戦を立て直す方が良いと思ったのです」
「ふむ」
響也は白く細い指を赤い唇に当てた。
「賢明な判断だ」
そう言われて、クロナの肩の力が抜けたように見えた。
「だが、条件が変わった」
「えっ?」
次に放たれた言葉に、クロナは思わず間抜けな声を上げた。
架陰はクロナの後ろにコソリと隠れて、状況を伺った。
「どういうことですか?」
押し殺した声で尋ねた。
響也はニヤリと笑って答えた。
「クロナ、お前は今、『二人ではこの任務は荷が重い』と言ったな」
言葉は違えど同じ意味だ。
「『撤退』の条件としては、『二人』『二人だけ』『一人は初心者』ということが挙げられる。その条件下ならば、『撤退』は認められるだろう。だが、今、私がお前たちと合流した時点で、条件は、『二人』から『三人』に変わったんだよ」
「それは、つまり?」
「『撤退』は認めない。何しろ、この私が来たんだからな」
響也は、手に持っていた武器を高々と掲げた。
それは、響也の身丈よりも長い鉄棍で、両端に、草苅り鎌のような刃がS字状に伸びていた。
まるで、死神の鎌だ。
「行くぞ、任務は続行だ。ローペンは、我々桜班・・・、いや、桜班班長、【鈴白響也】が狩る!!」
灰色の刃が、鈍く光った。
3
次の瞬間、クロナの放った煙幕を切り裂いて、ローペンが飛び出した。
「ギャアアアアアア!!!」
そして、傷ついた翼を仰ぎ、木々を躱しながら低空飛行をする。
目指すは、逃げた獲物のもと。
「来た!!」
気配を感じたクロナが振り向く。
しくじった。と、内心舌打ちをする。もし、響也と合流をしなければ、二人は逃げ切ることが出来ていたというのに。
「W-Bullet!!」
腰のホルダーから銃を抜いて、一発発砲する。
だが、高速で接近するローペンが作り上げた風の壁の前に軌道を変えられる。
「くっ!!」
このままだと追いつかれる。
判断に迷い、硬直するクロナの肩を、誰かが引っ張る。
「下がれ」
響也だ。
迫るローペンの鋭い嘴。
響也が前に出る。
そして、鎌状の武器でその一撃を受け止めた。
劈く金属音が響渡り、響也の踏ん張る足が数センチ地面を擦る。
「なるほどな」
ローペンを受け止めながら、響也は一人呟いた。
「なかなかの力だ。飛行時の勢いをそのまま攻撃力に利用しているな」
「響也さん! 危ない!!」
クロナが叫ぶ。
その瞬間、ローペンの目が赤く光る。
架陰、クロナが何度も経験した、『風』の能力の発動だ。
「何?」
ローペンが後退して響也から距離を取った時、響也は地面から巻き上げられた竜巻に包まれた。
「ああ!!」
架陰は絶望的な声を上げた。
「慌てるな」
響也は竜巻の中から冷静に言った。だが、旋回する砂や枯葉は、刃のような鋭さを持って響也を切り裂く。頬から血が散る。
「なるほど、なかなか痛いじゃないか」
響也はそんなこと一ミリも思っていないだろうに、大袈裟なことを口にした。
そして、鎌状の武器を右手に握り、地面と平行に構えた。
「名刃、『The Scythe』いくよ」
「助けないと」
架陰が慌てて竜巻の中へ向かって行こうとする。
それを、クロナが襟を掴んで止めた。
「待ちなさい」
「なんでですか!?あの、響也って人が死んでしまいますよ!!」
「さんをつけろ!!」
細かな部分に引っかかるクロナ。直ぐに手刀が飛んで架陰を打った。
「いい? 響也さんは『班長』なのよ。つまり、私たちよりも強いの!」
「でも・・・」
「いいから、黙って見てなさい!」
クロナは架陰を強引に引っ張って、木陰に移動した。ローペンは追ってこない。竜巻の中の響也に興味を奪われている。
「響也さんの『The Scythe』は、全長2メートルの攻撃特化型武器」
竜巻の中の響也は、バサバサと揺れる髪を気にせず、左脚を下げ、腰を低くした。
背骨がぴきぴきと鳴るくらい、上体を捻る。
(なんだ?あの体勢・・・)
「響也さんは、The Scytheを振るう時との遠心力と、その柔軟な体を利用した捻りの動作で、まるで、舞うように狩りをする」
クロナの声に熱が籠った。興奮しているのが分かる。
「そして、軸足を使った回転で、強力な攻撃を放つ。響也さんが編み出した、我流の殺陣歩法」
「『死踏』・・・」
響也が竜巻の中でボソリと言った。そのくぐもった冷たい声に、架陰の背筋がゾクリとする。声に込められた、殺気を感じ取った。
「一の技・・・」
響也が右足で踏み込む。捻った上体の勢いに乗せて、TheScytheの刃が白銀の弧を描いた。
まるで、旋風。
架陰が脱出不可だった竜巻の檻を、響也はするりと抜ける。
軸足が左に切り替わる。回転にS字状の刃の重みが加わり。更に勢いが増した。
ぬるりぬるりと、流れるような動作で、響也がローペンとの距離を詰める。
ローペンは、反応出来ていなかった。
「『命刈り』・・・」
そして、すれ違いざまに、TheScytheの湾曲した刃がローペンの細い首を捉えていた。
音もなく、首が切断される。
「!?」
ローペンは何が起こったのかも分からず、ただ、ビー玉のような目を見開いていた。その首が、血を吹き出し、弧を描きながら宙を舞った。
そして、架陰とクロナの目の前にドチャッと落ちた。
死んだローペンと目が合う。
クロナの喉から「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。
架陰がちらりと見ると、クロナは咳払いで誤魔化した。
「そ、その冷酷かつ、残酷な戦い方は、戦場において、あるあだ名が付けられているわ」
響也が振り返る。
ローペンの胴体から吹き出した赤黒い血が、雨のように降り注ぎ、響也の白い着物を染めていく。
だが、響也はそれを心地よいシャワーを浴びているかのように拭った。
その姿に、架陰は恐怖を感じた。
その姿は、まるで・・・、
「『死神』よ」
続
架陰「桜班班長、鈴白響也さん・・・、なんて強さだ!」
クロナ「そりゃあそうよ! あの人は我が班で一番強んだから!」
架陰「あの人が班長なら、副班長は誰ですか?」
クロナ「・・・・・・」
架陰「クロナさん?」
クロナ「さて問題です。煎餅の産地はどこでしょう?」
響也「パリだ。なんせ、『パリパリ』だからな」
クロナ「響也さん!?」
響也「アイツは、どこに行っているのやら・・・」
クロナ「次回、第6話『お嬢様』」
架陰「(響也さんより闇を感じるな・・・)」