第20話 水の獣 その①
いつか君が
この夜に来てくれたらいいのに
1
破裂した水道管からは、立て続けに水が吹き出していた。周りの家具やカーテン、壁を濡らし、黒い染みを作っていく。
水が掛からない畳の部屋に下がっていた八坂と真子は、それぞれ武器を構えたまま様子を伺っていた。
「一体、何が起きてるんだ?」
じわじわと台所の床に水溜まりが広がっていく。
血溜まりを巻き込んで黒い水となった。
すると、水面がザワザワと揺らめき始める。
「!?」
そして、大量の水が鈍重に浮かび上がった。
「水が、動いた!?」
「八坂さん! 伏せろっス!!」
八坂の三歩後ろの真子が、引き絞った弓矢を放つ。
「名弓【天照】・【焔天】!!」
鏃が炎に包まれた矢が、浮かび上がった水を穿った。
パアンッ!! と水が弾ける。
「やったか!?」
「禁句っスよ!」
飛散した黒い水は、直ぐに一箇所に集結して、黒い塊となった。
まるで生きているかのように蠢く。
「これは・・・?」
水が変形して、何の形が浮かび上がった。
「虎!?」
水は、体躯二メートル程の虎に変化したのだ。
水で形成された虎は姿勢を低くして、「グルルルル」と唸る。完全に、八坂と真子に敵意を抱いていた。
「ちっ!!」
八坂はライフルを構えると、引き金を引いた。
「名銃【NIGHT・BREAKER】」
鉄の弾丸が発射され、水の獣を貫く。
しかし、所詮水だ。血も出ないし、弾が小さすぎて飛散もしない。
ノーダメージの水の虎は、床を蹴って八坂に襲いかかった。
「しまった!」
狭い部屋の中だと逃げる場所もない。さらに、遠距離型の武器では、近接に対応できない。
八坂は為す術もなく、水の獣に噛み付かれた。
「うわあああ!!」
肩の肉が裂け、血が吹き出す!
と思いきや、水の獣は八坂を通り過ぎて、外へと飛び出して行った。
「どういうことっス!?」
「わからんっ!」
八坂はびしょびしょになった身体はお構い無しで、水の獣を追うために走り出す。
「ただ一つ言えるのは、奴は『堅くない』
!」
「堅くない?」
「ああ、噛みつかれて分かった。水でできているあのUMAは、殺傷能力は皆無だ!!」
噛み付かれた本人だから分かった。確かに、あの獣は、「殺意」を持って自分に噛み付いたのだと。
だが、体が水なために、肉を抉りとるに至らなかった。
「どういうことだ・・・?」
二人は、割れた窓ガラスから外に飛び出す。
水の獣は、地面に染みを作りながら逃走を図っていた。これなら追うことも容易いだろう。
八坂の脳裏に浮かぶのは、あの台所で肉片となっていた死体だ。殺傷能力の無い獣がやったとは思えない。
(他にUMAがいるのか?)
それとも・・・。
(他の形態が、あるのか?)
その時、急に真子が視界から消えた。
「んっ?」
見ると、またあの民家へと走って戻っている。
八坂は舌打ちをした。
「こんな時に何をしている! さっさと追うぞ!!」
「すみませんっス!」
民家に入り、数秒物音がしたと思うと、真子は焼酎の瓶を持って出てきた。
普通なら「酒盛りならしないぞ」と言うところだが、今日はその行動の意図を読み取る。
「・・・、行くぞ!」
二人はまた走り出した。
民家を出ると、左右に別れた道に出る。獣の足跡は、右に向かって走っていた。
「こっちだ!」
右折する。
地面の足跡に集中しながらも、八坂はトランシーバーを取り出し、鉄平に連絡を付けた。
時間はかからなかった。
『おう、どうした?』
「UMAが出現しました。早く援軍に来てください!!」
『どういうことだ?』
「分かりません! とにかく、直ぐにGPSを追ってきてください。すぐ近くにいますから!」
鉄平の質問にもろくに答えず、八坂は通話を切った。それだけ、余裕が無かったのだ。
前方百メートル先に、水の獣の姿を捉える。
「居た!!」
八坂走りながらライフルのスコープを覗いた。
「連射!!」
ガジェットに残っている十発の弾丸を、一気に放出する。
散弾銃のような鉄の弾丸が、百メートル先の獣を撃ち抜いた。
「よし!」
普通のUMAならこれで死ぬ。しかし、水の獣は、さも「気づかなかった」とでも言うように、止まらずに走り続ける。
「くそ!」
しかし、足止めには成功したようだ。獣はピタリと立ち止まり、走って追ってくる二人の姿に気づいた。
直ぐに踵を返して襲いかかってくる。
「私の番ッスね!!」
真子は焼酎の瓶を八坂に預けると、アスファルトを蹴って跳躍した。真子の赤スーツは女性用なので、スカートからパンツが見える。
(まあ、得はしないな)
真子が上空で天照に矢をかけるのを見計らい、八坂が焼酎の瓶を水の獣に投げつける。そして、直ぐにライフルで撃ち抜いた。
ガラスが飛散し、中から水にも似た酒が飛び散る。
「天照!・ 焙烙火矢!」
そこを、真子の「燃える矢」が通り過ぎた。
ボウッ!!と一瞬で火が酒に引火して、水の獣を獄炎で包み込む。
「やった!!」
その②に続く
UMAハンター図鑑
椿班 班長【堂島鉄平】(17)
身長180センチ
体重65キロ
椿班の班長。戦闘狂であり、戦うことに快楽を見出す。愛用している武器は、【鉄棍】という名の鉄パイプである。これは、UMAハンターになる前から、喧嘩で使っていた。と言っても、一応喧嘩の礼儀作法の良識はあるので、喧嘩はほぼ肉弾戦。脅しのために持っていたようなものである。
打撃武器のため、とにかく、UMAの死体が損壊するため、あまり研究員からの評判は良くない。しかし、「喧嘩を楽しむ」ためには、やはり、「殴って嬲る」ことが必要不可欠だと考えている鉄平は、手放すことはしない。
児童養護施設の出身だが、途中で抜け出している。その途中で、山田に出会い、八坂に出会い、捨てられていた真子を拾っている。UMAハンターになっていたのもごく最近のため、この四名は古くからの付き合いということになる。




